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2275年10月7日 ぷろ野球観戦記

作者: ひろ
掲載日:2025/11/10

※本作はフィクションです。実在の法律・人物・団体とは一切関係ありません。

 21世紀の半ば、行き過ぎた多様性の尊重により至るところで多くの軋轢が生じた世界は、その反動で極端な自国第一主義、閉鎖主義に舵を切った。

 それから200年余り。世界の国々は、各々が半ば鎖国のような状態のなかで独自の文化を育んでいた。そしてそれは日本も例外ではなく…。




◆◆佐藤ヒロシの週刊芸能こらむ◆◆


 突然だが、皆さんはぷろ野球観戦をしたことがあるだろうか?

 そう、ぷろ野球。言わずと知れた日本の伝統芸能だ。

 え?古臭いから興味ないだって?それは誤解だ。伝統芸能は敷居が高くて苦手だって?その認識はヒジョーに勿体ない。

 だって、ぷろ野球は伝統芸能でありながら、他の伝統芸能にはない魅力の詰まった、とっても刺激的でアツい『戦い』なんだ。一度観ればみんなもハマること間違いなし!

 今回は、そんなぷろ野球の魅力をたっぷりお伝えしようと思う。

 題して、佐藤ヒロシの『ぷろ野球観戦記』




 今回ボクがやって来たのは、東京都文京区にある総檜造りの巨大施設、『後楽園野球場』。『東京じゃいあんつ』の本拠地だ。

 ボクは、この日ここで行われる『日本しりぃず』の初日興行を観に来たのだ。


 ここでちょっと説明しておこう。

 現在、ぷろ野球の興行を行っているのは、前述の『東京じゃいあんつ』と、大阪を本拠地とする『阪神たいがぁす』の二団体。

 この二つは基本的にはお互い別々に興行を行っているのだけど、年に一度だけ、七日間の日程で交流戦が行われる。それが『日本しりぃず』だ。

 この七日間は、東西二団体によるお互いの技と矜持をかけた本気勝負の場とあって、愛好家垂涎の的。特に初日興行はそう簡単には手に入らないお宝観戦券。

 その観戦に今回ボクはやって来たというわけだ。



 それでは、試合の方を見ていこう。

 1回表、たいがぁすの攻撃。

 野球は表と裏で攻守が入れ替わる。それを8回繰り返す。験を担いで、末広がりの八、8回が最終回。


 守るじゃいあんつ。先発投手は当代じゃいあんつ一番の名人、十二代目沢村栄治。



 『十二代目沢村栄治』とは何かというと、沢村栄治というのは昔の名選手から取った名跡。わかりやすく言えば芸名みたいなものだ。つまり歴代12人目の沢村さん。

 実は、彼らの本名はみんな『渡邉〇〇さん』なんだ。因みにたいがぁすの選手は、みんな本名は久万〇〇さん。

 これには、現代につながるぷろ野球の歴史と深い関わりがある。


 その昔、ぷろ野球黎明期には、たくさんの興行団体があった。選手も一般の人を集めて沢山いた。

 誤解を恐れずに言えば、乱立していたということだろう。その水準は推して知るべし。

 そのせいか一度廃れてしまったんだ。


 それを、なんとか再興させようと尽力したのが渡邉家と久万家。この二家が一族で新しい団体を興した。

 最初は養子縁組を駆使して選手を集めるのに苦労したらしい。それから、一族による世襲制を敷き、大切に技を継承し、血のにじむような稽古を重ね、単なる競技から芸能の域まで昇華させた。

 それが今のぷろ野球だ。


 だから、選手の名前は本当はみんな渡邉さん、久万さんというわけ。

 そして、一人前の選手になると、みな往年の名選手の名前をとった『名跡』を名乗るようになるのだ。

 なお、この名跡にも格があるんだけど、それは追々お話しよう。



 話を試合に戻そう。

 まうんどに立つ沢村栄治、注目の第一球。

 振りかぶり、足を天頂に向けて真っ直ぐ上げるその姿が美しい。そこから下ろした足の勢いを右腕に伝え、鋭く球が放たれる。

 沢村の腕を離れた球は、きれいな放物線を描いて、捕手の構えたところへ寸分違わず納まった。すとらいく!

