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家来、大いに戦う 3

 芳野家の別荘は高速道路を使って四時間ほど走った別荘地にあった。美夜の小型乗用車で、途中大悟と運転を交替しながら走って辿り着いた。長距離運転に慣れていない美夜と、そもそも初心者マークの大悟だったから、道のりはちょっとスリリングなものだった。それでも、お嬢様達は後部座席でスヤスヤと仲良く眠っていた。

「ついたぞ、起きろ~」

 大悟は旅に浮かれた気分で、咲希の頬をつねり回して起こす。咲希は「無礼でありましょう!」と、寝言をつぶやきながら目を覚ました。いつもと違う景色に気付いてキョロキョロと見回し、ウーンと伸びをした。

 美夜の真っ赤な小型車のエンジンが、チン、チン、と音を立てて冷めていく。高原の夕方は涼しい風が吹いてきて、なかなか快適であった。

 林の中にかなりの間隔を置いてログハウス風の別荘が並んでいる。そのうちの一軒が芳野家の別荘だ。林の中とはいってもセンターラインのひかれた道路に面していて、綺麗に刈りこまれた芝生の敷地だった。中に入ってみると、丸太のいい香りがした。それでも、不便なほどの本格的なログハウスではなく、モダンな住宅とのハイブリッドといったところだろうか。

「そういえば寝室が二つしかないんですが、どうしましょうか?」

 玄関からすぐの吹き抜けのある場所には階段があり、二階は左右に寝室、一階の正面奥にはキッチン、右手に陶芸などの道具が置いてある作業部屋、左手にリビングがある。元はと言えば、唯依の両親が『息抜き』と称してデートに来る隠れ家なのだとか。

「あ、俺はどこでもいいよ。毛布の一枚でも貸してもらえれば、ソファでも絨毯の上でも」

「そんな、とんでもない。私のほうからお誘いしておいて、お客様をソファで寝かせるだなんて」

 あれこれと話し合う女達だったが、

「わたしと相部屋でいいでしょ? どうせいつも一緒に寝てるんだし」

 と、咲希。

 唯依は目を真ん丸くして驚いた。

「やっぱり、あなた達って……」

 咲希はカラカラと笑って答える。

「この大悟にそんな度胸あるわけないじゃないの。まあでも、変なことしたら折檻だからね?」

 意気地無しと言われてムッとする大悟だったが、そういえば『変なことしたらクビ』ではないんだな。と、気付いた。いくらか進歩しているのかもしれない。堂々と相部屋するというのもなんだかロマンチックだし、ひょっとして『一夏の経験』があったりするのか? と、いつもの妄想を開始するのだった。

 唯依と美夜はベッドが二つある両親の寝室に、大悟と咲希はベッドが一つしかない唯依の部屋に泊まることになった。その部屋割りでも一悶着あったのだが、唯依と美夜はまだ知り合って間もないし、一つのベッドでというのもかわいそうだと咲希が気をきかせたようだった。何だかんだ言って俺と一緒に寝たいのか? と、ニヤニヤする大悟だったが、寝室に入ったところで冷徹な一言。

「こんなこともあろうかと思って、寝袋用意してきたから。あっちの二人だったら、あんたの図々しさに負けてあやまちを冒すかもしれないし」

 事前に唯依から間取りを聞いて、こうなることを予想していたのだという。咲希は車から寝袋を持ち出してきた。もう片方の手には、細いながらも丈夫そうなロープが握られていた。

「ここには中条さんもいないし、寝るときは縛るけどかまわないわよね?」

「そこまでしなくても、そんなに嫌ならリビングで寝るからいいよ……」

 咲希はなんだか唇を尖らせてウーっと唸っている。

「そうじゃなくて……あんたってば……せっかちなんだもん」

 棚から巨大なぼた餅が落ちてきて押し潰され、窒息しそうな大悟。ゆっくり育む愛なら脈有りだったのか、と、衝撃の事実を知る。

「俺のこと……好き……か?」

「し~らない」

 咲希は知らんぷりで窓の外を眺めているが、その表情はなんだか楽しそうだった。

「一つ気になってたんだけどさ、中条さんのこと『おにいちゃん』って呼んでただろ? その、なんていうんだ、……ずいぶんと親しそうだっていうか」

 咲希はポカーンとしたあと、ワナワナと震え、しまいにはキャハハハと笑いだした。

「あんたってば、ほんと、想像力たくましいわよね。それで昨夜は様子がおかしかったんだ」

 うける~。と、大笑い。ティッシュで涙を拭いつつ、咲希は続けた。

「おにいちゃんは、わたしの従兄なのよ。いとこ同士で結婚する人もいるみたいだけど、わたしはそんなこと考えてもみなかったわ」

 大悟は背中から羽根が生えて昇天しそうな気分だった。日常から離れた別荘にいるせいで、まるで現実味がない。これは夢じゃないだろうかとほっぺをつねる。だが、明晰夢でも痛みは感じていたから、これが現実だという証拠にはならない。そうだ、超能力を使ってみよう。と、思い立ち、風よ吹け! と、念じた。

「きゃっ!」

 咲希のミニスカートが風にあおられ、白地にピンクのハート柄が見えた。

「なんだ、夢か……」

「どうしたの? それより、見て。なんか変な人達がいるわ」

 咲希が開けた窓から風が吹いたらしいと気付いて、別の力を試してみる。指先に炎を出してみようと思ったが、上手くいかない。夢じゃない! と、喜びつつ、窓辺に駆け寄った。

「ほんとだ、あいつらなんだろな。お遍路さんとかそんなのか?」

「でも、なんだか様子が違うわ。全身真っ白で、幽霊みたい。あれってお棺に入った人が着る衣装じゃないの?」

 白装束の群れは黙々と行進していった。脚はあるし、舗装道路を歩いているという現実っぽさに救いはあるが、咲希が言うとおり幽霊みたいで不気味だった。

「怖かったら手をつないで寝てやってもいいぞ?」

「美夜さんにおどかされて気絶したくせに」

 咲希は窓枠に左手をついて、右手はブラブラさせていた。なんとなく許されている気がして、大悟はその手をとった。咲希は一瞬驚いたようにその手を見たが、すぐにまた白装束に目を戻した。大悟も知らんぷりしてそのまま手をつなぎ続ける。白装束が視界から消えた頃には、夏の夕陽が咲希の横顔を金色に染めていた。

「咲希……綺麗だよ……大好きだ」

 右手で咲希を抱き寄せ、口づけようと顔を寄せていく大悟。体のどこにも痛烈な折檻など訪れなかった。

「だ~め、それがせっかちだって言うのよ」

 咲希は大悟の唇に人差し指を当てて制した。そして、大悟の頬にチュッとキスして振りほどく。

「さてと、買い出しに行かないと、また誰かさんが行き倒れになる前に」

 悪戯っぽくウィンクなどする咲希。大悟はこのイベントを提案した唯依に、咲希と出会ったきっかけの一つであろう小早川本に、そして天に、宇宙に、八百万やおよろずの神々に感謝の祈りを捧げるのだった。

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