『心霊スポット狩り』…第6章・喜劇
「何だその理由は…それで心霊スポットを手当たり次第に破壊しまくっただと?」
本部長が、報告書を叩きつけるように机に置いた。その声には、怒りよりも、理解しがたいものに対する苛立ちが滲んでいた。
「ふざけやがって…!これまでどれだけの捜査費用と人員を割いてきたと思ってるんだ!?こんな馬鹿げた動機のために、税金が湯水のように…!」
刑事部長が顔を真っ赤にして怒鳴る。その隣に座る幹部も、額に青筋を立てていた。
「あれだけの火薬や爆発物に関する知識を持ちながら、それを『呪われて死にたい』なんて妄想に使うとは…才能の無駄遣いにも程がある!!」
「あの知識と技術があれば、社会にいくらでも貢献できた筈だ…何と愚かな…」
「悪霊なんかよりもずっと恐ろしい化け物みたいな異常者だ、信じられん。我々が想像していた犯人像とはかけ離れすぎている…」
彼らは、事件の異常性とその動機の馬鹿馬鹿しさに、開いた口が塞がらなかった。これまでの経験から、多くの犯罪者の動機に触れてきた彼らでさえ、今回の鮫島の犯罪は、まさに前代未聞だった。テロリストである可能性も想定していただけに、その落差に眩暈すら覚えた。
そんな中、捜査資料の中に紛れていた鮫島が所有していた女性の写真に、麻生が目を留めた。それは、鮫島が「逃げた恋人」と語っていた女性の写真だった。
「ん?この顔…どこかで見たような…いや、確か…」
麻生は首を傾げた。その女性の顔には、どこか既視感があったのだ。彼はその写真を手に取り、じっと見つめた。
そして気付いた。
「…ッ!?この女…まさか!!」
――――
3日後。一連の心霊スポット破壊事件の犯人である鮫島の逮捕と、その余りにも馬鹿げた動機がニュースで明らかとなり、世間の人々は愕然とした。テレビは連日、その異常な事件の顛末を報じ続けた。
学校での爆破事件の後処理に追われる日々を送っていた由美子も、そのニュースを観て呆れていた。
「信じられない…こんな理由で学校を爆破したなんて…」
すると、由美子のスマートフォンが震えた。画面に表示された着信履歴を見て、由美子の表情が凍り付く。それは、自分を捨てた元恋人の桜田淳からの電話だった。
(今更、何なのよ…)
由美子は、迷った末に電話に出た。
「…もしもし?」
由美子の冷たい声に、電話の向こうから必死な声が聞こえてきた。その声は、焦りと後悔、そして微かな恐怖の色が滲んでいた。
「由美子…!頼む、俺の話を聞いてくれ!!」
「今更なんなの…?一方的に私を捨てて他の女性と逃げたくせに…」
由美子が言葉を遮ろうとすると、淳はさらに必死に続けた。彼の息遣いは荒く、まるでどこかから走ってきたかのようだ。
「違うんだ!俺は騙されていたんだ!あの女に…!全部、あいつのせいなんだ!」
由美子は一瞬、思考が停止した。騙されていた?あの、自分を捨ててまで選んだ女に?あまりにも突飛な話に、由美子の頭は混乱した。
「どういうこと…何を言っているの…?」
由美子が問い返すと、彼はさらに早口で、堰を切ったようにまくし立てた。
「あの女は…結婚詐欺師だったんだ!俺から金を騙し取って、消えるつもりだったんだよ!!俺は、俺は、何も知らずに…」
「さ、詐欺師…!?」
彼の声は、悔恨と絶望に満ちていた。しかし、それを聞いた由美子の心には、淳の身勝手な行動への怒りがこみ上げてきた。
「呆れたわね…自業自得じゃないの。私を捨ててまで選んだ相手が詐欺師だったなんて、滑稽だわ」
そう言って一蹴しようとしたが、淳は由美子の言葉など耳に入っていないかのように、さらに衝撃的な事実を告げた。
「それだけじゃないんだ、由美子!今世間を騒がせているあの連続破壊魔の犯罪は、あの女の所為だったんだ!!信じられるか!?」
「えっ…!?」
由美子の頭の中は、一瞬にして疑問符で埋め尽くされた。破壊魔の動機が、結婚詐欺師のせい?一体どういう事なのか。由美子は、ただ呆然とスマートフォンの向こうの彼の声を聞いていた。
――――
時間は、数日前に遡る。警察は、鮫島の供述に基づき、彼が「逃げた恋人」と語っていた女性の身元特定を進めていた。麻生の直感が的中し、その女性の身柄は迅速に確保された。
彼女の名前は、本田かおり。
その正体は巧妙な手口で多くの男たちから金を騙し取ってきた、悪質な結婚詐欺師だった。
警察署の取調室。本田かおりは、最初は詐欺の証拠を突きつけられても強気な態度で悪態をついていたのだが、そこへ中山が冷淡にあの事実を告げた。
「あんたの元カレ、鮫島浩一が逮捕された。一連の連続心霊スポット破壊事件の犯人としてな」
その言葉に、かおりの顔からみるみる血の気が引いた。
「は…?鮫島が…?まさか、そんな…」
信じられないといった表情で呟くかおりに、中山はさらに畳み掛けた。
「そして、その動機がお前にあることが分かった」
中山は、鮫島の供述内容を淡々と読み上げた。かおりは、その内容を聞くにつれて、顔を青ざめさせ、次第に言葉を失っていった。自分が捨てた男が、それに絶望し、しかも、「呪わて死にたい」などという滑稽な妄想に囚われて暴走し、とんでもなく大規模で狂気的な犯行を繰り返していたとは、彼女の想像をはるかに超えていた。
