第九十七話:断章
肌を刺すような感覚、重苦しくなる呼吸。ゼニウムは目の前に現れた赤い騎士に自身の本能が恐怖していることを感じ取った。窓から差し込む月明かりが赤く染まり、血の鎧がそれを反射する。
だが彼は自身に向けられている敵意すら忘れてしまうほど気がかりな言葉を聞いた。
「‥‥‥今、バルグレイグって」
「紅蓮の王権」
その時、視界が変わる。赤い騎士が一筋の閃光となり、自身の体を抉り取ろうとする光景が見えた。
視界が戻った瞬間、ゼニウムは迷うことなく体を横へと投げ出す。それと同時に、赤い閃光が彼の肩を掠めながら後方へと駆け抜ける。血が突風と共に巻き上がり意識すらも刈り取られそうになる。
速‥‥‥!?
考えるよりも先に体が動いた。後方へと振り返りながら全力を振り絞り剣を振るう。
「星焔天衝!」
受け継がれた記憶から読み取った剣技、当然実戦で扱ったことなどない不完全なものだが、普段彼が使う剣術では次の一撃を受け止めきれないことが見えていた。
金属同士がぶつかり甲高い音が響くと同時に、ゼニウムの剣は彼の手から離れ天井へと突き刺さる。
「っ‥‥‥!」
赤い剣線が彼の肉を絶とうとする。死が迫るにつれ、彼の目には先程まで目で追うことすらできなかった斬撃がより鮮明に映った。まるで時間の流れが遅くなっているかのような。
やばい! 死ぬ‥‥‥
刃が彼に触れる直前で止まる。ゼニウムの顔は今も目を見開いたまま微動だにしない。ジャスミナは彼から目を離し周りを見渡す。
世界から色が消えた。自身を除く全てが白と黒に染まっており、外から響いてきた悲鳴や喧騒が突如彼女の耳に届かなくなる。そして、彼女が直前に感じ取ったものは薄い魔力の波。
「この魔法は‥‥‥」
◇◇◇◇◇◇◇
「ん?」
アニスも同様に世界の異変に気づく。薄い魔力の波がこの帝都全体を包み込んだのを感じ取った。そして彼女はこの魔法を以前も体感したことがある。
聞こえるはずのない音が聞こえた。軽快な足音。先の戦いで更地となった場所、本来ならば生存者などいるはずのない場所から一人の女性がゆっくりと歩いてくる。白い豪華な衣装、顔は薄いベールで隠れているが、その溢れ出る膨大な魔力は隠れることを知らない。
アニスはこの女性のことをよく知っている。翼や角を隠そうと、魔力の質は変わらない。
「ハッ、飛んだサプライズだ。ケルセナの枢機卿が魔王とは、誰も想像すらしなかっただろう」
肩にかけていた漆黒の斧を両手で持ち直し臨戦態勢をとる。
「そう警戒しないでくれ。今更君と千年以上前の決着をつける気はないし、それに」
魔王は視線をアニスから建物の屋上へと移す。そこには魔王を見下すかのように一人の大賢者が佇んでいた。
「勇者一行のメンバーを二人同時に相手するほど、私は馬鹿じゃない」
まるで敵意が無いことを見せつけるかのように両手を軽く広げた。
「なら何故今になって姿を見せた? もう少し早くお前の生存が判明していれば大戦の準備も楽になったんだがな」
「勘違いしないでほしいな。同じ宿命を掲げていても私達は仲間じゃない。私の仲間は君達に殺されてしまったからね。今日はこの都市に来ている魔王達を迎えにきただけだよ。また君達に殺されるかも知れないからね」
魔王は一歩ずつ前へと前進する。
「‥‥‥お前が私を殺してくれれば、色々楽なんだが」
アニスの言葉に魔王は少し驚いた様子を見せるも足は止まらない。
「へぇ、やっぱりそうなんだ。でも残念ながら無理かな。もし私と君が初対面だったなら話は変わってきたけど」
そのまま何事もなくアニスの横を通り抜けて行った。そして互い視線が合うことはなかった。
「あ、一つ良いことを教えてあげるよ」
魔王の足が止まる。
「聖都の大結界、あれを維持してるのは私じゃないよ。あの都市の中心に何がいると思う?」
魔王は焦らすのを楽しむようにアニスの背を見つめる。アニスは特に反応を示さず、無言のまま背を向け続けていた。返答を待たずに魔王は言葉を口にする。
「龍王」
「「!」」
その言葉を聞いたアニスとミルトニアスはここで初めて反応を示す。龍王という称号は、最も力を持つ龍が授かるものだが、龍が前回の大戦で全滅していることは既に判明している。いるはずがないのだ。
「正確にはその死骸。でもあの龍は別の世界からきた存在だ。私が言いたいこと、わかるよね」
魔王が指を鳴らすと、再び世界に色と音が戻る。だがそれと入れ替わるように魔王の姿は消えていた。




