第九十一話:決闘
リリアのいる部屋とゼニウム達の間に一人の吸血鬼が立っている。長い通路を吹き抜ける風が異様に冷たく、吸血鬼の赤い眼光が薄暗い空間で不気味に光を灯している。
ゼニウムとニグラスはすぐさま腰から剣を抜き、ルビリスは杖を構える。白い髪と肌、赤い目、それらの特徴に当てはまる種族は一つしかいない。
「イシュガルがここで何して‥‥‥!」
三人の間に緊張が走る。肌を刺す様な感覚、圧倒的な魔力量、只者でないことは明らかだった。ゼニウムは他二人よりも一段と気を引き締めた。何故なら彼の持つ天啓の瞳にほとんど何も映らなかったからだ。
「あの扉の奥にいる子を迎えに来ました。貴方達は‥‥‥あの子の友人ですか」
イシュガルの女性から殺意は全く感じられない。非常に安定した喋り方でこちらの緊張が少し削がれそうになる。
その時、轟音と共に窓の外から凄まじい光が廊下へと差し込む。辺り一帯の景色が白一色に染まり、吹き付ける風により窓ガラスが砕け散る音が聞こえた。三人は咄嗟に姿勢を低くし腕で顔を覆い隠した。空間全体が振動し方向感覚が消失する。
揺れが収まり彼らはゆっくりと目を開ける。
「何が‥‥‥」
「始まりましたか」
イシュガルの女性は先程と何も変わらずそこに立っている。割れた窓の外では帝都の外郭が今も赤く染まっている。
ゼニウム達は立ち上がり武器を構え直す。
「リリアを迎えに来たって‥‥‥どういう意味‥‥‥?」
ルビリスは先程の衝撃の影響で手足が震えている。イシュガルの女性はルビリスの質問の返答に一瞬の間を置いた。視線が後方の扉へと移ったがすぐに元に戻った。
「あの子のスキルを回収しに来ただけです」
迎えではなく回収とわざわざ言い直した、そこに疑問を覚えるが、リリアを物のように扱うその言動が会話の終わりを宣告した。
「悪りぃが、吸血鬼にリリアを渡すつもりは毛頭ねぇんでな」
ニグラスの言葉にゼニウムとルビリスも覚悟を決める。
「行くぞ!」
ゼニウムとニグラスは剣に魔力を込め駆け出す。イシュガルの女性は双剣に手を掛けるどころか何もしない。
「剣術・月華一閃!」
ゼニウムは剣を横に大きく振るう。研鑽を積んできたことにより、一年前のものに比べると遥かに速度が上がっていた。しかし触れる直前、稲妻の様なものが迸る。
「な‥‥‥!?」
イシュガルの女性はゼニウムの剣技を前腕で最も容易く受け止める。よく見てみると、刃と腕は触れておらず僅かな空間ができていた。高密度の魔力が自然の防壁として機能しているのだ。
それを瞬時に理解したニグラスは剣に込めた魔力を消し、そのままの状態で斬りかかる。だが軽く躱され刃が空を斬る。女性はそのまま一歩後方へと飛び下がる。
「あまり傷つけたくはありませんが‥‥‥」
そう言うと親指の爪を自身の人差し指に立てる。流れ出る血が赤い短剣を形成する。
「ルミナ!」
ルビリスの杖が光り輝き女性の視界を遮る。ルビリスを背にしていた二人は正面から同時に攻撃を仕掛ける。だが、二人の視界に女性の姿は無かった。その時、僅かに手首に痛みを覚えた。紙で切ったかのような小さな切り傷が出来ていた。
突如、二人の手足の力が抜け、そのまま床に膝をつく。
「消え‥‥‥た‥‥‥!?」
ルビリスの目の前に女性が立っていた。突然の出現にルビリスは尻餅をつく。
「うわぁぁあ!? ちょ、ちょちょちょ、ちょっとタイム! ストーップ!!!」
抵抗虚しく、血の短剣の先端で腕をチクっと刺される。すると同様に力が抜け、その場で仰向けになる。
この建物の近くでは度々轟音が響きたり、建物全体が振動している。
「向こうはもう少しかかりそうですね」
短剣が元に血の液体へと戻り、傷口へと吸い込まれていく。女性はそのままリリアのいる部屋へと歩みを進める。
「待てよ‥‥‥!」
ゼニウムとニグラスは足に力を振り絞り立ち上がる。
「まだ動けるんですか」
今度は二人が扉の前に立ちはだかる。
「お前らは‥‥‥一体何がしたいんだよ‥‥‥! 帝都をめちゃくちゃにして‥‥‥大勢殺して‥‥‥! その次はリリアかよ‥‥‥!」
ゼニウムはこの不条理な現実に怒りを感じていた。平和な日常が一瞬に崩れていく感覚、大切な人を失う感覚、そして自身の弱さに嫌気がさす。
「レイナ・ナガシマの殺害、それが我々に課された最重要任務です」
表情や声色は何も変わらない。だが、ゼニウムの目にはこの女性の表情が少し悲しみを帯びている様に見えた。
「レイナ先生は‥‥‥執行者なんかじゃ‥‥‥ないよ!」
ルビリスは体を必死に起こそうとしながら叫ぶ。
「断定できる手段がない今、少しでも可能性がある限り生かすことはできません。その可能性に多くの命がかかっていますから」
「いきなり殺すんじゃなくて‥‥‥話し合いの機会とか‥‥‥他にも方法が‥‥‥!」
「その一回のチャンスで我々を欺けるほどに彼女は強い。残念ですが‥‥‥」
女性は二人との距離をゆっくりと縮める。
「そうかよ、だがこっちも譲れねぇもんがあんだ」
「命を賭けてでも守りたいものがある」
二人は再び剣を構える。
「‥‥‥そこまでする理由は何ですか、リリアの友人だからですか?」
今は違う。
「「騎士としてだ!」」
姿勢を低くし、真っ直ぐ前を向く。
「行けるか」
「もちろん」
二人の様子に女性は初めて笑みをこぼす。
「良い信頼関係ですね」
女性は腰に掛けている双剣をゆっくりと抜く。銀色の刃が月の光に反射し煌めく。
「騎士として、貴方方も騎士を名乗る以上、リリアの友人といえど命の保証はしませんよ」
「あいにく、自分の命を相手に委ねる趣味は無いんでね」