 さすが名人芸、動きに無駄がない。

 球の縫い目一つと言われる制球力は、さすが当代一と謳われるだけのことはあると、思わず唸る。


 因みに、捕手の構える『みっと』と呼ばれる場所に球がきちんと納まれば『すとらいく』、それ以外は『ぼーる』。一人の打者からすとらいくを三つ奪うと『三振』で『あうと』。逆に四つぼーるを与えると『四球』と言って、打者は一塁に行ける。覚えておこう。

 なお、沢村は一試合に一つもぼーるを出さない時もあるほど制球力に定評がある。


 さて、その後沢村はたいがぁすの一番から三番を簡単に打ち取りすりーあうと。得点0でたいがぁすの攻撃は終了だ。

 その裏、じゃいあんつの攻撃も0点に終わる。  

 まぁ、ここまでは暗黙の了解。様式美と言っても良いだろう。

 本当の勝負は続く2回表から。ここで登場するは、たいがぁすの四番、四代目ランディ•バースだ。



 ランディ•バースの名前を知る者は多くても、実際にその技を直に見たものは少ないだろう。

 なにせ先代の三代目が引退してから、実に30年以上もの間、その名前は空席だったのだから。

 更に言えば、約二百年の現代ぷろ野球の歴史において、その名を得た者は四人しか居ない。

 理由は簡単。その名前を襲名する難易度がものすごーく高いからだ。


 過去に名人と呼ばれる打者は数あれど、その中でも心•技•体すべてに傑出した者でないとその名を襲名することは出来ない。たいがぁすでも格付最上位、序列筆頭の名跡。それがランディ•バースなのだ。


 その幻ともいえる名跡が、昨年38年ぶりに復活した。

 そして、若干39歳でその名跡を襲名したのが打席に立つこの男、十七代目新庄剛志改め四代目ランディ•バースでなのである。



 若くして至高の名跡を継ぐ男、バース。対するは、じゃいあんつ当代一の名人沢村。

 大注目の対決の一球目は、すとらいく!

 微動だにしないバース。ばっとを片手に、構える姿はさながら金剛力士立像の如し!


 二球目、、、なんとぼーる!!

 あの沢村が制球を乱した!バースの威圧感は精密機械沢村をも狂わせるのか。


 三球目、、、またもやぼーる!!!

 過去には、四球を出したその日に引退した名人がいたほど、ぼーるは名人にとって恥とも言える。まして沢村ほどの名人が二球続けてぼーる。夢でも見ているのか。緊張が球場全体を包む。


 そして四球目。沢村の放った球に、バースのばっとが鋭く疾走る!

 果たして、バースのばっとによって強かに打ち据えられた球は、あっという間に外野桟敷席へ!ほーむらんだ!!


 百聞は一見にしかずとはまさにこのこと。凄まじい打撃だ。

 昨年の日本しりぃず、6勝1敗と大きく勝ち越したたいがぁす、バース襲名のご祝儀相場かと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。恐るべしランディ•バース。


 座布団が飛ぶ。電光掲示板に『天晴』の文字が躍る。『神様•仏様•バース様』の掛け声が至る所から飛ぶ。

 球場全体が蜂の巣を突いたような大騒ぎだ。


 このバースのほーむらんを契機に、たいがぁす打線は爆発。この回たいがぁす一挙11得点。

 その裏、対するじゃいあんつは2点を返し、2回裏終了時点で11対2。



 続く3回

 たいがぁすの攻撃。守るじゃいあんつのまうんどは2番手投手の十四代目江川卓。

 本来ならば二日目の先発予定のはず。なんとしても勝ちたいじゃいあんつの意地を感じる緊急登板といったところか。

 しかしここでもたいがぁすの攻撃は止まらず、またも11得点。

 一方のじゃいあんつは4得点に終わり、22対6。



 4回。

 たいがぁすの攻撃に対し、じゃいあんつのまうんどには、なんと十一代目桑田真澄が登場した。三日目の先発予定のはずである。予想外の豪華な顔ぶれにボクは思わずニンマリだ。

