第1話【蟷螂《カマキリ》】
───────『戦争』は、終わりを迎えた。
国が軍を動かし、兵を送り、銃と弾が『悲鳴』を上げて他国を壊す──
そんな時代は、すでに過去の物語だ。
今この世界で、堂々と戦争を行う国家など存在しない。
理由は、至って単純。
約一世紀前、全世界はある協定に署名した。
──『戦争を一切禁ずる』という、『完璧な平和条約』に。
戦争は金と人命を喰らう『経済的に非効率』な行為であり、
このまま続けば『第三次世界大戦が行われる』と判断された。
戦車は解体され、核兵器は封印され、兵士たちは戦場から姿を消した。
国民は、『平和』という言葉にすがりついた。
だが、──それはただの幻想だった。
争いは、なくならない。
『目的』も、『敵』も、『力の均衡』も、世界から消えはしない。
戦争とは、人を『コントロール』するための手段。
都合の悪い者を始末し、自らの主張を通すための道具。
──ただ、その『やり方』が変わっただけのこと。
『戦争』は『暗殺』へと姿を変えた。
『戦場』は、都市へ。
『兵士』は、暗殺者へ。
ただすり替わっただけだ。
今では、どの国家も、企業も、裏社会すらも──
『殺し屋』を雇う時代となった。
敵を消すために、殺し屋が動き。
殺し屋を止めるために、さらに殺し屋が雇われる。
争いは静かに、だが確実に、『殺し』で回り続けている。
───────そして今、そんな不条理な世界において、
『合法的な殺し屋 』もまた存在する。
──日本政府公認暗殺者。通称:【エンジニア】。
国家の命令で、確実に。
社会に生じた『バグ』を取り除くため、彼らは動く。
反政府の要人。
プロパガンダの発信。
情報操作を行う企業。
外国の諜報組織。
誰であれ、国家にとって『都合が悪ければ』削除対象となる。
今宵、またひとつ──静かな『戦争』が始められる。
──────────
───闇に溶けるように、男が一人、ビルの屋上を駆けていた。
黒いトレンチコートに、中には戦闘服を着込む。
背丈は、27歳にしては166cmと小柄。だが、その体には余分な脂肪一つなく、動きには迷いがない。
バンダム級の、アスリート体系である。
両の手には、二本の銀色の刃──『鎌』が握られている。
その輪郭すら、今の夜風に溶けかけていた。
日本政府公認暗殺者。
その中でも、最も静かに、最も確実に殺すと評される男。
コードネームは──殺し屋蟷螂
この夜のターゲットは、悪徳企業『クロユリ・ロジスティクス』のケツ持ちの殺し屋たち。
表向きは良心的な物流企業。
しかし、裏では政府にとって都合の悪い情報をリークし、逆に反政府の印象を流布している……いわゆる、プロパガンダである。
しかし日本にとっては、ターゲットがどれだけ裏で人民を操作しようとも、確かな証拠と、確かな命を絶てば、それで済むのだ。
─────ビルの裏手。
見張りが三人、路地のゴミ箱の横でタバコを吸いながら立っていた。
全員、腰には『黒い自動式拳銃』を携えている。
だが所作は緩慢。
──夜の見張りなんて、形式的なものにすぎないと、舐めていた。
まずは一人目……。
カチリと、ライターでタバコに火を点けた瞬間
───喉元に『銀色の閃光』が走る。
「──ンヒュッ」と、空気を斬る音だけ。
男は声を上げる隙すらない。
頭が揺れ、肺から出かかった空気が「ハッ」と白く揺れて──倒れる。
頭と身体は、もう繋がってはいない。
そして、誰も見ていない。
次の一人は……。
角を曲がったところに、腰を落として携帯を見ていた。
裏では一人死んでいると言うのに。
キルマンティスは足音ひとつ立てずに背後に回り、両手の鎌の刃先を、脊髄を断つように突き入れた。
身体が跳ねる。
無論、声を出す暇もなく。
震えもがくこともなく、ただ膝を崩して沈む。
未だ、誰にも気づかれていない。
──────────
───とうとう、最後の一人を始末する。
その男のコードネームは──幼虫。
スーツ姿の彼は、薄く汗をにじませた額を袖で拭いながら、拳銃を抜いていた。
