家来、大いに戦う
ここは、とある新興宗教の寺院。温泉旅館の大宴会場にも似た畳敷きの広間に、二百名ほどの信者がひしめき合っていた。棺桶の中で着るような真っ白な装束の男女だった。集合がかかって集まってから一時間ほども待たされ、かんかん照りの猛暑日に冷房無しときたら、熱中症になりかけている年寄りもいるほどだ。
「御柱様がいらっしゃいます」
だらけていた信者達がシャキッと正座し直す。額から汗がだらだら伝っても身動き一つしない。
レースのカーテンの向こうに、御柱様こと教祖が座った。和服姿の中年で恰幅がいい。まるで大物演歌歌手のような男だ。アンティークの仰々しい椅子は、玉座のようにさえ見えた。傍らには巫女装束の美女を伴っている。
教祖と巫女は二言三言交わして、巫女がうなずく。巫女はその場にペタリと座り込み、恭しく八礼した。続いて祝詞のようなものを唱えはじめる。巫女は唱えるうちにガクンと首を落とした。しばらく間があって顔を上げ、語り始めた。美貌に似合わない、押し殺した老婆のような声だった。
「大龍神の復活は近いのだぞ。これすなわち天界の大掃除が迫っていることを表すのじゃ。大蛇の民は大龍神に宿す魂を集めなくてはならぬ。毎晩勤めて龍神様にその身を捧げるのだぞ。心して励めよ」
大蛇の民こと信者達は、時代劇で印籠を出されたときのように深々とひれ伏した。御柱様! の大合唱が巻き起こった。
咲希と唯依は夏休み初日のこの日、大悟の部屋で宿題をしていた。すっかり、大悟の部屋がたまり場になってしまっていたのだ。夏休み初日から真面目に宿題をやる人間がいたなんてと驚愕した大悟だったが、二人のやり方はちょっと様子が違う。二人で全教科の半分ずつを受け持ち、パソコンのプリンターのように一切迷いの無い動きで、みるみると問題集を埋めていく。大悟と借り出されてきた美夜の二人で、担当じゃないほうの問題集に解答を書き写していく。つまり、唯依が解いた数学の解答を咲希の問題集に、咲希が解いた英語の解答を唯依の問題集にといった具合である。
「もうちょっと綺麗に書いてくれないと、わたしの字が汚いと思われるじゃないの」
咲希の問題集を埋めていた大悟への注文だった。美夜も唯依の丸文字には苦戦していたが、それでも器用に似せているようだ。
「大事な元手なので、丁寧にお願いしますね」
と、唯依も続けた。どうせ宿題などやってこない男子達に貸し出し、恩を売って人気を取ったり、掃除当番などの『雑務』を替わってもらったりするらしい。万が一誤答があったとしても、このコピーが大量に出回ることになるから、教師からしても「これはみんな間違ってるし、ちょっと分かりづらい問題だったのかな。あの小早川と芳野までが間違うぐらいだから」と思うのが関の山だそうな。
大悟は面倒がって「宿題は自分でやったほうがいいぞ」と説教してみたが、「手が疲れるだけの作業だから分業したほうが合理的でしょ」と、返された。夢の中専用の家来だったはずが、すっかり『サービス残業』させられている大悟だった。
それにしても、つい先月までは金無しで女っ気無しの寂しいプー太郎暮らしだったのに、今ではタイプの違う三人の美女と一緒に立派なお屋敷で、いつでも快適な冷房のきいた部屋で過ごしているんだなぁ。などと、感慨にふける大悟。
黙々と作業を続けるうなじ、おくれ毛、キャミソールの胸元からちらつくブラ、ブラ、ブラ。三者三様のほのかな甘い香り。咲希は、夏場は湿気が多いからコロンなどつけないと言っていたが、するとこれはシャンプーの香りなんだろうか。それともデオドラント? などと、大悟は締まりの無い顔で考える。
「あら、大変。先輩ったら一問飛ばして書き写してます」
「もう、何やってるのよあんた」
ついでに美夜までが白い目で見てきて、大悟は縮こまった。
「まあいいわ。こっちは片付いたから、みんなでやり直しましょ」
筆跡を真似てコピーしていた二人よりも、実際に解いていた二人のほうがはるかに早く片付いてしまった。唯依と美夜のチームは順調に唯依の分を終わらせて、あっという間に合流してくる。咲希の分を四人がかりで片付けて、大量の宿題が終わった。
「すげ~な。なんか、自分のでもないのに、夏休み初日から宿題終わらせると気分がいいな~」
咲希と唯依は「何をいまさら」というような顔をしているが、美夜は「わかるわかる」と、うなずいていた。




