表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

第5話【虫の知らせ《インフォメーション》】

──ここは千代田区、時刻は午後23時を過ぎた頃。


 東京の中心地にありながら、この場所だけは妙に静かだった。

 歓楽街から外れた路地裏に位置する、雑居ビルの四階。

 明かりの落ちた建物の最上階で、『真っ黒』な空気が(うごめ)いている。


 黒いロングコートを夜風に揺らし、月明かりを背にしたその姿は、まるで都市に立つ『影』。

 両の手に備わった(ふた)つの『鎌』は銀箔のように輝いている。


 灯郎──『殺し屋蟷螂(キル・マンティス)』が屋上に立っていた。


 彼の視線の先には、ひとつのビル。

 そこが今回の標的──裏社会の情報屋蛭蟲(リーチ)が囚われているヤクザ組織直鶴会(すなづるかい)の事務所だった。



「……行くか。」



 灯郎はポケットから、小型の通信デバイスを取り出し、『潜入開始』とだけ打ち込み、デバイスの電源をを切った。

 彼の(くわ)えるタバコの煙は、風まかせに(ただ)っていた。


『刃』の匂いと、『血』の気配だけを身にまとい──屋上の縁から、静かに飛び降りた。


「ヒュオオオー」という落下音とは対照的に、着地音は、まるで『蚊の羽音』……。

 一切の衝撃を周囲に伝えず、夜の(とばり)に吸い込まれるように灯郎の姿が消える。


──仕事が、始まる。




──────────

─────ビルの裏側、ゴミ収集用の鉄扉。

 そのわずかな隙間から、煙のように体が滑り込む。


 組の構成員が少ない時刻を狙ったためか、廊下には誰もいない。だが、匂いは濃い。

─────金、薬物、汗、そして血。


 足音を一切立てず、灯郎はまるで『カメラのフラッシュ』のように、断片的に前へと進む。

 一歩を踏みしめるごとに空気が『切断』されていく……それほどの緊張が、彼の存在には宿っている。


──目的は、情報屋『蛭蟲(リーチ)』の奪還だ。

 殺すことが目的ではない……だが、死なせずに帰れる保証はない。


 しかし──灯郎の中には最初から『誰も殺さない』という選択肢など、存在はしない。



──────潜入してから六分が経過した頃……とある『気配』が、突如として灯郎の前に立ちはだかる。



 ビル内、二階の奥にある応接室。

 音もなく開いたドアの先に、『ソイツ』は現れた。


 暗い室内に、突然明かりが付きはじめる……。



「よォ……こんな時間に来客とは────組長さん戸締りしてなかった見てぇだな。」



 そこに立っていたのは、痩せ型で長身の男……身長は166cmの灯郎より、15cmは高く見える。


 髪はオイルで撫でつけられ、顔にはピエロのような笑み。

 軍服の上に無骨な金属製のハーネスを着け、その両手には『異様な銃』。


──軽機関銃……それも『ブレン・ガン』……。


 弾詰まり(ジャム)を防ぐため、本体上部にマガジンが装填された、英国(イギリス)製の戦争遺物。

 その銃の側面には、赤い文字でこう刻まれていた。


『29 - DANNY(ダニー)』と。

 その物騒な男は、短機関銃を肩に担ぎ、高らかに語り始めた。



「オレ様のコードネームは『(ローカスト)』……!

 マシンガンは特注の『ダニー』……コイツと一緒に、今夜のSHOW(ショウ)を盛り上げに来たってワケだ!!」



 灯郎は一歩、前へ出た。──黒い殺気が、稲妻のように空間を裂く。

 その殺気を前にした(ローカスト)の笑顔は、ぎょっとしたように歪んだ。


「へへっ……相手にしちゃ不足はねぇな……!──その歩き方……その静けさ……都市伝説級の殺し屋『殺し屋蟷螂(キル・マンティス)』が相手なら楽しくなりそうだ……!!」


