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家来、怖い夢を見る 5

「こんな朝早くからどうしたんだね?」

「パパ! お帰りなさい!」

 六十代と思しき紳士が部屋に入ってくると、咲希はその首にまとわりつくようにして抱きついた。主人の帰宅に尻尾を振って出迎える小犬のようだった。

「これこれ、私も若くはないんだから、勘弁しておくれ」

 言いながらも目尻の下がりきった小早川。ビジネスマンでもなんでもない大悟でさえ、その顔には見覚えがあった。

「それで、このすまきにされているのが佐藤君かね?」

 大悟がひたすら恐縮しつつ自己紹介を済ませていると、中条が入ってきた。

 咲希が合流した二人に事情を説明すると、小早川は大悟の頭をよしよしと撫でてロープを解いた。

「うちの娘が世話になったね。夢の中とはいえ、そんな連中に立ち向かうとは頼もしいじゃないか」

 体が自由になった大悟は、なんとなく正座して小早川に問う。

「あの、夢の中でお嬢さんに仕えるとか、そういうのって……なんというか……ご理解がありすぎるような……本当に雇っていただいてていいんでしょうか……? あはは」

「私も若い頃にはそういう夢を見たものだよ。君はもう『世界旅行』をしてきたのかね?」

 小早川はハッハッハと豪快に笑った。世界じゅうの美女とデートをしてきたのかね? という意味らしい。

「ま、まあ、おかげさまで」

 父の手によってあっさりと大悟が解放されて面白くなかったのか、咲希は中条に医師としてのテストをねだった。

「私は精神科医ではないので、どうしてもと言われるなら友人をご紹介しますが、その必要は無いかと。夢の中では日頃抑えていた欲望などが、ときには残虐な形で表れたりするものですよ」

 咲希は「ふーん」と、つまらなそうに鼻を鳴らした。

「方法はどうあれ、佐藤君はお嬢様を守りたかったのでしょう。その気持ちが、ならず者の願望を上回ったからこそ勝てた。それだけのショックを与えれば相手も深刻なトラウマを抱えているかもしれません。とっさの思い付きにしては上出来だったと思いますよ」

 咲希が小早川の顔を見ると、小早川は一つうなずく。咲希は大悟の目を見てつぶやいた。

「……ありがと」

 小早川は大きな手で娘の頭を撫でつつ、少し頓狂な声を上げた。

「なるほど、そういうことか……」

 滅多に帰宅できない小早川がこうして帰ってきたのは、一つの問題が解決したおかげだった。何者かによる理不尽な脅迫を受け、その対応に悩まされていたのだ。例のチンピラがリアルでの脅迫の犯人で、その願望を打ち負かしたから脅迫が止んだ。小早川はそう推論した。

「夢の中での出来事が現実を変えるっていうこと?」

 咲希の質問に中条が答える。

「ユングの『集合的無意識』とは少し違うかもしれませんが、人々の無意識に何らかのつながりがあるのは確かなようです。もし仮に、無意識と呼ばれるものが『もう一つの世界』のような場所だとすれば……。いえ、現にお嬢様と佐藤君は夢の中で意識を持ったまま出会っているわけですし、その中で他人に干渉すれば、相手が現実でとる行動にも影響が及ぶかもしれません」

「それって、パパの本に書いてたあれのことかしら?」

 小早川が得意気な顔をする。

「そのとおり。『願って確信したことは実現する』んだよ。そもそもあの本は夢を利用して事業を成功させ、若くて美人な君のママにも出会い、ウハウハだった頃の体験を世の人々と共有したいと思って書いたものだ」

 大悟はハッと気づいた。昔、そんな本を読んだことがあった。『願って確信したことは実現する』という、そのままのタイトルだったはずだ。小早川の顔に見覚えがあったのは、著者近影か何かで写真を見たのだろう。

「でも、あの本の中には夢について書いてなかったような……」

 大悟が問いかけると、小早川は満面の笑みを浮かべる。

「君も読んだのかね? よし、あとでサイン本を贈ろう」

 咲希に脱線を指摘されて、しぶしぶ話を戻す小早川。

「たしかに、あの本の中では夢そのものについては書かなかった。企業人として、あまりオカルトな内容を書くと社の信用に関わると思ってね。だが、君には効果があったんじゃないのかな?」

 言われてみれば、このような夢を見始めたきっかけはあの本だったのかもしれない。夢の中での賭けで負けて、この屋敷に引き寄せられてきたことにも合点がいく。

「あら、私も旦那様のご本は読ませていただいたのに……。私は学がなくて、お嬢様や佐藤君みたいに若くはないからということかしら……?」

 美夜がいじけ虫を発生させると、小早川は首を横に振った。

「むしろ、現代人は頭が良すぎるんだね。理屈っぽさが過ぎるんだ。その点、中学を出てそのまま働きに出た私は知識を身に着けなかった分、物事を素直に受け入れられたのかもしれん」

