家来、大いに戦う 7
夢に入ると、唯依が大悟の唇を奪っている最中だった。
「こら、やめろ……」
「はーい」
意外にもあっさり引き下がる唯依。世界じゅうを回ってデートしてきた娘達のように、指示を待つようにして行儀良く座っている。どうやら、不意打ちで眠らされたことで、自分が眠っていることに気付いていないらしい。つまりは通常の夢を見ているようだ。咲希に出会う前の大悟なら、チャンスとばかりに『いろんな事』をしただろうが、今はそれどころじゃないと部屋を出る。
廊下に出ると、美夜が困った顔で立っていた。咲希がへばりついて「お姉ちゃん、抱っこして」とべったり甘えていた。
「なんだか、子どもがえりしてるみたいなの。夢を見ているのにも気付いてないようだし……」
こちらは明晰夢を拒否したのかもしれない。大悟になんて会いたくないと怒ったまま寝てしまったのだろう。
「まったく、不用意にもほどがあるわよ。お嬢様に限って職権乱用でクビになんてしないだろうけど、ちょっとは気をつけなさい」
美夜は頭を掻く大悟に咲希を託した。
「今はたぶん、とっても素直な状態になってるから、謝るならチャンスだと思うわよ? だからって悪戯しちゃだめだからね?」
美夜はそう言い残して唯依のいる部屋に入っていった。
大悟は咲希を連れて、本来眠るはずだった寝室に入った。
「咲希……その、ごめんな。あれはちょっとした気の迷いだ」
咲希はジーッと大悟の顔を見ている。パチクリとまばたきをする表情が可愛らしい。
「大悟はそれがあるから悪いことをするんだよ? 取っちゃいましょう?」
咲希は大悟の股ぐらに手を伸ばそうとする。夢の中でもそれは痛そうだと、大悟は咲希の腕をつかんで防御した。
「ねえ、それ、わたしにちょうだい? 大悟が女の子になって、わたしは男の子になるの。そうしたほうがしっくりくるはずでしょ?」
大悟は恐ろしくなって、両手で押さえてガードする。
「たぶん、咲希には似合わないと思うぞ」
咲希は残念そうな顔をする。
「じゃあ、それを取って、一緒に女の子になりましょう? そうしたら、わたし達、親友になれると思うの。あなたを誰かに取られる心配も無くなるでしょう?」
咲希の手に大きなハサミが出現した。大悟はヒーっと飛び退いて、ドアから逃げようとした。しかし、ドアが開かない。咲希は四つん這いになって、大悟にジリジリと近寄る。まるで、ワクワクして黒目が大きくなった猫のようだ。
「ごめん、もう悪いことしないから、こいつだけは勘弁してやってくれ!」
「やだ。やっぱり、それ欲しい……返して……わたしのそれ、返して!」
咲希が『後ろ足』で床を蹴って飛びあがる。
「や、やめろっ! やめてくれ~!」
哀れな草食獣はふと気付いた。こいつ、普通の夢を見てるらしいのに、なんで言うこときかないんだ? と。
「よし、俺も男だ。責任をとって女になってやろう。ほれ、ほれ、切ってみろ」
大悟は仁王立ちになり、パジャマズボンに手をかけた。すると、咲希の顔がみるみる真っ赤になっていく。
「ちょ、ちょっと、やめなさいよ変態! 大ッ嫌い!」
咲希はベッドに飛び乗って、そっぽを向いて座った。
「本当にすまなかった。もう絶対に咲希を裏切ったりしないから……」
大悟は後から、しっかりと咲希の肩を抱く。すると、咲希はゆっくりと振り向いて、薄気味悪い笑みを浮かべた。
「ねえ、これなんだと思う?」
大悟の手の甲を『柔らかいのにかたい何か』がビヨンビヨンと打った。
「こ、これは……俺の……?」
大悟は断末魔の悲鳴を上げて気絶する。つまりはリアルで目覚めていったのだった。
咲希は美夜から渡されていた魚肉ソーセージを眺めて、会心の笑みを浮かべた。しかし、それが何のダミーだったかを思い出して、ポイッと投げ捨てた。
「これで少しは懲りたかしら」
大悟よりも唯依が一枚上手なのは重々承知の上だし、これぐらいで済んで良かったのだと美夜に諭され、咲希としてもちょっとしたお仕置きで勘弁するつもりだったのだ。
そこへ、唯依達の寝室のほうから悲鳴が聞こえた。
「あいつ、またなにかやらかしてるの?」
眠りなおした大悟が腹いせに悪戯でもしているのだろう。咲希は「もう頭に来た」と勢いよくドアを開け、唯依達の寝室に飛び込んだ。
「さ、咲希ちゃん……なんか変なものがいるんです……」