「…嘘…」
かおりは、震える声で呟いた。その声には、恐怖と、わずかな後悔が混じっていた。
「あの男、私に執着する気持ちが異常で…最初は金を騙し取るつもりで近づいたんですけど、その愛情が重すぎて、だんだん怖くなってきたんです。まるでストーカーみたいに感じて…」
かおりは、震える声で話し始めた。
「金だけ奪って逃げようとしていたんですが、あまりにもしつこくて…このままだと、それこそ金を盗んだりしたら、逆に何かされるんじゃないかって。身の危険を感じて…だから、計画を途中で断念して…そのまま逃げ出したんです」
そして、逃げた先で捕まえた「別のカモ」こそが、由美子の元恋人である桜田淳だった。
「…あんな奴に…近づいたのが間違いだった」
かおりは、絶句した。自分の行動が、結果的に世間を騒がせる恐ろしい犯罪者を生み出してしまったのだ。だが、彼女の顔には、反省よりも鮫島に関わった事の後悔と恐怖が色濃く浮かんでいた。自分の身の安全と、今後を恐れる気持ちが先行しているようだった。
――――
かおりの供述は、すぐに鮫島浩一へと伝えられた。取調室で、麻生と中山が静かに語りかける。
「鮫島。お前が『恋人』だと思っていた女、本田かおりだが…彼女は結婚詐欺師だ」
麻生の言葉が、鮫島の虚ろな表情を打ち砕いた。信じられない、といった表情で二人を見つめる。
「…は?」
「彼女はお前を愛していたわけじゃない。ただ、お前から金を騙し取ろうとしていた。だが、お前の執着が重すぎて、身の危険を感じ、計画を途中で断念した。そして、別の男と共に逃げ出したんだ。その男はお前とは違い、相当な額の金を騙し取られている」
「お前自身が結婚詐欺師の被害者だった。お前は騙されたまま、そうとは知らずに…」
その瞬間、鮫島の虚ろだった瞳から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。声も出さずに、ただただ涙を流し続ける。犯罪から逃れられたはずだったのに、何も知らずに騙されたまま、自ら犯罪者になってしまった。その事実に、彼の心は打ち砕かれたようだった。絶望、後悔、そして何よりも自分自身の愚かさをようやく思い知り、涙となって溢れ出していた。
取調室にいた刑事たちは、次から次へと明かされる真実に辟易し、中山は内心で呟く。
(ここまで来ると、最早『喜劇』だな…)
――――
時間は現在に戻る。由美子の元恋人、桜田淳は、電話口で必死に謝罪した。
しかし…
「本当に、すまなかった。俺は騙されていたんだ…由美子、どうか、俺を許してくれ…!もう一度、やり直したいんだ!」
謝罪の言葉の後に、身勝手にも復縁を申し込んできた彼の言葉に、由美子の怒りは頂点に達した。
「ふざけないで!!今更、どの口がそんなこと言ってるの!?私が、どんな思いでいたか…分かってるの!?騙されていたのが本当だとしても、貴方が私を捨てて逃げた事実は変わらないじゃない!!結局自分の事ばかり…少しは反省しなさい、この恥知らず!!」
由美子は、怒りに震える声で叫び、スマートフォンの通話ボタンを一方的に切った。そして、二度と着信できないように、彼の番号を着信拒否に設定した。
由美子は、呆然とスマートフォンを握りしめ、物思いに耽った。
(私と…あの鮫島は…同じ詐欺師の犯罪の被害者だった…)
皮肉すぎる。由美子は鮫島に対し、ほんの少しだけ複雑な感情を抱いた。彼は、自分と同じ被害者だったのだ。しかし、その先に選んだ道が、あまりにも愚かだったことに、やりきれなさを感じていた。
――――
その後、世間では連続爆破事件の裏に結婚詐欺師の存在があった事実も広まった。
「あの破壊魔の動機が、まさか失恋による自棄で、しかもその女が結婚詐欺師だったとは…」
「幽霊に呪われたいって…アホすぎるだろ…完全に頭がおかしい」
「ホラーって言うか質の悪いコメディだろ、この事件…」
人々は、ただひたすらに辟易した。
――――
かつて廃村で火災に巻き込まれたYouTuber4人組も、この報道に怒りを通り越して呆れていた。
「マジかよ、俺ら、そんなアホの被害者だったのかよ…」
リュウが信じられないといった表情で呟いた。ケンタも複雑な表情を浮かべる。
「まさか、そんな理由だったなんて…。俺たち、そんな馬鹿げた事で死ぬところだったのか…」
ミサキは怒りを通り越して、もはや言葉も出ないといった様子だった。タカシは、ぼんやりとスマホの画面を見つめていた。彼らのチャンネルには、「幽霊よりも人間の方が怖い」といったコメントが殺到していた。
そんな時、ケンタのスマートフォンが鳴る。
「あれ?」
画面に表示されたのは、見慣れた名前だった。リュウが覗き込むように尋ねた。
「誰だい?」
ケンタは困惑した表情で答える。
「神崎先生から…」
「えっ?どうしたんだろ…」
ケンタは電話に出た。
「もしもし、神崎先生?」
電話の相手は、オカルト関係の番組を通して面識のある著名な霊能力者、神崎洋子だった。
『ああケンタくん?突然悪いんだけど…お願いが…』
「はい、はい……えっ!?」
神崎の『お願い』に、ケンタは思わず声を上げた。




