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メイド、初恋の人に会う 7

「君、失礼じゃないか。僕のことはどう言ってくれてもかまわないが、彼女に謝ってくれ」

 おっと、実はいい奴? と、意外な顔をしながら大悟が謝った。咲希はツンと険しい顔をしてそっぽ向いている。美夜は申し訳なさそうにして小さくなっている。

「謝ってもらいたいのは君じゃない、こっちの失礼な君のほうだ」

 三船はビシッと咲希を指差した。美夜が男の袖を引いて制止する。

「いいの、この子達知り合いだから。私が嫌がってると思って気をきかせてくれたんだわ」

 そうか、と、引き下がる男。美夜がそれぞれを紹介して、いくらか空気が和んだ。

「ところで美夜さん、ずいぶんとセクシーな格好だね。ま、まあ……俺としてはそういう美夜さんも……嫌いじゃないけど」

 大悟が目のやり場に困っているのに気付いたのか、美夜は頬を染めてうつむく。

「鏡に相談したら、幸ちゃんの好みはこれだって言うから。……ちょっと着替えてくるわ」

 美夜がいなくなったことで、またしても険悪ムードになりつつ、しばし待った。

 美夜が現代人に戻って帰ってきた。黒いパンツスーツと下ろしたままの髪。色気こそ半減だが、無造作がかっこいいお姉さんといういでたちだった。眉も細くなっている。

「またそんな色気の無い格好か。せっかく垢抜けたと思ったのに」

 お泊まり拒否の姿勢と受け取ったのか、三船は腕組みをしてぶっきらぼうに言ったのだった。

「ねえ、幸ちゃん……あなたひょっとして……事故か何かで植物状態だったりするの?」

「なんだって?」

「だってあなた、……トレンディドラマの時代から何も変わっていないんだもの」

 そういう考え方も出来るかと大悟は手のひらを打つ。しかし、リアルの三船はピンピンしているそうだ。そのまま話し続けると、三船の着ているものが入れ替わっていく。腕時計は安っぽいデジタル時計に。ジーパンがよれよれになったかと思うと、その上にゴムのかっぱが出現した。薄汚れたポロシャツにウィンドブレーカー、頭には野球帽をかぶっている。

「そうだよ……これが俺の本当の姿だ……」

 しまいには客船の存在感が薄れてくる。

「三船さん、いじけるのはかまわないけど、他の乗客を巻き込まないでくれ!」

 強く恥じ入る気持ちで『こんな船いらないや』とでも思ったのだろう。だが、本人は全くその迷惑さに気付いていないらしい。三船は夢を操れることを知らない、ごく一般的な人間のようだった。

 咲希が非常ベルを鳴らす。大悟と美夜は手当たり次第に乗客乗員にタッチして超能力を使い、港に送り返した。

 間一髪、無事に避難が済んだところで、客船は中型の漁船に変わっていた。大きな電灯が沢山ぶらさがったイカ釣り船だ。

 洋上の真っ暗闇の中、椅子が一つだけの狭い操舵室の明かりだけが頼りだった。三船は苦々しい口調で語りだす。

「バブル崩壊と同時に会社が潰れてね。田舎に帰って今ではイカ釣り漁師ってわけさ……みじめだろ?」

 美夜は、節くれ立って汚れた三船の手を愛しげに握る。

「そんなことないわ。あの頃はみんなどうかしてたもの。こういうお仕事って地に足がついてて……海の上だからついてないのかしら……でも、立派だと思うわ。おしゃれなレストランのイカスミパスタだって、幸ちゃんみたいな漁師さんがいるから作れるんじゃないの」

「ま、まあな……」

 咲希はポツリと呟いた。

「わたしもちょっと言い過ぎたわ。ごめんね、三船さん」

 三人がかりで励ますうちに、三船は「よっしゃ!」と掛け声をかけて立ち上がった。大きな電球が一斉に点って青白く光った。直視できないほどの漁り火で、船上だけが昼間のように明るくなる。

「おまえらに美味いイカ刺し食わせてやるぞ!」

 三人の素人を交えた漁は賑やかだった。大悟は滑って転び、美夜は酔いかけて空中に浮かび、咲希は釣り上がったイカを怖々と指でつっついた。

 船の中央にある『いけす』がイカだらけになると、三船は後片付けを始めた。

「美夜子、イカさばいたことあるか?」

「もちろん、私は有能なメイドなんだから」

 二人が手際良い分業を始めると、入っていく余地もない大悟と咲希。

「なんか、夫婦船めおとぶねみたいだな。美夜さん、このまま寿退社か?」

 美夜はなんだか寂しそうに首を横に振った。

「三船さんの手に指輪があるのが見えないの?」

 咲希に「空気読め」とでもいうような口調で突っ込まれる。

「ばれたか。大人になった美夜子と一晩ぐらいデートしてもいいかと思ったんだがな」

 三船は今では三児の父で、幼馴染みだった嫁さんの尻に敷かれているのだという。三船は美夜を田舎者扱いして一線を引いていたが、それは若すぎた美夜を案じての口実だったそうだ。当時、美夜はまだ十四歳の中学二年生だった。一緒に暮らすまでに数回しか会ったことの無かった母との二人暮らしで、少々『グレた』時期があったのだという。

「まあ、たしかに少し垢抜けないところはあったが、それはみんなお互い様だろ? 誰でも田舎から出てきて内心オドオドしてるものさ。それにしても、美夜子はあの頃からいい女だったんだぜ」

「逃がした魚は大きかったでしょ?」

「漁師だけにな」

 決まったとばかりに笑い声を上げる三船と美夜。『大人のジョーク』に多少ついていけないものを感じる若い二人だったが、つられて微笑んでいた。

「あいよっ、一丁上がりっ!」

 美夜がこしらえたイカ刺しは鮮度が良すぎてバキバキした食感だった。足の部分などは口の中でもまだ踊っていた。女二人はキャーキャーはしゃぎ、大悟は勧められたコップ酒を「来年まで待ってください」と辞退する。代わりに飲まされた美夜はトロンとした目付きで三船に甘えだした。

「じゃあ、わたしたちは気をきかせて帰るとしますか。でも、不倫はだめよ?」

 ウィンクして大悟の手をとる咲希。美夜が気の抜けた返事をするのを見届けて、二人は屋敷に戻ったのだった。

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