メイド、初恋の人に会う 6
出港してからしばしの時が過ぎ、大悟と咲希は目当ての二人を発見していた。盗み聞きまでするつもりはありませんよという距離を保ち、デッキから夜景を眺めている。歩くような速度で流れる景色。まるで、船が動いているのではなくて、華やかに電飾した街がパレードしているように見える。
「なんか美夜さん、すごい格好だな。昔はディスコで鳴らしたイケイケ姉さんだったのか?」
盗み聞きをするつもりなど無かったはずが、段々とにじり寄る咲希。
「まずいって……こっちの話だって聞こえちゃうだろ……」
突然咲希が抱きついてきた。こればっかりは間違いようが無いと、大悟は熱く抱擁して応える。
咲希は背伸びしながら、大悟の耳にヒソヒソ命令を出した。
「(あっち向きなさい。気付かれるわ)」
美夜には尾行する旨がばれているし、相手の男とは面識が無いのだから大丈夫だろうと思いつつも、大悟は命令に従った。役得とばかりに咲希の髪を撫で、滑らかな感触にため息を漏らす。
「あら、あの二人」
美夜がそう言うのを聞いて二人は硬直した。いっそう強く抱き合って、合わせた胸から鼓動を共有する。大悟の胸にはみっしりと『柔らかい物体』が押しつけられているのだから、心臓はパンク寸前だった。
「あの人達がいなくなったら私達もやってみましょうか? ……ちょっと恥ずかしいけど」
どうやら別のカップルのことを言っていたらしい。上機嫌そうな美夜の声につられて見ると、両手を広げて船首に立った女性を、男性が後から抱く姿があった。「私、飛んでいるわ」という、例の映画のワンシーンをやっているのだろう。
「お、美夜子はあの映画もう見たのか?」
「やだ、何年も前のことじゃない。どうせ、幸ちゃんなら女の子と何回も見たんでしょ?」
「まあな」
クスクス笑いが止んで静かになる。大悟が横目で見ると、男の手が美夜の背中をさすり、よどみない動きで抱き寄せて唇を合わせるのが見えた。
「ふむふむ、なるほどな」
抱き合ったままの咲希の背中をさすり、そっと顔を寄せてみる。咲希は切なそうな赤い顔をして目を潤ませている。これはいける、夜の船上デートで昂ぶり、たとえ一夜のあやまちだったとしても……。
「ご主人様……じゃなくて……咲希……好きだよ」
お手本を真似た大胆さで接近を続ける大悟。足の甲に鋭い痛みを感じた。きっと咲希が脱力してバッグでも落としたんだろう。ここで引いたら男じゃないとばかりに、かまわず口付けた。
「ん~!」
小顔のキャンバスに見事に整列した目鼻、そして柔らかな唇。恥ずかしがっているのか、目をきつくつむっている咲希。眉間に縦のシワを寄せる咲希。こめかみがヒクヒクと震える咲希。
咲希の左手が大悟の後頭部に回り込み、よりいっそう強く口付けた。魅惑的な感触に大悟は脱力気味になる。そして、大悟の脇腹に突き刺さる痛烈な右フック。
「んぐっ……」
鈍いうめき声を咲希の口中に漏らし、大悟の腕が落ちる。咲希は知らん顔して海に目を向けた。
「(あんた興奮しすぎ。熱でもあるんじゃないの? あ~暑苦しい)」
なるほど、赤い顔は抱き合って体温が上がったせいだったのだろう。それにしても、キスそのものは怒られなかった。間違いじゃなかったのか? と、また咲希の肩を抱く。ペチッと手の甲を叩かれて目を落とす。足下にバッグはおろか、なにも落ちていなかった。足を踏まれたんだ。そしてフックを決められたんだ。やっぱり全面的に拒否されてたんだといじける大悟。
「そろそろ……行こうか?」
男がジャラリとキーを出して見せた。船室をとってあるのだろう。これはもう帰るしかないかと、顔を見合わせる十代の二人。
「そんな、今日再会したばっかりじゃないの……また今度にしましょう……」
美夜は声に笑みを含んだまま、サラリとかわしたようだ。
「いいじゃないか。知らない間柄でもないだろ?」
「だめよ。女の子には心の準備があるの」
美夜の声から甘さが消え、ピシャリと釘を刺すようだった。
「乗りの悪い子は嫌いだよ。美夜子は、まだお子ちゃまのままかい?」
「そ、そんなこと……ないわよ……」
押されている。今晩落としたいという男の心境が分からなくもない大悟だが、美夜さん頑張れと応援してしまう。
「最低三回はデートしてからって田舎のおばあちゃんに習ったのかい?」
「田舎者扱いしないでよ」
「じゃあ、都会の女らしくイケイケでいいだろ?」
「もう……しょうがないわね……」
まんまと挑発に乗せられてしまった美夜。肩を抱かれて歩き出してしまう。双方合意の上なら俺達の出る幕じゃないのかと地団駄を踏む大悟。そこへ咲希が頓狂な声を上げた。
「ねえ、見て? あの人達ってば仮装パーティか何か?」
バブルよ、バブルを引きずってるんだわ、うける~と大声で笑う咲希。男はしかめっ面して咲希に詰め寄った。




