第九十六話: 生存者
屋敷の広く長い廊下、三つの影が力なく地面に倒れている。その輪郭は小刻みに震えているが、剣は力強く握られている。そして、それを見下ろす吸血鬼が一人。
「‥‥‥」
ジャスミナは動かなくなった三人を一目見回すと、双剣を鞘へと戻し歩み始める。勝敗が決したのは一目瞭然だった。彼女は本来の役目を果たすべくリリアのいる部屋と向かう。
倒れる影の横を通り過ぎようとした時、歩みが止まる。ジャスミナはゆっくりと自身の足元に目をやると、ゼニウムが彼女の足を掴んでいた。
「‥‥‥待てよ‥‥‥まだ‥‥‥終わって‥‥‥ない‥‥‥!」
ゼニウムの目にはまだ闘志が燃え上がっていた。鋭い視線で睨みつけるが、ジャスミナは彼のことを哀れにしか思えなかった。気怠そうに溜息を吐くと、握られた足でゼニウムの体を蹴り飛ばす。
「ガハッ!」
体が壁へと打ち付けられ、そのまま床へと落下する。そして再び歩き始める。一歩、そしてまた一歩とゼニウム達と遠ざかっている。
リリアのいる部屋の扉に手を掛けようとした瞬間、彼女の動きが止まった。廊下の窓から見える帝都、高層ビルが建ち並ぶ都市の外郭へと視線を向ける。遥か遠くから強大な魔力の波を彼女は感じ取った。
向こうはもう終わったんですか、タイミングが悪い。いや、私が無駄に時間をかけ過ぎたせいですね。そして、ミルトニアスさんの読みが正しければ‥‥‥
ジャスミナが振り返ると、そこには一つの人影が立っていた。先程蹴り飛ばされ満身創痍だったはずの男だ。呼吸は驚くほど静かで、体を伝う魔力の流れも波一つ立てていない。
「‥‥‥レイナの命は貴方にかかっていますよ。ゼニウム・アルヴェスト」
小さく呟くと、一瞬にして彼の懐へと飛び込む。魔力を纏った左拳がゼニウムの体を吹き飛ばす。突き当たりの壁が木っ端微塵に吹き飛び彼の姿が見えなくなる。ジャスミナは自身の拳に違和感を覚えた。確認すると手の甲に切り傷ができており、そこから血が滴り落ちる。
ジャスミナが拳を握りしめると滴り落ちる血が止まり、時間の流れが反転したかのように血が傷口へと戻っていく。彼女は鋭い視線で前方を睨みつける。
崩壊した壁からゼニウムが飛び出し、ジャスミナへと斬りかかる。彼女は腕に魔力を凝縮し攻撃を全て捌いていく。
ゼニウムは自身の体に何が起きているかが分からなかった。突如頭の中に入り込んできたのは他者の記憶。だが、脳裏に映し出されたそこ光景から誰の記憶かすぐに理解した。その人の意思や苦悩、そして優しさも。
体が軽い。見える世界が一変した。何故か全て分かる、最適解の体の動かし方、相手の息遣い、魔力の流れ‥‥‥いや、あれは少し先の未来? 剣を振るえば振るうほど、色々なものが鮮明になってくる。
<<ゼニウム・アルヴェスト>>
レベル:4211
ゼニウムの放った最後の攻撃が、ジャスミナを覆う高密度の魔力を突破し、彼女の腕を斬り飛ばした。彼はそのまま背後へと斬り抜け、一呼吸おき剣を構え直す。
ジャスミナは腕を斬り飛ばされても同様一つしなかった。まるで痛覚が存在していないような、その異様さにゼニウムは警戒心を隠せない。彼女は今も背中をゼニウムへと向けている。傷口から零れ落ちる血が、足元に赤い円を形成していく。
「‥‥‥私の血は人間にとって猛毒のはずなんですが、何故そこまで動けるのですか?」
「根性だ!」
ゼニウムが言い切ると、彼の体に悪寒が走る。ジャスミナの雰囲気が変わる。彼女の腕から溢れる血の量が勢いを増し、周囲に赤い霧が立ち込み始める。
目の前の吸血鬼がゆっくりと振り向き始める。先程までとは比べ物にならないほどの膨大な魔力が彼の体を押し潰そうとする。そして、彼女の顔が見えた時、ゼニウムは初めて自身が対峙している存在を知った。
彼女は狂気を孕んだ笑顔をしていた。
「‥‥‥そう、それでこそ人間です!!!」
吸血鬼は両腕を勢いよく広げる。飛散した血が彼女の頭上で蜘蛛の巣のように広がり、周囲の血の霧が集まっていく。血が密度を増し、彼女の体を包み込む。ゼニウムは吹き荒れる風に飛ばされないよう必死に体を支えることしかできなかった。
渦を巻くように形成された血の繭が離散する。その中から姿を現したのは、醜い獣でも無ければ美しい神でもない。
――赤い騎士だ。
重厚な鮮血の鎧が赤い光を発し、両手に握られた赤黒い双剣がまるで生きているかのように鼓動している。
<<ジャスミナ・ルーベリウス>>
レベル:8376
「バルグレイグ公爵直属、黄金の騎士団副団長、ジャスミナ・ルーベリウス、出撃する」
神話の騎士、ここに顕現する。
キャラクター紹介⑤
<<チタニス・スエティア>>
性別:男
種族:人間
誕生日:7/14
身長:178cm
体重:59kg
称号:なし
スキル:なし
好きなもの:努力、人助け
嫌いなもの:なし
ーーーーーーー
リーダー素質のある黒髪のイケメン。学園ではゼニウム達のクラスの学級委員長を務めており、槍術を得意としている。オルドニア王国出身であり、両親は多少の宗教色があるが、本人は熱心な信者ではない。本質は臆病。