唯依と美夜は手に手を取ってベッドの上で震えていた。指差す先には妙な生き物がいた。熊のような、巨大なネズミのような姿だが、鼻だけが長い生き物。
「……バク?」
「……たぶん」
バクはキューッと高い声で鳴きながら咲希に近寄る。バクといえば夢を食べる『獏』を連想する。獏は伝説上の生き物だが、そもそも実際のバクがモデルになっているらしい。と、咲希が何かで読んだ記憶をたぐり寄せていると、バクは急に咲希に向かって突進した。
「大悟、いい加減にしなさい!」
ずいぶんと手の込んだ悪戯だわ、などと思いながら、跳ね上げるような蹴りで容赦なく応戦した咲希。バクは壁にぶち当たって床に落ちる。哀れっぽい声で苦しそうにうめいていた。
「いつまでそうやってるつもり? まったく、悪趣味な悪戯しちゃって」
と、そこへ大悟の姿が現れた。バクとは別の場所、唯依達の隣のベッドからだった。
「……あせったぜ、危うく記憶を失うところだった。ん、なにやってんだ?」
咲希は、『大悟ではない得体のしれない生き物』を蹴ったと気付いてブルルっと震えた。
「これは、バクだな。この辺って動物園とかあったっけ?」
大悟が現れたことで女達は少し落ち着いたようだった。
「無かったはずです。少なくとも、バクなんかがいるようなところは」
大悟はバクにツカツカと歩み寄り、突然、サッカーボールよろしくフルパワーで蹴った。バクは気絶したのか、半透明になって消えていく。
「……あんたって、たまに人でなしみたいなことするわよね」
得体が知れないとはいえ、可愛く見えなくもない生き物を容赦なく蹴ったのである。それを非難されたと気付いて、大悟は心外な顔をした。
「バクってさ、夢を食うんだろ? 食われたらどうなるか分からないし。っていうか、あいつ明らかに俺達を食おうとしてここに入ってきたんだろ」
「そっか……危ない生き物だったかもしれないのね」
大悟は手のひらから次々に散弾銃を発生させて女達に手渡す。
「美夜さんと唯依はここに残って動かないようにしてくれ。咲希、ちょっと外を見にいこう。俺から離れるなよ」
出ていきかけた大悟が振り返る。
「バクに限らず、妙なものが来たら躊躇なく撃て。どうせリアルでは死なないはずだし。あと、万が一仲間に撃たれたとしても気にするな。気にしなければ撃たれても平気なはずだから」
咲希を従えて出ていく大悟。残された女達はポーッとした顔で閉められたドアを眺めたのだった。
結局、他にバクは見当たらず、二人ずつ交替で眠って朝を迎えていた。バクが相手なのだから四人で夢にいたほうがいいような気もしたが、リアルで何かが侵入してくるかもしれない、という不安もあったのだ。
「保護者代わりとして、これ以上の滞在は認められません。残念ですが仕度ができたら帰りましょう」
交替で眠ったとはいってもゆっくり寝ている気にならず、四人揃って妙に朝早い朝食中のことだった。唯一の成人である美夜はそう提案したのだが、唯依が何か言いたそうにしている。
「……そうか。今回は帰れば済むことだけど、あいつの正体を突き止めないと、この別荘を使えなくなっちまうんだな」
唯依の顔がパッと明るくなった。
「さすがは先輩。我が家のお婿さんとして、ちゃんとこの家の心配もしてくれるんですね。ゆくゆくは先輩の持ち物になるんだから、当然といえば当然ですけど」
唯依は大悟の右腕に抱きついた。ささやかな膨らみが押しつけられ、大悟はだらしない顔になる。
咲希は大悟の左腕に抱きつき、ささやかではない膨らみで対抗する。大悟は、そのままあちらの世界へ早朝パトロールに出られそうなぐらい、夢見心地の顔になった。
「そういうことなら、ガードマンを手配しましょう。リアルの心配が無くなれば、あっちでは四人でいられるし、うちの頼もしい家来がいるから平気でしょ?」
美夜は、一旦戻って、どこかしかるべきところに調査を依頼するべきだと主張したが、
「明晰夢を見られる探偵か刑事でも探すつもり? わたし達でやっちゃったほうが手っ取り早いわ」
と、お嬢様に押し切られる形になった。
咲希は中条を通じてガードマンの手配をした。早速、今晩から来てもらえることになった。
「それまでは不安だし、海にでも行きましょうか。三十分ぐらい行くと海水浴場があるんですよ」
と、唯依が提案するのだった。




