お嬢様の天敵
その日大悟が目覚めると、枕元に『願って確信したことは実現する(愛蔵版)』が置かれていた。小早川パパが約束通りサイン本にして置いていってくれたようだ。革張りに金文字のタイトルや意味ありげな模様が凹凸に加工された豪華な本である。その様子はまるでありがたいお経か秘密結社の魔導書か何かのようであった。いかにも効き目のありそうな本だなと大悟は思う。
それにしても、寝ている間に誰でも出入りし放題なんだなと苦笑いしてしまう。母一人子一人で育った大悟には夜中にこっそりサンタさんが来てくれたことなど無かった。母は優しい人だが、ちょっとドライな性格で、大悟が小さな頃からクリスマスプレゼントは手渡しだった。誕生日プレゼントにしてもサプライズを仕掛けることなど無く、「そういえば誕生日だったわね」と、買い物に出たついでに何か買ってくれるような方式だった。
母さん元気かな? と、携帯に手が伸びかけてためらう。きちんと就職するまでは母さんに電話しないと決めていたのだ。小早川家の待遇は悪くないし、まともな就職先と言えないこともないが、それでも母さんにどう説明したものか。
「便りが無いのが良い知らせってことで、母さんも元気だよな?」
大悟は豪華サイン本を手に再びゴロンと横になった。一時期は何度も何周も読み返した本だったから、内容に取り立てて目新しいところは無い。
ページをパラパラめくりながらも、大悟はとある雑念を膨らませていた。教科書を開いた途端に掃除をしたくなるように。いや、それどころか若い大悟の煩悩はもっともっといかがわしいものだった。
生活苦から抜け出せたことだし、一応、毎日可愛いお嬢様と行動を共にしている。年上のお姉さんであるところの美夜さんともお近づきになれたし……、と、大悟の暮らしが奇跡的な大変化を遂げたのは間違いなかった。しかし、何かが足りない。そう感じていた。
「……やっぱ、モテてみたいよな~」
思わず出た独り言だった。美夜の鏡には十一億……と言われてしまったことだし、俺って実はかわいそうなやつだったのか? と、余計なことに気付いてしまった。気付いてしまうと愛されてみたくて仕方が無くなってしまう。
母親以外の女性に愛されてみたい。できることなら『あんなこと』や『こんなこと』もしてみたい。足を踏み付けられたり、強烈な右フックをもらうことなくチューしてみたい……。でも、咲希にそこまで望むのは難しそうだし、咲希以外の女の子とそういうことになったら、ひょっとしてクビにされるかもしれない。咲希は快適な犬小屋と美味しいドッグフードをくれるが、鎖だけは解いてくれないご主人様だと思った。こうなったら向こうから訪ねて来てくれる可愛い子を待つしかない。そう結論して、朝食に向かう大悟であった。