「佐藤君と私は同じ高卒で働きに出ていますけど……。お嬢様は成績も優秀でいらっしゃるし……」

 まだ納得のいかない美夜。

「君のそういうところだよ、美夜ちゃん。理屈で考え、あれこれ条件を設定する。その上ちょっとひがみっぽい。そうじゃなくて、願望をありのままに願い、素直に期待すればいいんだ」

「なるほど、夢の中では理性の検閲が薄れる。つまりは願望の効果が増幅されるということでしょうか。しかし、どうやってそのような夢を?」

 中条の問いに、小早川はまた上機嫌な顔をする。

「よし、美夜ちゃんと中条君にもサイン本を進呈しよう」

 またしても咲希に叱られて話を戻す。

「単純に願うのさ。『あんなことやこんなことが出来てウハウハな夢を見たい』と願えばいい」

「と、いうことは……」

 美夜がなにやら思いついた様子でニヤニヤとほくそ笑む。

「なにを企んでいるんだね? 美夜ちゃん」

 小早川は訊ねながらフレアスカートの尻を撫でた。

 女二人がにらむ。

「パパ、セクハラで訴えられるよ?」

 しまった、娘の前だったと頭をかく小早川。

「これはすまん。だが、老人が女性に触りたがるのは、故郷が懐かしくなるような感覚なんだよ。なに、決していやらしい気持ちでは……」

 小早川は何丁目かの夕陽でも眺めるように目を細めた。

「どうせ私は田舎者ですわよ。さしづめ、故郷のお母様でも思い出されたんでしょう?」

「そんなに怒ると可愛い顔が台無しじゃないか。私もあと二十年、いや、十年若ければ……」

 美夜がポッと赤い顔をする。

「あ~、ママに言いつけちゃお~」

 咲希はニヤニヤして、からかうように父の目をのぞきこむ。

「咲希ちゃん、なにか欲しいものはないかな?」

 娘を懐柔しようとする小早川。

「あ、賄賂だ。パパって悪い人なんだ~」

 小早川は心持ち神妙な顔付きになって言う。

「いいかい、咲希ちゃん。経営などしていると多少の根回しぐらいは仕方のないことだが、後ろ暗いことはしていないつもりだよ。パパを信じてくれるね?」

「かっこいいこと言ってもだ~め」

 言いながらも父の肩に甘える咲希。美夜もとっくに笑顔を取り戻していた。

「小遣いは足りているか? 本当に欲しいものはないのかね?」

 一人慌て続けている小早川。

「じゃあ、お城!」

「あら素敵。私もメイドをやっているからには、一度ぐらい大きなお城で働いてみたいわ」

 女二人は手に手を取ってはしゃぐ。

「うむ、それならドイツにいい出物があったな、ゆくゆくは終の棲家にと考えていたんだが……」

 シャレが通じにくい年寄りに白い目を向ける二人。

「中条君、早速手配してくれ。可愛い娘のためなら城の一つや二つ……パパ頑張っちゃうぞ~」

「じょ、冗談だってば……」

「そうか、いい機会だと思ったんだが……」

 歳をとってから若い妻をもらい、遅く授かった咲希が可愛くて仕方ないようだ。小早川なら娘のために本当に城でもなんでも建てかねない。住む世界が違うのかなと少し寂しくなる大悟であった。

 窓の外でスズメが鳴き出して、美夜がカーテンを開ける。雲一つない青空の下、また新しい一日が始まっていく。

「さ~て、帰って寝るぞ~」

 美夜はウーンと気持ちよさそうに伸びをした。

「すまなかったね、美夜ちゃん。この埋め合わせはいつか」

 美夜に向かって手を合わせる中条。大悟は初めて中条の人間らしい部分を見た気がした。

「そうよ、貴重な土曜の夜に宿直を替わってあげたんだから、美味しいものでも食べに連れていってもらわなきゃ」

 美夜は「お先に失礼します」と、スカートをつまんでお辞儀した。バサッと音がしそうなまつげでウィンクまでして、なかなか萌えどころを心得ているなぁと大悟は感心する。事実、三人の男はポーッとその後ろ姿がドアを出ていくまで眺めていた。

「大悟、いつまでも鼻の下伸ばしてないで、わたし達も寝るわよ」

 お父さんの前で危ういことを言う、と、冷や冷やする大悟だったが、誤解はされなかったようだ。いや、むしろ誤解されるようなことをしてみたいのだが。

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