家来、怖い夢を見る
調理師や栄養士の免許を持つメイドさんが作った、豪華でありながら健康的でもある夕食を終え、大悟は自室に併設のバスルームで入浴を済ませた。大悟にあてがわれた『社員寮』は元々ゲストルームだった部屋である。でたらめなお金持ちの小早川家がゲストをもてなすための部屋なのだから、一流ホテルのスイートにだって負けないほどだ。
あまりの好待遇に、これは夢じゃなかろうかとか、贅沢させたあとで放り出すドッキリとかではないかと心配になる大悟だった。
風呂上がりの火照った身体を真っ白なバスローブに包み、一度味わったら二度と起き上がれなくなるような安楽椅子に沈む。壁にかけられたテレビまでは結構距離があるものの、馬鹿でかいサイズだから文字まできちんと読み取れた。映してみると、当たり前の地上波からケーブルテレビの各種まで、様々なチャンネルが用意されていた。そうなると、男の子の見てみたいもの第一位は決まっていた。
「お~う、いぇ~」
コインの投入口も有料ボタンも無いのに大人向けのチャンネルを見られる幸せ。ここは二階で奥まった場所に位置する部屋だったから大して気にする必要もないのだが、ついつい音を小さくしてドアや窓をチラチラ気にしてしまう。気にしながらもサイドテーブルに置かれたリモコンで部屋の明かりを間接照明に切り替え、暗く絞る。
すると、廊下で足音がした。誰かこちらに向かっている。大悟は慌ててチャンネルを替えた。
「大悟、起きてる?」
ノックと同時に聞こえてきたのは咲希の声だった。時計を見ると深夜十二時を過ぎていた。
「ああ、起きてるよ」
咲希がドアを開けて入ってくる。シルクと思しきツヤツヤのピンクのパジャマを着ていた。子どもっぽいキャラクターの入ったスリッパをスタスタ鳴らしながら近付いてきて、大悟が座っている安楽椅子の脇にちょこんと腰かけた。女子の存在感、美少女の香り、めちゃくちゃ可愛いお嬢様の石鹸とシャンプーの香り! と、心臓が早鐘をうつ。
大悟はテレビを消した。慌てて替えたチャンネルもまた大人向けだったことに気づいて大急ぎで消した。テレビを消してしまうと一気に部屋が暗くなる。お嬢様のほうから深夜にパジャマ姿で訪ねてきたんだから、恥をかかせちゃいけないのか? と、手を伸ばしかける。しかし、さっきは「放しなさいよ変態!」なんて言われてしまった。
「なんだか眠れそうになくて、映画でも付き合ってもらおうかと思ったんだけど、いいかしら?」
大悟は答えるより早くテレビの電源を入れ、闇雲にチャンネルを押しまくった。
「なんか、チャンネルいっぱいあってよく分からないんだよな~」
普段は恋愛映画など見る習慣が無い大悟だったが、恋愛映画に付き合えばなにか素敵なごほうびが待っているかもしれない。そう思って、大ヒットした洋画らしきチャンネルで手を止めた。
「ところで、明日は学校じゃないのか?」
「やだ、明日は日曜じゃないの。大丈夫?」
ネトゲ廃人などしていると、曜日感覚がなくなるのであった。
「それなら、俺もまだ眠くなかったし、かまわないよ」
あわよくば一つの安楽椅子に二人で寝そべって肩を抱きながら、などという展開を期待し、左腕を広げる大悟だったが……。咲希はさっさと鏡台の椅子を引きずってきて安楽椅子に並べた。
「あんたはこっち」
しぶしぶながらもご主人様に席をゆずり、直角に近い背もたれの木の椅子に座り直す大悟。すると、咲希が左手を差し出した。
「手をつないでいてほしいの……」
主従関係をはっきりさせながらも、やっぱりそういう気分なのですね、ご主人様! と、右手を出して手をつなぐ。
「キャーーーー!」
いきなり悲鳴が上がって大悟は手を放そうとした。しかし、咲希が強く握って放さない。見れば、画面はホラー映画に替わっていた。血まみれになった女性がバスタブに沈められるシーンだった。
「途中まで一人で見てたんだけど、結構怖いのよ、これ」
――途中まで見ていたというだけあって、一時間ほどすると映画は終わった。クライマックスの恐怖シーンばかりを見せられて、大悟はトイレに行けなくなりそうだった。カーテンの外はまだ暗い。もう一本怖くないのでも見てから寝ようかという提案も却下された。
「じゃあ、あんたもすぐに寝てね。おやすみなさい」
咲希は片手で覆って可愛くあくびをしながら出ていった。怖いから一緒に寝てほしいなんて素振りを一つも見せずに、さっさと出ていった。
照明を明るくしてトイレを済ませる大悟。洗面台の大きな鏡が怖い。ユニットバスを見れば血まみれの女性が沈んでいそうで怖い。ドアを開ければアイスホッケーのマスクがいそうで怖い。まだここが自宅という感覚がないアウェイな気分で、何もかもが怖かった。
バスローブからTシャツ短パンに着替えた。まだ少し自分の家のタンスのにおいがして、ホッとする。キングサイズのベッドに横になり、少し迷ったが照明をつけたまま寝ようと思った。思ったが、なかなか睡魔が訪れない。
生あくびとため息を繰り返していると、部屋の明かりが消えた。小早川家に限ってブレーカーが落ちるなんてせこい失敗はないだろう。しかも今は夜中だ。きっと、メイドさんがきて電気を消してくれたんだ。そういえばあのメイドさんも結構可愛かったな。俺と同じか、ちょっと上ぐらいの歳に見えたから、高校出てすぐ働いてるのかな。なんてニヤニヤしていると、フローリングの床に足音が。どう聞いてもこの部屋の中、こちらに向かって歩いてくる。
足音はベッドのすぐそばで止まった。絶対、咲希かメイドさんだ。コツコツという細い靴音からして女ものの靴だったはずだ。そう確信して目を開く大悟。すると突然目の前のシルエットがライトアップされた。
「寝ない子はいねが~!」
寝ない子はいないか? という意味の、秋田名物なまはげのようなセリフ。右手に包丁、顔にはアイスホッケーのマスク。大悟は気を失った。ベッドに入る前に用を足しておかなければ、まずいことになっていただろう。
「おやすみなさい、佐藤君」
なまはげもどきはマスクをはずし、オモチャの包丁をエプロンのポケットにしまう。細身の懐中電灯を持ち替えながら、メイド服のフレアスカートをつまんでお辞儀するのだった。