仲間の異変に、ようやく本能が警鐘を鳴らし始めたのだ。
「──誰だ……!」
だが、答える者はいない。ただ、後方で風が揺れる音だけが聞こえた。
耳を澄まし、目も凝らしても……何もいない。有るのは、仲間二人の死体だけ。
それと、かすれたラーヴァの低い声。
「居るんだろ?……未熟者二人殺ったくらいで調子のる奴じゃねぇだろ……。」
ラーヴァは銃を構えて、二人の死体に近づいてゆく。
一歩、また一歩と、ラーヴァは足を進めた。銃口を常に動かし、死角を作らぬように。
視線の端で、仲間の首無し死体が血だまりに沈んでいるのが見えた。
死体は『罠』かもしれないし、『恐怖』を煽る為にわざと片付けていないのかもしれない。
だが、ラーヴァも『プロの殺し屋』として雇われているのだ。……プライドが許さない。
「オレもプロだ……二人の死体が罠だとは考えづく。」
「しかしだな、首飛んでる死体があるってこたァ、つまりお前は『刃物』を使う訳で……『銃』を持つオレには勝てねぇ……勝ちはオレのもンだ!」
そして、銃のトリガーに指をかけようとしたその『刹那』の瞬間──
「───カシュッ……。」
白銀の光が、目の前で弧を描いた。
視界がずれ、耳の後ろで『何か』が落ちた音がした。
……見れば、銃を握る自分の左腕の、肘から先が地面に転がっていた。
「……あぁ?」
理解は3秒遅れてきた。
しかし、『自分の腕が切断された事実』に気が付いたその瞬間、血が飛沫のように、「ブシャーッ」っと噴き上がる。
痛みが脳を鋭く突き刺し、ラーヴァは絶叫する。
「うぐっ……ぐわぁぁぁ……ッああッ……ッ!!」
ラーヴァは、唯一の希望である拳銃を拾いあげようと、その場に屈む。
斬られていないその右腕で、本能が拳銃に向けて手を伸ばす。
しかし、無慈悲にも更に黒い刃が……もう一度、何の『情け』もなく振るわれた。
「カヒュッ!」っと、首が裂け、息が止まり、地に倒れる。
頸動脈は断ち切れ、背骨をも切断される。
─────三人……全滅。
「ドトンッ」という、首の落ちる音をその場に残して。
──────────
───キルマンティスは無言のまま、裏口から建物へと入ってゆく。
薄暗い廊下を歩き、非常階段で地下まで降りる。
ここでも、足音一つ立てることは無い。
とうとう地下に着けば、コンクリートの床へ乱雑に置かれた、一つの『アタッシュケース』に目線を向ける。
──これの中身こそが、真の目的……三人を殺した理由である。
何を隠そう、ケースの中には……。
政府の外交官や警察庁幹部の名前がずらりと並んだ内部報告書。
さらにそれに合わせて捏造された、プロパガンダ用の『報道原稿案』のデータディスク。
国家機密へのアクセスログ。
そして『この情報が世に出れば政府は終わる』と言われる……某外務次官のスキャンダルを記録した録音ファイル。
キルマンティスは無言でアタッシュケースを拾い上げた。
手袋越しに持ち上げると、わずかに『カチリッ』と電子音が響いた。
──自動ロック解除。日本政府に登録された【エンジニア認証】によるアクセス成功の証だ。
中を確認。
資料は全て揃っている。
任務は完璧だった。
その瞬間、耳の中の小型通信端末が起動する。
聞き馴染みのある、妖艶で色気のある女声が、落ち着いた声で響いた。
「こちら本部よ。『鎌日部 灯郎』───いや、キルマンティス……。暗殺対象の排除とデータ回収を確認──作戦成功。……今すぐ本部に帰還して。上層部がアナタに『次の司令』を用意しているわ。」
彼は一度、夜空を見上げた。
ビルとビルの隙間からのぞく、静かな星々の並びを。
平和に見える空。だがその下には、情報という刃が渦巻いている。
正義のフリした『真実』が、人を殺すのだ。
キルマンティスはアタッシュケースを片手に持ち、低い声で返した。
「──了解……帰還する。」
彼の歩く夜道に音は無い。
風と影の中に、彼の姿は段々と消えていった。
読んでいただきありがとうございます……!
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