第4話【虫籠《カンファレンス》】
─────無機質なコンクリートの廊下に、コツコツと二人の足音が響く。
一人は、黒のロングコートを羽織った無表情の灯郎。
そしてもう一人は、灯郎よりも四cmほど背の高い、紫のスカジャンに金髪の綃斗だ。
「ねェ、カマキリ先輩専用のお部屋とかあるんスか?」
灯郎は答えない。依然として無表情のまま。
「……俺の戦いぶりってどうです? さっきの件で評価的にどうっスか? カンゼンに合格ラインでしょ!?」
やはり……なにも答えない。
「……あれ、無視です? おーい? これ試験の一環です? あえて? ツンデレ? お腹へった?」
いくらしつこく食らいついても、灯郎はまったく表情を変えず歩き続けるだけだった。
とうとう諦めた綃斗は肩をすくめ、ぼそっと呟く。
「くっそ……ツンデレじゃねぇな……だって絶対デレないもんなこの人……。」
──二分ほど歩けばやがて、廊下の先に重厚なドアが現れる。
そこには、【作戦会議室(ただいま使用中)】の白いプレート。
灯郎がドアノブへ手を伸ばす。
指紋を検知したのかだろうか……機械音とともにスキャンが作動し、扉が自動的に開いた。
その室内から漂ってきたのは、緊張感と重圧──そして、黒い風のような『殺気』……。
(うおっ……空気ちげぇ……カマキリ先輩とは違う殺気だ。)
綃斗が思わずつばを飲み込む。
これまで感じたことのない異様な『静けさと重さ』が、全身を布のように包んだ。
──────────
─────部屋の中心には、大理石のような質感のツルツルとした長机。
その周囲に設けられた椅子には、すでに四名の男女が座っていた。
一人一人が放つ圧──それは、戦場でしか磨かれない『殺意』そのものだった。
(全員……凄まじい程の場数踏んでるな……)
綃斗の背筋は自然と伸びた。
室内はそれほど明るくなく、照明は抑えられている。
壁面には、様々な資料が乱雑に貼り付けられており、その中には各地の監視データや脅威リストなどの文字が目に入ってくる。
一歩踏み入れた瞬間、視線が一斉に綃斗と灯郎へと注がれる。
「───鎌日部……横のガキは誰だ……新入りか?」
まず口を開いたのは、189cmという長身の大男だった。
ボサボサの長髪に、服の上からでも理解る岩のような肩幅、鍛え上げられた肉体。腕を組んだまま、目だけで睨む。
灯郎は何も言わず、一番近くの空いている席へと向かって腰を下ろす。
───それと同時に、重苦しい空気がしばらく部屋に充満した。
綃斗は部屋の隅で直立しながら、罰ゲームかのように全員からの視線に身を晒すことになる。
その視線はただの『興味』ではない。『新しい歯車が、正規部品として使い物になるか』を試すような、無言の値踏みだ。
─────そんな苦しい沈黙を破るように、突如重厚なヒール音が響く。
「──はいは〜い、揃ったわね。」
赤毛の髪に深紅のスーツ姿──芦高 狩乃が部屋のドアから姿を現した。
片手に複数枚ファイルを持ちながら、全体を見渡すとニコリと微笑む。
綃斗にとっては、その微笑みが少し女神かのように思えた。
「綃斗くん、まずは『歓迎』ってとこかしら。今から、あなたの新しい仲間たちを紹介するわ……生死を共にするね。」
綃斗が口を開く前に、狩乃がまず手で指し示したのは──先ほど喋った、長身の男。
「まずは彼、『百舌鳥 走吾』よ。コードネームは──【百足】」
長身の男──走吾はそのまま立ち上がることもせず、眉をひとつ動かす程度。
「……自己紹介ってか? 面倒だな……。」
ゴツく大きなその拳をポキポキと鳴らすその姿は、まるで戦闘用の生物兵器そのものだった。
「彼には灯郎の『鎌』ような、専用の武器は無い。
どんな環境でも、周囲の物を武器にしてしまう戦闘スタイル……脚立でも、小麦粉でも、電子レンジでもね。」
──狩乃が笑って付け加える。
