第九十三話:内情
城の壁が吹き飛ぶ。白く美しかった床や柱は赤く染まり、怒号や悲鳴が木霊する。騎士団が溢れ出る異形の群れを迎え撃つ。盾を持った騎士が複数人で魔物を食い止め、後方の射手や魔術師がそれを仕留める。
「弓術・烈風矢」
ロベリアの放った矢は騎士達の極僅かな隙間を通過し、穴から這い上がってくる魔物を射抜く。その魔物は他の魔物を巻き込む様に穴の中へと落下していく。彼女に続き、他の騎士長達も遅れることなく魔物を殲滅していく。一体一体は彼女らにとって脅威では無い。脅威となる真の怪物達の注意は第三者へと向けられていた。
複数の魔物が空間の狭間から現れた二名の乱入者へと狂った様に飛びかかる。一方の女性は無表情のままそっと腕を伸ばす。魔物達に人差し指を向け、まるで花びらに優しく触れるかの様にそのまま指の先を地面へと向ける。その指に連動し、飛びかかった魔物達は床へとめり込む。原型は残らず、肉塊と血の池だけがそこにあった。
フェンネリーネは出来上がった肉と血のカーペットの上を何の躊躇いもなく歩む。彼女が進むたびに付近の魔物が肉塊へと成り果てていった。そして、その赤いカーペットの先で待つのは二名の魔王。
サルガッソスは迫り来る大賢者の娘を警戒する。自身の全盛期かそれ以上の実力を持つ真の怪物を前に撤退という選択肢が頭の中を過る。彼はグラジオンに目を向けるが、イシュガルの魔王に撤退の二文字は無い様子だった。普段の彼ならばこの圧倒的な実力差を前に無謀なことはしない、だがそうならない理由は神々に執行者の洗脳による影響だと理解している。
ラントゥールはフェンネリーネの後に続く。
「殺すなよ。仮にも魔王だ、魂の還元による脅威は計り知れない」
「‥‥‥善処しよう」
あまり良い反応では無いフェンネリーネの様子にラントゥールは小さく溜息を吐く。
その時、ラントゥールの耳に何かが空を切る音が聞こえた。そして、その音が凄まじい速度で接近してくる。一本の矢が彼の頭部目掛けて飛んでくるが、彼は容易くそれを掴み取る。手に握った矢を捨て飛んできた方向を睨みつける。すると今度は複数の矢が様々軌道を描き降り注ぐが、片手で全て叩き落とす。
乱戦の中から人影が飛び出す。
ロベリアは怒りに満ちていた。目の前にいるのはゼルファリス連邦国の惰性の十翼、キブシルを殺した惰性の十翼だ。ロベリアはテルグラス焦土で自身の弱さを痛感し、一つの目的の為に己を全てを捨てる覚悟でこれまで研鑽を積んできた。この二名はキブシルを殺した当人では無いが、彼女にとってはどうでもいいことだ。これは復讐では無く、弱い自分自身からの脱却だ。
「弓術・貫穿の矢!」
神速の矢がラントゥールに目掛けて放たれるが、彼は首を傾けそれを回避する。
「‥‥‥面倒だな」
「私は一人で構わない」
ラントゥールの内情を察し、フェンネリーネは後押しをする。彼女の言葉を合図に、ラントゥールは魔王からロベリアへと敵意を向けた。
◇◇◇◇◇◇◇
帝都の外郭に存在する高層ビル群、根の様に広がる高速道路、夜に輝く電子掲示板。それらが崩れ、倒れ、点滅する。瓦礫の山が道路を塞ぎ、炎が人々を包み込む。
爆発音と共に一つの建物が崩壊する。立ち上る煙の中から何かが飛び出した。十メートルを超える巨体、背中に搭載されたエンジンから青い炎が吹き出し空を舞う。右手の大剣は炎を帯び夜空を赤く照らす。守護者は空中で旋回し、建物の屋上に立つ一人の老騎士目掛けて突っ込む。
だがその赤い流星は両断され、それぞれが建物を避ける様に墜落し爆発する。老騎士は建物の屋上から飛び降り、その下にいるもう一体の守護者を両断する。
建物の下には黄金の甲冑を身に纏った騎士達がいた。その内の一人が老騎士へと駆け寄る。
「アルヴェスト伯爵! 北東部に展開していた守護者の全滅を確認致しました!」
ストケシア・アルヴェスト、現代の黄金の騎士団団長は中心街の方向を眺める。三つの異なる魔力がぶつかり合うのをその肌に感じていた。
その時、ストケシアの背筋に大きな波が立った。大地を揺るがすほどの殺意が遠方から押し寄せてくる。
ストケシアは咄嗟に身を屈める。何かが自身の頭上を通り抜け、遅れて来た暴風が瓦礫を巻き上げる。四方八方の建物と騎士達の断面が露わになる。悲鳴はなく、斬り上がった建物が地面と衝突し轟音が響いた。
道路の先から一人の女性が真っ直ぐ歩いてくる。黒い軍服の様な服と帽子に金色の髪が一層目立つ。巨大な漆黒の斧を軽々と肩に掛け、その視線は老騎士へと向けられている。
「面白いものが見れると聞いて来たんだが、お前がそうか?」
アニスは興味深そうに目を細める。
「‥‥‥判断するのは貴様だ。私も期待に応えられる様努力はしよう」
ストケシアはアニスへとその刃を向ける。




