第九十二話:未来
空間が割れ、本来の景色が剥がれ落ちる。形成された菱形の狭間からそれは現れる。レイナ・ナガシマに差し向けられた二名の処刑人が庭へと足を踏み入れる。
一人は大柄の男だ。身長は三メートル弱ほどで威厳を示すかの様な立派な髭を生やしている。巨大な両刃の斧を肩に掛け、露出している肉体からは力の根源を感じることができる。それに比べればもう一人の男は若く見えた。目立った得物もなく両手をポケットに入れ、レイナを見下す様に顎を上げているが、その目には一切油断がなかった。
「‥‥‥てっきり知り合いが来ると思ってたよ。今になって罪悪感でも芽生えたのかな」
レイナは右手で剣を構え、もう片方の手で杖を握る。この二名との面識はないが、差し向けられた以上自身を確実に殺せる実力者であることに違いはない。
若そうな男はポケットから片手を出し気怠そうに頭を掻き始める。
「そうかもな、お陰様でこっちは一番面倒な仕事を押し付けられたよ」
惰性の十翼・第五席次
<<クロヴィス・ランサード>>
レベル:???
大柄の男はその巨体に見合った大きな巻きタバコを取り出し口元へと運ぶ。
「無駄話をするつもりは無い、さっさと始めるぞ」
惰性の十翼・第四席次
<<オリヴァード・ノクタリス>>
レベル:???
「せっかちだね。会話の余地すら無いっわけか」
会話の余地がないことはレイナにとっても分かりきっていたことだ。それに加えて相手の事情は痛いほどに理解している。ここで素直に殺されることも一つの手として考えていた。
「それほどあんたの実力を認めてるってことだ」
「遺言なら聞くが」
だが、彼女には叶えたい願いができた。
「‥‥‥アポカリプスヴォイド」
「「!?」」
それに一切の予備動作は無かった。空間が捩れ、渦を巻き、凝縮される。光すら逃れられない渦の中央から一滴の真っ黒い雫が三名の中心に零れ落ちる。地面に触れた瞬間世界から音が消えたかと思うと、黒い雫から強烈な光が漏れ出し辺り一帯を白く染める。衝撃ともに轟音が鳴り響き全てを飲み込む。無詠唱で放たれた災害魔法。
巻き起こる風が建物のガラスを粉砕し、庭に巨大なクレーターが形成された。
「‥‥‥」
レイナは巻き上がる土煙の中を見つめる。仮に全力で撃てば小さな都市なら一撃で消滅するだろう。だがゼニウム達が近くにいる以上巻き込む恐れがあり、それに加えて威力を上げるとなると魔力を凝縮する時間が更にかかり奇襲が成立しなくなる。帝都の一般市民を魔法で寄せ付けなかったのもこれが理由だ。
煙の中から二つの影が飛び出す。オリヴァードはその体格に見合わぬ速度で距離を詰め大斧を振るう。
「斧術・断嶽!」
レイナは剣で受け流すが、想像以上の速度と重さで体制が揺らぐ。爆風が瓦礫を空高くへと吹き飛ばす。
「ヴォルトレイジ」
クロヴィスの掌から超孤高電圧の稲妻が波の様に押し寄せる。レイナは地面を蹴り上げ体を空中へ飛ばす。迸る稲妻が彼女の服を掠めその部分が一瞬で塵となり消滅する。
追撃の手を休めず、オリヴァードはレイナの頭上を取り叩き落とす。間一髪防ぐが勢いを殺せずそのまま地面に叩きつけられる。
「くっ‥‥‥ガイアフォール!」
レイナは体制を立て直すため広範囲の魔法を放つ。大地がひっくり返り全てを飲み込もうとする。
「斧術・鬼哭!」
斧が半月を描き、津波の様に押し寄せる大地が割れ、二人を避ける様に両脇を流れていく。
「はぁ‥‥‥はぁ‥‥‥流石に二人はきついか‥‥‥!」
レイナの足元が赤く染まり、地面が沸騰し始める。周囲の温度が上昇し、噴き出した炎の柱が集まり龍の形を成していく。それはまるで生きているかの様に蠢き獲物を睨みつけている。
帝都全体に張り巡らされている結界が逃走を阻み、勝率も極僅かだ。
「でも、私は平和な世界で、また生徒達と皆んなで集まれる日が来るのを願ってる。その日が来るまで、死ぬつもりは無いんでね!」
荒れ狂う炎が辺り一帯を包み込んだ。