「───黙れ。」


────この一言が、戦闘の号砲(あいず)となった。




──────────

─────広めの応接室……短機関銃を構えた(ローカスト)による、『閃光』と『轟音』の先手が撃たれた。


 部屋中に、薬莢の落ちる音が響き渡る。


───────弾丸は「ラタタタタタタッ──!!!」と勢い良く銃口から飛び出していく。


『29 - DANNY』が火を噴き、壁も床もソファも、鉛の弾が破壊していく。

「ドガガッ!」……「バキバキッ!」っと、まるで『蝗害(こうがい)』のように弾丸は襲う。



─────だがしかし……(ローカスト)が気がついた頃には、灯郎の姿は……彼の目の前に存在していなかった……。

『吹き消したロウソクの火』のように、一瞬にして……。



「──チッ、消えたッ!?」



 (ローカスト)の目には、確かに『居た』はずの男の姿が、煙の中で掻き消えていた。


「まさか……後ろ……!!」


 ローカストが一瞬、虚を突かれたように銃口を背後逸らす─────その直後。


 風のように、いや──『煙』のように、灯郎が背後から現れた。



「あがっ──!」



 左腕が熱い……「ザクリッ」と裂けるような刺突の感覚。

 (ローカスト)の身体が反射的に跳ね、再度マシンガンを乱射する。


──────「ラタタタタタタ───!!」


「ハハッ……おいおい嘘だろ……!?──一体どうやって……弾丸の雨の中から……!」


 だが、(ローカスト)蝗害(こうがい)は止むことは無い…… むしろ血を見るほど攻撃は加速する。


「イイねぇ……ダニー!目に物見せてやれ!!!」


 (ローカスト)は痛みに耐えつつ、自らを銃撃の中心に置き、360度回転しながら銃を乱射した。


──────「ドガガガガガガガッ!!!」


 応接室が鉛の匂いに変わる────照明や柱が崩れ、壁が煙で真っ黒に染まっていく。

 弾丸の猛攻の中、灯郎は─────姿勢を極端に低くし、床の上を滑るように動いた。


 灯郎は、最小の動きで『気配』も丸ごと……姿を消していた。


(────さっきから、どんな『動き』で弾を避けてるんだ?)


 (ローカスト)の頭は、『なぜ弾が当たらないのか』……そればかりを考えていた。

 彼には、灯郎の『素早さ』と『判断能力の高さ』に対し、理解が及ばなかったのだ。

 頭の中で考察したまま、弾が尽きかけているマガジンの差し替え(リロード)をしようとする──が、その手にも再び『銀の閃光』が走る。



─────「ザシュ──ッ!」……鋭く(つんざ)く斬撃の音。



「うがァァアッッ─────!!」


 右手の甲が裂かれ、三本の指が宙に舞う……マガジンが床に「ゴトン」と落ちた。

『殺し屋の無双』を味わった(ローカスト)は、後退しながら叫ぶ。


「や……やるじゃねぇか……舐めてたぜ──だがな、オレの『ダニー』は……まだ、おっ()ってるぜぇ!?」


 (ローカスト)はよろめいた。

───さらにその直後、今度は低位置から放たれる鎌が、(ローカスト)の顔に目掛けて一直線に襲う。

 一瞬、(ローカスト)が見下ろす形で灯郎と目が合った。



 ……しかし、その灯郎の攻撃は「ガキィンッ!」っと金属音を発し、(ローカスト)の顔にかすることなく軌道がズレた。

 上へと向かっていたその『刃』は、運良く短機関銃『ダニー』のフレームにギリギリ当たったのだ。



「……ナイスだぜ『ダニー』……!!」



 この奇跡的なタイミングに乗じて、(ローカスト)は『ダニー』の銃口を左手で掴み、指の欠けた右手を添えた後……野球バットのように構え始めた。

『銃撃は無意味かもしれない』と、乱射した中で脳裏に浮かび、近接戦闘へ『殺し方』を変えたのだ。



「────ヤケクソじゃねぇ……特注した、『チタン製』のボディを持つ『ダニー』だから出来る戦闘方法だ!!!」




──────────

─────二人は、室内を爆ぜるように動き始めた。


 (ローカスト)は壁を蹴って加速し、灯郎の斬撃が(くう)を斬る。


 振り下ろした『ダニー』と灯郎の鎌がぶつかり合い、「ガキンッ!」という金属音を何度も奏でた。

 更に(ローカスト)は威勢よく叫びながら『ダニー』を振り回す。



「そろそろ死ねやァ───ッ!!!」



 怒号とともに放たれる一撃は、応接室のフローリングを叩き割る。

 勢いのある、『落石』ような軌跡。


 ……だが──灯郎は、その『直線的な動き』に一切付き合う気は無い。


──疾風(はや)く……そして鋭く……。

 それが、灯郎の『殺し方』……。


 (ローカスト)の攻撃が『止まった』その瞬間、灯郎は一瞬にして背後に(まわ)



「貴様など────読む必要も無い。」



 灯郎の(ささや)き。

 風が静まり、時間が止まるような感覚。


(ヤバツ───!!)