 この回ようやく失点0としたじゃいあんつ。裏には四番八代目原辰徳、五番四十九代目ウォーレン•クロマティなどの活躍で6点を返し、22対12。

 じゃいあんつ反撃の狼煙か。



 しかし、たいがぁすは主導権を渡さない。

 直後の5回表、桑田の後を継いだ十二代目槙原寛己に対し、バース、掛布、岡田の三連続ほーむらんをお見舞いする。


 バースの襲名により、こちらも38年ぶりの三役揃い踏みとなったバース、八代目掛布雅之、十二代目岡田彰布。たいがぁす最上位格三名跡の三連発弾だ。

 これを契機にたいがぁす打線は再点火。この回更に9点を追加し、5回を終えて31対12。



 その後もたいがぁすの勢いは止まらず、8回表終了までにじゃいあんつ投手陣から奪った得点は、取りも取ったり41。対するじゃいあんつは、7回裏まででわずか13得点。

 試合は41対13で、最終回8回の裏、じゃいあんつの攻撃を残すのみとなった。



 最終回、じゃいあんつの攻撃。たいがぁすのまうんどに立つのは、今日ここまで一人でたいがぁすまうんどを守ってきた十一代目村山実。

 対するじゃいあんつは、2番からの好打順。しかし、2番3番が呆気なく倒れ、早々に2あうと。万事休すか?最後の打者となるか四番原辰徳……。


 しかし、ここで驚くべきことが起こった。四番原辰徳に代打が告げられたのである。

 四番に代打?一体誰だ?球場全体が静まり返る。皆が固唾をのんで場内放送を待つ。三世紀前の音声を再現した独特な場内放送が響く。


「じゃいあんつ、選手の交代をお知らせします。四番、原に代わりまして、長嶋。四番 さーど 長嶋 背番号 3」


 長 嶋 茂 雄 !!!


 なんとここで長嶋茂雄!

 日本国民なら知らぬ者はまず居ない。じゃいあんつ最高位の名跡にして生ける伝説、人間国宝三代目長嶋茂雄(89歳)の登場である!


 ここ数年は身体の衰えからか出場が無く、このまま引退も噂されていた長嶋のまさかの登場に、まうんどの村山も、目を見開き驚愕の表情のまま固まっている。

 たいがぁす守備陣にも動揺が走る。

 観客席も大混乱だ。

 たまらず主審が、場内が静まるまで試合中断を告げる。

 そんな中、長嶋はまうんどを真っ直ぐ見つめ打席に静かに佇む。


 数分ののち、試合再開。

 村山の第一球。

 長嶋、風神雷神図屏風の風神の如き構えから豪快な空振り。1すとらいく!へるめっとがくるりと回って地面に落ちる。名人芸だ。空振りですら魅せるのが長嶋の長嶋たる所以である。


 二球目も豪快な空振り。2すとらいく。観客も大いに沸く。

 追い詰めているはずの村山が、逆に追い詰められていくような奇妙な感覚に囚われる。


 そして運命の三球目。

 ザトペック投法から放たれる村山渾身の一球を長嶋が遂に捉えた!!

 放った打球が伸びる!伸びる!ぐんぐん伸びる!左翼手が見送った!入った!入った!ほーむらん!!

 放った打球は、打席から遥か百尺(約30.3m)先の外野の柵を越え、左翼枡席へ見事に突き刺さった。値千金のほーむらんである!


 再び飛び交う座布団、電光掲示板に躍る『千両役者』の文字。クロマティの音頭で始まる万歳三唱の嵐の中、静かにだいやもんどを一周する三代目長嶋茂雄89歳。


 そして長嶋がほーむべーすを踏むと、主審木村伊之助が軍配を掲げた。


 「一本!それまで!」


 なんと、一本!じゃいあんつの一本勝ちである!!とはいえ、これは誰も文句の付けようがない。

 誰もがこのままたいがぁすの優勢勝ちで幕を閉じると思っていた試合の流れを、まさに一振りでひっくり返してしまった。流石長嶋茂雄、余人を以て代えがたし!!場内万雷の拍手喝采である。


 かくして、大興奮のうちに日本しりぃずの初日は幕を閉じたのであった。




 『ぷろ野球観戦記』、いかがだっただろうか?現地の興奮が少しでも伝われば幸いだ。


 伝統に裏打ちされた卓越した技能、それもぷろ野球の魅力だが、ボクが思うぷろ野球最大の魅力は、なんと言っても『勝敗があり、かつ筋書きが無い』というところだ。

 そこに意外性が生まれ熱狂を呼ぶ。そして、観るものを魅了する。これこそがぷろ野球の、他の伝統芸能には無い強烈な個性だ、とボクは思う。


 古臭いと侮るなかれ。伝統芸能とためらうなかれ。一度は試しに観てほしい。そうすればきっと貴方もぷろ野球の虜になること請け合いだ。


 さあ、皆さんも次の休日は是非野球場へ!


2275年10月7日 文責:佐藤ヒロシ

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