第九十四話:勇者
ビルが倒壊し、他のビルを巻き込み連鎖していく。内側からは赤い炎が上がり、まだその建物が生きているかの様な錯覚さえ覚えた。轟音が響こうともアニスとストケシアは一切動じない。ストケシアの握る銀色の刃に赤い色が反射し揺らめいている。アニスの漆黒の斧は何も映さず深淵が広がっている。
‥‥‥情報と一致する。キブシルを殺した惰性の十翼か。想像以上の魔力量だな。
ストケシアは剣を構え瞬き一つしない。目の前の女性は一瞬の瞬きさえ命取りになるほどの実力者だと彼は感じ取っていた。
一方、アニスも目の前の老騎士に対して思考を巡らせていた。
‥‥‥人間か。この時代の騎士など高が知れているが、どこか懐かしい感覚がする。
アニスは巨大な斧を軽々と回して見せ、ストケシアへと向ける。
キブシルの時とは異なり、この二人の間にあれ以上の会話はなかった。静寂の間を冷たい風が吹き抜けたかと思うと、互いにゆっくりと歩み始める。一歩、また一歩と互いの距離が縮まっていく。そして、共鳴する様に少しずつ速度が上がっていき、同時に地面を蹴り出した。
互いの武器が衝突し火花を散らす。その衝撃で周囲の建物のガラスが砕け散り、無数の破片が炎の光を反射し幻想的な輝きを見せる。鍔迫り合いが生じるが両者一歩も引かない。刃が同時に離れるがそのまま二波、三波と連撃を続ける。素人どころか熟練の騎士でさえその刃の軌跡を見ることは叶わない、二人の姿さえ残像に見えるほどの圧倒的な速度。
一瞬の間を置き放たれた攻撃が衝撃を生み両者の距離が大きく広がるが、間髪入れず再び斬りかかる。
「星焔天衝」
ストケシアの剣の周囲から光が失われ、出来上がった暗闇の中で刃が赤く淡い光を放つ。その剣の軌跡はまるで天へと駆け昇る流星の様だった。アニスはその光景に構わず斧を振り抜く。
赤い閃光が弾け、二つの影は互いにすり抜けた。沈黙だけがこの場に残る。
ストケシアの左脇腹が赤く染まり始め、彼は自身の剣を見つめる。衝撃による反動が自身の掌を伝い腕全体へと広がる。
見切られた? いや、これを知っている?
ストケシアが振り向くと同時にアニスも同様の動きをする。斧を肩へと担ぎ、その笑顔が崩れることはなかった。
「随分と古い剣技を使うな。本当にこの時代の人間か?」
「‥‥‥」
返答はない。老騎士は腹の傷など気にも留めず切先をこちらへと向けている。その気迫に一切の揺るぎはなかった。
「‥‥‥まあいいさ、続きをしよう」
アニスは地面を蹴り飛ばす。瓦礫が飛び散りクレーターができる。先程とは比較にならないほどの速度で目の前の老騎士へと斬りかかる。ストケシアは咄嗟に防御姿勢に入るが、そのまま空へと吹き飛ばされる。建物の屋上へと着地するが、顔を上げると既にアニスは数歩先に立っていた。光の刃が弧を描き、周りのビル群を巻き込んでいく。ストケシアは身を屈め回避するが、衝撃で足元の建物が崩壊する。
ストケシアは別の建物へと飛び移り、屋上を伝い走り出す。二つの影が道路を挟み建物の上を高速で移動する。アニスの斧から放たれる斬撃が足元の建物を倒壊させ砂埃が視界を埋め尽くす。彼の姿が消えると同時に気配も魔力も消失した。
アニスは視界の悪い半壊した建物の中へと足を踏み入れる。点滅する蛍光灯の光以外は灰色一色に染まっていた。足元の瓦礫がアニスのバランスを崩そうとした時、彼女の死角から刃が襲いかかる。銀色の刃が彼女の首に触れようとした瞬間それが止まる。アニスは見向きもせず自身の斧で背後から迫り来るストケシアの剣を受け止めた。
「‥‥‥!」
アニスは剣を受け止めたまま左手に魔力を凝縮させ老騎士へと殴りかかる。ストケシアは咄嗟に剣の刃を拳の軌道上に合わせたが、彼女の骨を斬ることはできなかった。意識が置いていかれるほどの衝撃が彼を吹き飛ばす。そのままいくつもの建物を巻き込み、二百メートル程離れたところで建物の壁が彼を受け止めた。
「ゴハッ‥‥‥!」
口から吐き出された血が彼の鎧を赤く染める。足音が彼の作った穴の奥から聞こえてくる。
「あれにも反応できるのか。感がいいのか、それとも‥‥‥あー、そういうことか」
アニスの四本の指から血が滴り落ちる。自身の指が動くことを確認すると座り込む老騎士へと視線を向ける。
「勇者のスキルか、この時代の人間がここまで動ける理由にはこれ以上ない。代々受け継がれて来た記憶や経験がお前をここまで成長させた、ということだろう? だが、まさかここまで呼び起こせるとは思っていなかったよ」
ストケシアは建物の影の中に座り込んでいるが、彼の目は今もなお敗北していない。彼は一つの違和感を覚えていた。
「‥‥‥何故斧を使う?」
その言葉にアニスの表情が初めて変化する。
「一度刃を交えれば分かる。お前の太刀筋は剣士そのものだ」
アニスは軽く口から息を吐いた。過去に想いを馳せ、その視線は宙を見つめていた。だがすぐに目の前の老騎士へと戻される。
「‥‥‥」
返答はなかった。ストケシアはそれが先程の自分に対する仕返しの様に感じた。彼は剣を地面へと突き刺し腰を持ち上げる。姿勢を正し、真っ直ぐ刃を向ける。
「‥‥‥ストケシア・アルヴェストだ」
「アニスだ。面白いものを見せてくれた礼さ、冥土の土産にでも持っていくといい」
名を聞いた瞬間、自身が生まれる前、遥か昔の記憶がストケシアの魂へと刻まれた。
「アニス‥‥‥? フフッ‥‥‥ハッハッハッハッ! なるほど、これは良い土産話ができた」
ストケシアは自身でも驚くほど、それも数十年ぶりの笑いが溢れ出たように感じた。
アニスとストケシアは刃を向け合う。これが最後の一撃になると互いに理解していた。
最低週一投稿になりますm(_ _)m