「無駄に頑丈で、無駄に馬鹿力で、無駄に無口……でも、その方が一番信頼できるわ。」
「蛇足って言葉、国語辞典で調べるといいぜ芦高……。」と走吾が呟く。
綃斗はぎこちなくペコリと頭を下げる。灯郎の目には、その様はまるで『怯えた子犬』のように見えた。
「よ、よろしくッス……」
──次に動いたのは、その隣の男だった。
緑色の短髪に、ロックンローラーのような刺々しいジャケットを羽織っている。
身長はほとんど綃斗と同じくらいに見える。
「おォォ〜? 次は俺ェエ?」
声が跳ねている。座ったまま、やたらと椅子に足を乗せたり、上半身を左右に揺らしたりと、常に体を動かしている。
──そして聞いてもいないのに、自ら名乗り始めた。
「俺ァ……『五木 武利』!!……コードネームは〜……【蜚蠊】ィイイ!!」
妙にイヤな目つきで綃斗を睨みつけ、妙に広げた口角で笑う。
「俺ァよォ〜『殺す』って感覚がちょっとだけイヤなんだゼ……。
でもそれが仕事だろ?……だから殺すときだけ、『喫茶店でパフェを食う気持ち』に頭を入れ替えンだよ……わかるよなァ?」
「は、はぁ……なるほど」と綃斗が困ったように目を逸らす。
狩乃は綃斗の助けを感じ取ったのか、間に入るように説明を加える。
「彼は、最も予測不能な『殺し屋』ね。自分の痛みにも他人の痛みにも反応が薄い……いわゆる『アドレナリンジャンキー』で、後天性の無痛症なのよ。
精神的に『壊れてる』けど、だからこそ……敵の動きをまるで読まない奇襲ができるのよ」
「えっと……『読めない』が武器……ってことッスか?」
「そっ、正解よ。」
──武利はずっとケラケラ笑っていた。誰も笑っていないのに。
──続いて紹介されたのは、一際小柄な女性だった。
黒髪のポニーテールを揺らしながら、ポンチョ姿の彼女は立ち上がった。
小さな手で慌てたようにペコペコと頭を下げ、ぎこちなく口を開く。
「あ、あのっ……天道 七海っていいます。コードネームは【瓢虫】です。あの……その……自動式の拳銃は持ってるんですけど、あんまり当たるかどうかは……えと……あんまり期待しないでください……。」
どこか所在なさげに、服の裾を握りしめている。 見た目は女子大生と変わらないが──腰には、明らかに軍用仕様の拳銃が一丁下げられていた。
狩乃が彼女の代わりに補足する。
「七海は、いわば『強運の暗殺者』。当たるべき時に当たり、殺すべき者を殺す……不思議な女の子だけど、任務の成功は必ずと言っても過言じゃないわ。」
「で、でも……私はただ引き金引いただけで……た、たまたま当たっただけで……みんなが強いだけです……!」
「ううん、運も実力のうちよ?」と狩乃はやさしく微笑む。
──最後に、全員の視線が『殺し屋蟷螂』──灯郎へ向けられる。
しかし、彼は何も言わず、何の反応も示さない。
「……まあ……灯郎はいいわ。言わなくてもわかるでしょ? 実績もあるし。」
「……おぉ……これが、プロ集団ってやつか……。」綃斗は小さく呟いた。
狩乃がゆっくりと手を叩き、全体の空気を一度まとめるように締めくくる。
「──以上で、正式な顔合わせとするわ。綃斗くん、あなたもこのチームの一員。『国家のための必要悪』として、活躍を期待してるわ。」
「は……はいッス!」
綃斗はビシッと敬礼のように右手を上げる。ぎこちないが、意気込みだけは確かだった。
──────────
────狩乃はニコリと笑うと、数枚のファイルを長机に並べた。
「さて、今度は次の任務の説明ね。」
置かれたファイルには、複数の人物写真、地図データ、行動記録、そして政府発行の『未発表資料』が束ねられている。
視線を全員へ流し、一息。
「今回の任務は──全員出動による『合同作戦』よ。」
室内の空気が、わずかに引き締まる。
「この国の中枢で、同時多発的に『不都合』が起こってるわ。