 (ローカスト)は直感的に『斬られた』ことを理解した。

 背後からの斬撃は、首元を裂き、血飛沫をあげている。



 だが────まだ意識はある。


(斬られたか……けど、意識があるならば────死なば諸共(もろとも)!!)



 (ローカスト)は意識のあるうちに、どうせ死ぬならと『道連れ』しようと考える。

 瞬間、(ローカスト)は「ダッ!!」っと床を転がり、最後のマガジンを拾うと同時に、『29 - DANNY』に装填した。

─────引き金を引けば、何時でも乱射できる状態。


「うおおおおおおおおッッ!!!!」


 咆哮と共に、『全弾乱射』……。

 再び、蝗害(こうがい)のような無差別の弾幕を、「ラタタタタタ───ッ!!」と展開し始める。


「せめて、お前だけでもぶっ殺して───」


 だがその刹那─────



「────甘い……。」



 声は、真上から聞こえた。

 天井から、静かに舞い降りる影……灯郎は、まるで『羽毛』のように舞い降りた。


──────(ローカスト)の心には、『死』の一文字だけが浮かぶ。


「終わりだ。」


「ザシュンッ」と空中から地面に向けての一閃……(ローカスト)の『首』は閃光のように裂けた。

 とうとう(ローカスト)の意識が落ちる。



 視界が水平に崩れ、血が咲き、音が消え、体が傾いていく─────



 頭部は床に落ち、血が円を描いて広がっていく。

 灯郎は、静かに地に降り立った。




──────────

────(ローカスト)の首が地に落ちた音は、なぜか静かだった。

 落ちるというより、置かれたような音……部屋の中央に、『死』だけが残った。


 灯郎は応接室のさらに奥へ向けて、一歩前へ出る。

 ブーツの底が、血に濡れたタイルにぬるりと沈む音がした。


──────しかし、まだ終わっていない。



「おい!!今の銃声聞いたか!?」

「アイツだ!!突っ込め!!」

「殺せ殺せーッ!!!」



 廊下から聞こえてくる、直鶴会(すなづるかい)のヤクザたちの怒号。

 その数、ざっと二十名ほど。

 拳銃、ナイフ、バールを手にする者もいれば、。中にはカスタムされた散弾銃を持つ者もいた。


「ぶっ殺せぇええッ!!」

()れッ!!一人で来たってんなら返り討ちだッ!!」


 階段を駆け上がり、部屋へ殺到する連中。

 しかし──────



 突然……灯郎(とうろう)の姿は消えた。

「フッ」と、『吹き消したロウソクの火』のように、一瞬にして……。



「……あれ?」

「いねえぞ……?」

「この部屋のはずなんだが……?」



 一瞬、廊下に不自然な『無音』が生まれる。

 その中心で──灯郎は、静かに『狩り』を始めていた。


──────まず、最前列の男の『首』が落ちた。


「なっ……!!」


 その背後にいた男が、『血を浴びて』それに気づく。


「……ッ、お、おい!?後ろのやつ─────」


 言いかけた瞬間、こんどは自身の首が落ちた。

 その場にいたヤクザたちは理解できない。


 なぜ誰も『斬る瞬間』を見ていないのか。

 なぜ『斬られた音』がしないのか。

 なぜ、『刃』の存在すら視認できないのか。


「なんだこれ……なんだよ……」

「おかしい……何か変だ……!!」


 錯乱した一人が発砲───弾丸が天井に突き刺さる。

 そのとき──『肉塊が斬れた』ような音が走った。



───────「ザシュ──ッ……!」



 空気が……風が……時間が裂かれるような感覚……次の瞬間──また一人と、首が跳ねた。


 血飛沫が、また花火のように空間へ広がった。


 灯郎の動きは見えなかった。『動き』というよりかは、彼はただ、『そこに在る』だけ。


 静止画のように存在し、『次の瞬間』には別の場所にいる。

 それが──殺し屋蟷螂(キル・マンティス)



