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色んなお話を読んでみた  作者: 旧河
第1部・本屋で色々読んでみた
4/70

『とことん女運の悪い男とストーカー女』…第3章・狂気に囚われて

今回は咲美の視点から始まります。

咲美にとって、義彦は全てだった。彼と過ごした時間は彼女の人生で最もかけがえのない瞬間だった。あの頃の義彦は自分だけを見てくれた。二人で空が暗くなるまで語り合い、週末には近所のカフェでコーヒーを飲みながら笑い合う。この幸せがずっと続くと信じていた。


…が、2年前、彼から別れを告げられた。「すれ違いが多い」、「お互いのためだ」と…咲美には理解できなかった。そんなの些細なものだ。愛があれば何てことないはずなのに、なぜそんな簡単に諦めるのか。別れの瞬間、義彦の冷めた目を見て、咲美の胸は締め付けられるような痛みに襲われた。


「どうして?私の何が不満なの!?」


…そう叫びたかったが、言葉は喉に詰まったままだった。


そしてストーカーへの転落が始まった。


義彦が新しい恋人と幸せな日々を送っていると知り、咲美の心は猛烈な嫉妬の炎で焼かれた。そして、義彦の家の近くを通りかかった時、彼の姿を見た。義彦が新しい恋人と一緒に笑っている光景を。名前は花山明日香。穏やかな看護師で、義彦を献身的に支えているらしい。この時、咲美の中で何かが壊れた。


「明日香…?誰よ…それ。私以外の女が義彦のそばにいるなんて…」


咲美はスマホの壁画にしている義彦の画像を見つめながら呟いた。彼はもう私を見ていない。あの女に…明日香に奪われたのだ。そう思うと咲美の心に渦巻く嫉妬は膨らんでいき、行動はどんどんエスカレートしていった。

逮捕された日、警察に連行され、留置所の壁に囲まれて咲美は悟った。彼はもう自分の男ではないのだと。それでも、執着は消えずに明日香への憎悪が燃え上がった。

保釈されてからも、咲美の頭の中は幸せな日々を送る義彦と明日香のことで埋め尽くされていた。保護命令が出ていることはわかっていた。でも、そんなものは紙切れにすぎない。義彦が自分を拒絶し続ける限り、咲美の気持ちは抑えきれなかった。


そして、二人の結婚と明日香の妊娠を知り、咲美の嫉妬は頂点に達した。


「あいつが義彦に愛されて、子供まで産むなんて……許せない。私がその場所にいるべきなのに!」


そう叫ぶ咲美の目は血走り、髪は乱れ、まるでこの世の全てを呪う怨霊のようだった。


再び勾留された後も、咲美の存在は義彦と明日香の生活に暗い影を落とし続けた。尋問で彼女は目を血走らせ、震える声で繰り返した。


「義彦は私のものよ。あの女がいなければ…彼はまた私の所へ戻ってきてくれるのに…!」


その言葉は歪んだ愛憎と執念に満ちていた。留置所の中でも、彼女は壁に爪を立て、「義彦、義彦」と独り言のように呟き続け、看守さえ唖然とするほどの狂気を漂わせていた。


釈放後、やはり咲美の行動は止まらなかった。彼女の頭の中では、明日香への嫉妬が異常なまでに膨れ上がっていた。鏡の前で自分の顔を見つめ、ナイフで髪を切り刻みながら、


「私が明日香になればいいんだわ…彼女の顔を奪えば、義彦は私を見てくれる…お腹の子は…。そうね…適当に流産したって事にすれば…」


そう呟きながら、切った髪を床に撒き散らした。美容外科のサイトを漁り、明日香の写真と何度も見比べて笑う…狂気に満ちていた上に何とも本末転倒な考えだったが、咲美にはそれが唯一の希望になっていた。


――――――


「……見つけた」


そして、街で大きなお腹の明日香を見つけた。買い物袋を抱え、穏やかな表情で歩く彼女。義彦と一緒に暮らし、幸せそうにしている姿が、咲美の目に焼き付いた。


「…私の方がずっと彼を愛している…あいつじゃない」


咲美は後をつけた。距離を保ちながら、彼女の動きを観察する。スーパーの入り口で立ち止まり、商品棚の間を歩く明日香を、咲美は影から見つめた。

狂気に満ちた笑みが口元に浮かぶ。もう引き返す気は無かった。

義彦への愛と、明日香への憎しみが、彼女を突き動かしていた。


――――――――


夜遅く、妻と連絡がつかず慌てた義彦が自宅に帰ってきた…今日は会社でどうしても外せない重要な会議があり、こんな時間までかかってしまった…明日香は「心配しなくても、私は大丈夫だから」と言って健気に送り出してくれたが…。


見ると、家には灯りが点いていない。


「まさか…!?」


焦ってインターフォンを鳴らし、ドアを何度も叩いた。


「明日香、俺だ!いないのか!?」


すると、灯りが点き、中から明日香が顔を出した。


「…お帰りなさい、義彦。念のために電気を消して留守に見せかけてたの」


「えっ?じゃあ、スマホは…」


「スマホ?えーと…あらやだ、電源落としたままだったわ…」


明日香の顔を見た義彦は心底安堵し、身重の妻を優しく抱き寄せた。


「え?え?義彦、どうしたの???」


「はあ…すまん、良かったよ。」


「もう、心配性なんだから…今日は貴方の好きなメニューよ、お腹すいたでしょう?」


「そうだな…あ、その前に風呂湧いてるか?明日早くて…」


「ええ、勿論よ…じゃあラップかけておくわね」


「すまん…あー良かった良かった…」


「もう…」


風呂場に向かう義彦。


―――この時、彼は背後にいる明日香が別人の様な表情で冷笑している事に気づかなかった。

次は6日に更新予定です。

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