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メイド、初恋の人に会う

 美夜は自宅マンションに着くなりパジャマに着替えた。白地に小さなテディベア模様の可愛らしいパジャマだった。ふっくらと重そうなバストとは対照的に少女趣味の持ち主である。

 早速ベッドに入ろうと思ったが、お腹がグーッと鳴る。仕方なしにトーストを焼いて、部屋のど真ん中のテーブルについた。こちらは白地にハート模様の丸テーブル。ちゃぶ台のような形をしている。

 トーストを焼いている間に引っ張り出してきた小早川の著書を片手に、パンにかじりつく。本から目を上げないまま、左腕を伸ばしてテレビのリモコンを巧みに操り、朝のニュースにセットする。ようやく買い替えた薄型のテレビは少し奮発したサイズだった。白い縁取りで可愛かったから、メーカーなど知らないで買ったものだ。

「……容疑者を、小早川グループ恐喝未遂の疑いで逮捕しました」

 ハッと顔を上げた。背もたれも兼ねたベッドに背中をゴリっとやってしまって顔を歪める。

 なるほど、本当に夢の中で解決した事件が現実でも。

 一層期待をつのらせて本を読み進む。ところどころ飛ばし読みしながらも、読み終わったときには朝の十時を過ぎていた。

「あら、早く寝ないと」

 ベッドに入って大きなテディベアに抱きつく。真っ白なシーツはいつも勤務に出る前に替えていた。帰ってきたときにサラサラの清潔なシーツで眠るのが何よりの幸せだったのだ。

 夢の中で自由に動き回れる、例の明晰夢というのを見たい。そう唱えるようにして心の中で繰り返す。すると、なかなか眠れない。隣の部屋に暮らすOLが起きたらしく、朝風呂からドライヤーの騒音が延々と続く。デートかな、いいな~とやっかみつつも、眠ろう眠ろうと集中する。

 佐藤君の仕事って案外大変なのかも。と、若干の『給料泥棒視』を改めつつ、昨夜の大悟の驚き顔を思い浮かべてニヤニヤしてしまう。ンギャッと変な声を出して気絶した様が愉快だった。初めて会ったときからなんだか親近感を感じて憎めない子だと思っていたが、お嬢様がわざわざ選んで連れてきた男の子だし……。私みたいなおばさ……。と、言いかけて心の声をストップする。

 夢を使って現実を変えられるなら、私はなんでもできる。お嬢様より可愛くだってなれるし、素敵な恋人だって見付けられる。メイドの仕事を気に入ってはいたが、メイドを使うお姫様にだってなれるんだわ……。などと妄想を繰り広げるうちに意識が遠のいていった。


「上手くいったわ!」

 思わず独り言を叫ぶ美夜。夢と知りながら自由がきく世界に目覚めたのだった。

 まずは何をしようかしら? と、考え、身仕度をととのえようと思い立つ。相変わらずのワンルームマンションではあったが、住むところは後で考えてもいいだろう。それよりもやりたいことがあった。

 鏡の前に立って、「私は世界一美しくて可愛い女の子!」と、唱える。鏡の中の美夜がラインストーンのシャワーでも浴びたようにキラキラと光を放つ。光の洪水が止むと……。

「あら、あんまり変わってない?」

 肌や髪のつやがよくなり、何年か若返ったような感じはした。しかし、世界一美しいかどうかは疑問であった。元々の顔が嫌いではなかったが、もっとこう、ハリウッドセレブのような、ファッションモデルのような、近寄り難いような美人になりたかったのである。

 そうか、いきなり別人になるほど変わったら、知り合いに会っても気づいてもらえないからだ。と、気付いて機嫌を直し、シャワーを済ませた。

 バスタオルを巻いたままクローゼットを開けると、欲しかったけどちょっと手が出なかったあの服やあのバッグなどがあって、夢見心地になる。小早川家からもらう給料は安くはないが、女一人の都会暮らしだから備えを十分にしておこうと、節約気味に暮らしてきたのである。

 こちらで贅沢をしたらリアルでツケが回ってこないかしら? などと不安になりつつも、小早川の本を思い出す。不安に思うから不安な現実がやってくる。そう書かれていたのだ。つまり、素直に喜んでおけばいいということらしい。

 あれもこれも着てみたいし身に着けてみたかったが、やり過ぎは禁物。だいぶ薄れたとはいえ、ファッションに対するコンプレックスが少しあった。

 中二で母と二人暮らしを始めるまでは父方の祖父、祖母と暮らしていた。美夜が幼い頃に離婚した父の家はお金持ちではあったが、『古くは庄屋の』というような田舎くさい家だったのだ。祖父や祖母と野山を散歩して、山菜や食べられるキノコ、食べられないキノコの種類などについては詳しくなった。祖父や祖母が大好きだった。しかし、それがコンプレックスにもなっていた。

 そうだ、あの人に会いに行ってみよう。と、思い立つ。私を田舎者呼ばわりしてからかったあの人に。

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