敵は政治家に、企業家に、殺し屋……大きな面々ね。」
狩乃は一枚ずつ資料を捲りながら、それぞれの任務を語り始めた。
─────第一のミッション。
「まず一件目……担当は──灯郎。単独の救助作戦よ。」
机に置かれた写真には、若い男の顔と、血まみれの乱れた資料。
「対象は、情報屋……『蛭蟲』。
警察と政治家の裏帳簿、戦後機密の複写データを握っているプロの情報屋よ……多分ウチよりも裏社会の情報には詳しいわ。」
──灯郎が静かに写真に目を通す。
「三日前、千代田区内で行方をくらましたわ。
どうやら──関東圏のヤクザ……『直鶴会』が関与してるわ。
居場所は……都内のアジト。彼が生きてる保証は少ないけど、死体だけでも回収して。」
「……生きてる限りは……連れてくる。」
短くそう呟くと、灯郎はファイルを無言で閉じた。
─────第二のミッション。
「次……綃斗と走吾。あなた達はペアで動いてもらうわ。」
狩乃は2人の前に、ある豪邸の衛星写真を広げた。
「千葉県某所の超高級住宅地に潜伏している『売国議員』が標的。
名前は『土鳥 餅之助』──企業買収を通じて、外国スパイ達とつながってる。」
「売国議員……またクソッタレな話か。」
走吾がボソリと呟く。
「さらに問題は……その護衛。今回雇われたのは『外部の殺し屋』。
詳細なデータは無く、正体不明……戦闘スタイルも未知数よ。」
モスキートが軽く手を上げる。
「ムカデ先輩の話聞いてると……俺が武器にされちゃう場合もアリってことっスか!?」
走吾は横目にギロッと睨む。
「……コイツと組むなんて何かの間違いだろ。」
─────そして、第三のミッション。
「最後──七海と武利よ。」
七海が小鳥のようにピクリと肩を揺らす。隣の武利は……口の端を不気味に吊り上げて笑う。
「今回の依頼は『防衛』。
とある治安維持に貢献したの女性議員──名前は『笠布 蘭花』……彼女が殺される寸前よ。」
写真を机に置くと、若く美しい女性議員の顔写真が現れる。
「彼女は、政治の『膿』を正そうとした……だから、殺される。」
「イイ人が死ぬのは──エキサイティングな事だと思うけどなァ.……?」
武利がニタァと笑う。
七海は小さく息を飲み、弱々しく呟いた。
「わ、私、そんな……守れるほど強くない……です……。」
狩乃は、彼女の目を見てはっきりと言った。
「引き金だけ引いて……あとは『運』がなんとかするでしょ? アナタの場合。」
「……は、はい……っ……。」
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─────全員の視線がファイルに集中する。
狩乃は最後に、ナイフのように鋭い口調で言い放つ。
「任務の完遂率は『100%』を要求する。失敗は『エンジニアの削除』に直結するわ。」
「───了解。」
『キル・マンティス』────灯郎が即答する。
「国のゴミは……ぶっ潰しゃいいだろ?」
『センチピード』─────走吾が腕を鳴らす。
「……生きて帰れれば、いいです……。」
『レディバグ』─────七海が震えながらも、小さな声で応じた。
「ねえ、狩乃姉さん、ムカデ先輩、壁壊しちゃう感じでしょ? 俺、間違って壊されないっスか?」
『モスキート』─────綃斗は冗談交じりに狩乃へ問いかける。
「そりゃ〜生きてる保証はねぇなァ〜。」
何故か『コックローチ』─────武利が笑いながら答える。
……この『益虫』は、すでに牙を研ぎ始めている。
狩乃はファイルをまとめると、最後に一言だけ付け加えた。
「『必要悪』……いや、『正義』として、今夜も動くわよ。──エンジニア諸君。」
ドアが再び重く閉じた。
次の戦場が、すでに『血』を待っている。
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