「「「う、うわあああッッ!!」」」



 残ったヤクザたちが叫びながら、あらぬ方向へと銃を乱射する。

 天井に、壁に、同士討ちになりかけながらもただ撃つ。

 撃つ。撃つ。だが、そこに(キル・マンティス)はいない。


─────『斬られた』ことにすら気づかぬまま、彼らは死ぬ。


 斬撃の音すら聞こえず、倒れた者の血で滑り、

 逃げようとした者の背中に斬撃が走り─────

 一人、一人、また一人と、順番づつ首が飛んでいく。


「ひィ……ッッ……ッ!!」


 とうとう最後の一人が、壁際で拳銃を落とし、尻をつき、震えていた。


 灯郎は、スデにその背後に立っている。


 男が口を開き、何か言おうとした瞬間────


 スルリと男の首は滑るように落ちた。


 灯郎の持つ双つ(ふたつ)の鎌からは、ピチャリと血が滴った。




──────時間にしてわずか『58.29秒』──二十人全員が殺された。




 室内に、ようやく『静寂』が戻った。

 それは、殺した者だけが聴ける『死の音』である。




──────────

─────事務所のさらに奥……一室の隅で拘束された男が、咳き込みながら顔を上げた。



「────ったく、殺し屋ってのは……物騒な連中しか居ねぇんだな……。」



 顔は腫れ上がり、鼻血と唇の裂傷。

 だが、その目だけは─────まだ『生きていた』。

 このボロボロの男こそ、裏社会きっての情報屋『蛭蟲(リーチ)』である。

 血まみれのトレンチコートを羽織り、逆立つ黒髪の彼はその場で胡座(あぐら)をかいている。


 灯郎は黙って近づき、『鎌』でロープを切った。


「……『礼』を言ってやろうか?」


「……言わなくていい。」


「……確認しただけだ。 そんな感じだもんなお前って。」


 蛭蟲(リーチ)は、両手首をさすりながら、床に転がった煙草を拾い──火をつけることもなく口にくわえた。


 灯郎は持っていたライターで煙草に火をつけてやると、静かに問いかけた。




「─────何があった。」



 蛭蟲(リーチ)は「フーッ」と煙を吐くと答え始めた。


直鶴会(コイツら)にとある情報を依頼されてな……『何かある』と察して断ったらこのザマよ。」


 灯郎は、一歩近づく。


「……とある情報だと……?」


 蛭蟲(リーチ)は灰を地面に落とす。



「あぁ、【日本政府公認暗殺組織(おまえら)】のことについて聞かれた……聞かれたことは沢山あるが。

 だが買い手はきっと直鶴会(あいつら)じゃねぇ。あいつらはあくまで『情報の運び屋』だ。」


「依頼人は?」



 蛭蟲(リーチ)は目を細めて言った。



「──アメリカの秘密暗殺組織……【N.E.S.T(ネスト)】だ。」



 灯郎の眉が僅かに動く。


「聞いたことがない。」


「そりゃそうだろうな。『アメリカ政府非公認』に加えて、『国家規模の暗殺』まで請け負う連中だからな。」


 煙草を舐めるように口で転がしながら、蛭蟲(リーチ)は続ける。


「『戦争』が終わって、『暗殺』がルールの世界になった……わざわざ一世紀も前のことに対して、あいつらはそれが気に食わねぇのさ。」


「理由は?」


「戦争こそが『金』だった。

 今の『首領(ドン)』の父親の代まではな……兵器の卸売、戦争犯罪の買収、臓器ビジネス──『戦争』で生計を立てていた組織だった。」


「それが……」


「───終わったんだよ。『戦争禁止の協定』っていう、世界規模のキレイゴトでな。

 商売を根こそぎ持っていかれた連中の『怒り』は深い。だから……あいつらは世界を戻そうとしている。」


 灯郎は黙ってそれを聞き、蛭蟲(リーチ)の目をじっと見据える。


「裏社会の『更に更に』DEEP(ディープ)な所じゃ、そこの『首領(ドン)』のコードネームだけは知れ渡ってる────死番(デス・ウォッチ)……『死を観る者』……。」


「……死番(デス・ウォッチ)か。」


「世界最強の殺し屋と謳われていて、『国単位』の強さを持つ。世界政府からも、『放置不可(ノン・リーヴァブル)』のフラグが立ってる。」


 灯郎の内側で、何かが音を立てた気がした。

 蛭蟲(リーチ)は、「ゴファッ」と床に血を吐いた。


「……体調的にも話せるのは、ここまでだ。

 あとはアンタらの出番だろ? ────とにかく今回は助かったぜ……今度何か埋め合わせさせてくれ。」


 灯郎は、黙って一礼する。


 そして、崩れかけた部屋の窓を開けると──

 夜風が、二人の間を静かに吹き抜けていった。

読んでいただけるありがとうございました!

明かされた新たな勢力『N.E.S.T』……今後はどう繋がっていくのか…!

是非最後まで見届けていただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