第九十五話:孤独
継承せし魂の刻印、ストケシアはこのスキルによって千年以上前の継承者達の知識や経験、記憶を断片的に受け継いできた。
ふと、ストケシアの脳裏に自身が刻んできた人生の軌跡が浮かび上がる。
物心ついた頃から不思議な夢を見るようになった。それは七名の人物の愉快な旅路だった。女性の剣士、寡黙な魔術師、慈悲深い聖女、豪快なドワーフ、銀髪の射手、双剣の獣人、そして自身の視点となっていた人物は勇者と呼ばれているのを聞いた。それは寝る前によく聞かされた御伽噺の内容とは全く異なるものだった。
五歳頃から剣を振るった。専属の騎士とひたすらに稽古を積んだ。剣を振るう度に見える世界が変わっていくように感じた。稽古を始めてたった一年でその騎士を打ち負かした。
年が十を超える頃には当時騎士長であったヴォルカニス公爵にすら勝利を収めることができた。彼らの使用する剣技は夢の中に現れる剣士達が使用するものとはまるで異なっていた。
そしてこれがただの夢ではないと気づいた時、悪夢を見るようになった。天から降り注ぐ神々しくも恐ろしい無数の光の槍が人々を貫く光景を。天へと駆け昇る勇者や黄金の騎士、龍達の死に様を。
我々には時間がない。
「パパ! 明日ね! 俺の誕生日だよ!」
「悪いが祝っている時間はない。帝都で騎士団の合同訓練がある」
あれが黄金の騎士団? あまりにもレベルが低すぎる‥‥‥!
「お父さん。俺に剣を教えてよ」
「必要ない。お前は騎士ではなく貴族として生きろ。私が死んだ時この家の跡継ぎが必要だ」
この時期にラグゼント王国と戦争? 無能な貴族どもが‥‥‥!
疲れた‥‥‥
ストケシアはベッドから体を起き上がらせる。額から滲み出る汗を拭い取ると周りを見渡す。彼の視界に映っているのは自身の個室だった。側に置かれた小机の上では目覚まし用のアラームが音を奏でている。
「急がねば‥‥‥」
正装に着替え、壁に立てかけられていた剣を腰へと下げる。
部屋を出るとすぐに横から声がかかる。
「おはよう親父! 今日も良い朝だな! ‥‥‥って言えるような顔じゃないな、また変な夢でも見たのか?」
一人の騎士が壁へ寄っ掛かりながら片手を軽く上げている。
「‥‥‥まだ居たのか。既にナグルヴェイン峡谷へ向かっていると思っていたが、今更ラグゼントに恐れをなして尻込みしているのではないだろうな」
「おいおい、勘弁してくれよ。俺は親父に勝手に付いてってラグゼント王国との戦争に参加してたんだぜ。グラディオーク公爵の戦艦が真っ二つになった光景だって間近で見たんだ。それに今回はただの哨戒任務だよ」
「‥‥‥なら何故ここにいる?」
ストケシアが尋ねると騎士は少し緊張しつつも照れ臭そうに答える。
「えーっと‥‥‥ゴホン! 実は以前からお伝えしていた女性と正式にお付き合いさせていただ抱くことになりまして‥‥‥」
チラチラと表情を伺う騎士をストケシアは睨みつける。それに臆した騎士はやけになって自分の言い分を口から吐き出す。
「仕方ねぇだろ!? 親父はずっと反対してるけどよ、俺ももう良い歳なんだ! これを逃したら次はもうないんだよ!」
「何故今なんだ‥‥‥」
「いや〜時間がある時に言うとめっちゃ怒られそうだし‥‥‥今なら任務を理由にこの場から撤退できる」
「はぁ‥‥‥」
ストケシアは大きく溜息を吐く。その溜息に騎士の体が一瞬跳ねる。
「じゃ、じゃあ俺はこの辺で! 親父もあんま夢に呑まれ過ぎんなよ!」
と言うと、騎士は逃げるようにその場を後にした。
「‥‥‥愚か者が。大戦を前に守るべきものを増やしてどうする」
あれは夢なのではなくこの世界の歴史だ。迫り来る神々の軍勢に打ち勝たなければ、この世界に未来はない。だが、今のこの国はあまりにも脆弱だ。
‥‥‥にしても、子供の成長とは早いものだ。
それから十年ほどが経ち、息子が死んだ。ラグゼント王国との小競り合いで致命傷を負い、そのまま命を落としたそうだ。手元に届いた息子の形見は何もない。
悲しくはない。戦場に身を置く者、死ぬ時は一瞬だ。どれほど時間を長く共にしようとも、訃報に差は生まれない。だが、失って初めて芽生える感情もある。
もう少しだけ、父親としてたった一人の息子に何かしてやれなかっただろうか。
ならばせめて、息子が残したものを守ろうと思った。あいつの妻とその息子、正確には孫というべきか。帝都は危険だ。どこか田舎へと疎開させよう。国境都市ローデン、悪くない。多少強引だがそこまで気を使ってやれる暇ない。
一年前、テルグラス焦土でキブシルが戦死した。ゼルファリス連邦国の惰性の十翼に殺されたと連絡が入った。彼の死に関心などなかった。騎士一人の死体を、二年後に迫る大戦で積み上がる屍の山に加えたところで何も変わらない。
だが一つだけ意識に引っかかることがあった。
その時の報告書に記載されていた惰性の十翼の名前。
そして今、確信した。この世界にはまだ、希望がある。
彼の意識はここで消えた。
「面白いものを見せて貰ったよ、ストケシア・アルヴェスト。この時代の騎士は、完全に腐りきっていたわけではないようだ」
アニスはただ真っ直ぐと都市だった場所を見つめている。建ち並んでいたビル群は跡形もなく消失した。建物の残骸すら残っておらず、あるのは扇型に広がる平らな地面だけ、アニスの前方に広がる全てが空間ごと抉り取られた。




