メイド、初恋の人に会う 4
美夜は当直でずれ込む日以外は夜の十一時に眠る習慣があった。昼間にたっぷりと寝てしまったから少し不安だった。それでも対策はしたつもりだ。夕方に河川敷でジョギングして体を疲れさせ、半身浴でリラックスし、レタスたっぷりのサラダと缶入り梅酒で安眠効果を狙った。ホットミルクを飲み終えて歯磨きを済ませ、いよいよベッドに入る。
べ、べつに幸ちゃんになんか会いたくないんだからね! と、ツンデレ娘のように胸の高鳴りと格闘しつつ、気付けばナンマンダブと心の中で念仏を唱えていた。
祖父は困ったことがあったらいつでも念仏を唱える人だった。田舎くさくてかっこ悪いなと苦笑していた習慣を、美夜はいつしか継承していたのだ。ちなみに少しひがみっぽいところは祖母ゆずりである。私なんてもう老い先短いんだからと言い続けて十年以上もピンピンしている。要するに、自分が死ぬとか病気をするなんて本気で思っていないのだろう。
そうして育ての親、育ての故郷に思いをはせるうちに美夜は眠りに落ちていった。
寝る仕度をとっくに済ませていた大悟と咲希は、テレビゲームに夢中だった。大悟が部屋でオフラインの格闘ゲームをしていると、咲希が訪ねてきて「わたしもやる」と言い出した。教えてやると上達は早かったが、それでも大悟に勝てず、ムキーっとなって何度でも挑戦し続けた。
「明日から期末テストなんだろ? こんなことしてていいのか?」
パジャマ姿の二人は画面から目を離さず、操作を怠ることもなく会話している。
「普段からコツコツやってちゃんと理解してるから大丈夫よ。理解した知識はちょっとやそっとのことで忘れたりしないんだから」
咲希の口調にひけらかすような感じは受けない。同じセリフもメガネの似合うガリ勉優等生が言ったなら、さぞ嫌味だったことだろう。自分を信じて疑わない。自分を愛するがゆえに自分という存在を最高に保っておきたい。そんなストイックさにも似ていながら、本人は苦労と思っていないだろう感覚がにじみ出ている。さすがはあんな本を書いた著者の娘だなと少し感心する大悟だった。
「あ、そろそろ寝ないと美夜さんのデートが終わっちゃうわ」
大悟が時計を見た隙に、咲希のフィニッシュブローが決まった。
「あ、汚ねえぞ」
「いいじゃない、一回ぐらい女の子に花を持たせてくれたって」
そういうときばっかり『女の子』かよとブツブツ言いつつも、大悟はゲーム機をしまう。
「それにしても、美夜さんのデートを邪魔しちゃ悪いんじゃないか?」
そんなにデートが気になるなら俺とどうだい? と、言うべきか言わないべきか、それが問題な大悟。
「うちの美夜さんに悪い虫がついたら困るじゃないの」
おまえは母親か、と、突っ込みを入れたいところだが、大悟にしても、仲良くなりかけた美人メイドさんがよその男とどうこうなるのはちょっと複雑な気持ちではあった。
「でも、悪い虫じゃなかったら? お嬢様のせいで行き遅れたとか言って化けて出るぞ、あの人」
一度化けて出られた本人が言うのだから間違いない……かもしれない。
「まあ、『益虫』だったらわたしも邪魔なんかしないわよ。ただ、美夜さんってちょっとずれてるところがあるから心配で……」
言いながら、咲希は『大悟のベッド』に横になった。
「って、ずれてるのはおまえのほうじゃねえか。……それとも? 俺と一緒に?」
待ってました! と、飛び込みたい大悟だったが、また何かの罠かもしれない。大悟は学習する家来だった。
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと寝なさい。あんたはそっちね」
指差された安楽椅子にタオルケットを引きずっていく大悟。
「あ、そっか」
夢の中の城をまだ撤去していなかったから、咲希の部屋で眠ると危険な残骸の辺りに出るのだった。それで比較的ダメージの少ない大悟の部屋からあちらに出ようということらしい。
安楽椅子に沈んで目をつむる。革のいい匂いに混じって、なんだか甘やかな香りがしてきた。咲希がつけているコロンか何かだろう。隣に座ってゲームをしていたときには気付かなかったが、目を閉じたことで感覚が鋭くなっているのかもしれない。鼻をクンクンさせてはニヘラーっとだらしない顔をする大悟。咲希はといえば、既に可愛らしい寝息を立てている。まずい遅刻する、と緊張しつつも近くにいって寝顔を見てみたい。もうちょっとそばでクンクンしてみたい。
大悟はついに我慢できなくなって立ち上がる。抜き足差し足でベッドに忍び寄る。
「あれ……なんだか……あしがおもい……」
体の力が抜けて、まぶたが落ちてくる。咲希の寝顔を見てにやけた瞬間、大悟はベッドに突っ伏した。
ガスマスクのようなものを着けた中条が、部屋の入り口でうちわをあおいでいた。小早川グループ各社の名前が入ったうちわだった。中条は香炉の中身をひねり潰してガスマスクをはずす。
「ハーブ由来の成分だけで、これほど効果があるとは興味深い」
満足そうにうなずいて去っていく中条だった。




