第九十話:思惑
ゼニウム、ルビリス、ニグラスの三人は中心街へと駆け込む。道の殆どが大勢の人々によって埋め尽くされ、熱気が籠る。騎士団が次から次へと避難してくる人々を地下の避難シェルターへと誘導していく。担架で運ばれてくる者、家族の名前を叫ぶ者も少なくない。都市の外郭とは異なり炎は一切上がっておらず、風によって運ばれてくる灰が建物の壁を少し汚す程度だった。
三人は人々の隙間を通り抜け、レイナの家へと向かう。奇妙なことに、彼女の家へ近づけば近づくほど人の数が減っていく。建物の外壁の階段を駆け上がり、ふと横を見ると、赤く染まる帝都のビル群が目に入る。まだ夜中だというのに夜明けのように明るい。
見慣れた家が見えてきた。その時にはもう避難民とすれ違うことは無かった。鉄の門を開け、大きな庭に出ると一つの小さな影が帝都の悲惨な風景を眺めていた。
「レイナ先生!」
その言葉に彼女は振り返る。
「皆んな来たね」
普段とは異なりその声色は鋭さを増していた。三人は事態の深刻さをより一層理解した。レイナはゼニウム達へ質問の機会を与えず、全て準備していたかのように淡々と話し出す。
「敵は惰性の十翼、恐らく狙いは私」
惰性の十翼という言葉を聞いた瞬間、三人はテルグラス焦土での悲劇を思い起こす。様々な疑問や可能性が頭の中で錯綜する。
「それから一応共有しておくけど、執行者が来てる。ピンを刺したから場所は分かるけど結界のせいで都市の外に転移できない」
「なんで先生が狙われてるの!?」
ルビリスが隙をつきレイナに疑問を投げかける。焦り、動揺、不安、様々な感情がルビリスの動作から読み取れる。
「私を執行者と思っているらしいね。向こうからしたら不安の芽は積んでおきたいんだよ」
レイナは半ば諦めかけたように小さく溜息を吐く。
「先生はあんな悪い奴らじゃないよ! どうにか疑いを晴らせないの!?」
レイナはルビリスの言葉を聞き終えるとゼニウムの目を見つめ出す。ゼニウムがその視線に疑問を抱くとレイナはすぐに視線を逸らす。
「残念だけど、無理かな」
一瞬の沈黙を確認すると、再び最初の緊迫したような口調に戻る。三人の顔を見渡し皆んなの手を自身の手元に手繰り寄せる。
「皆んなにお願いがある、リリアちゃんに会ってあげて。そして、あの子が抱えてきた想いを受け止めてあげて欲しい!」
テルグラス焦土での戦い以降、一年以上リリアとは一度も会うことの出来なかった。会えなかった理由は分からない、だが彼女が大切な仲間であることに変わりはないのだ。再び四人で集まれることを願っていた三人にとってこの願いを拒否する理由は無い。
「もちろんです!」
「やったー! リリアに会えるー!」
「会ったら色々言ってやんねぇとな」
レイナは三人の笑顔を見て安堵する。たった一年程度はこの四人の信頼関係にヒビすら入らないのだ。
その時、レイナの背後からガラスが砕け散るような音が響く。同時に空間が二箇所、歪な菱形のように割れ、本来の景色が剥がれていく。そして、出現した世界の狭間から二人の人物が姿を現す。
「行って!!!」
レイナの声と共にゼニウム達三人は巨大な屋敷の中へと駆け出した。
◇◇◇◇◇◇◇
屋敷の中は小さな城と言われても遜色ないほどに広く、眼前には宮殿階段が出現する。三人は何も言わずそのまま階段を駆け上る。リリアのいる場所をレイナから聞いたわけではない、だが三人には分かるのだ。
長い廊下を突き進み、突き当たりを曲がる。すると前方に人影があった。
「リリア‥‥‥っ!?」
ゼニウムは口から溢れ出した言葉を押し留める。後ろ姿だけでもそれがリリアではないということは一目瞭然だった。その声に目の前の女性振り返る。白い髪に赤い目、腰には銀色に輝く双剣を携えている。
「リリアの友人達ですか‥‥‥」
◇◇◇◇◇◇◇
城内の大広間では甲冑の音が響き渡っていた。騎士長を始めとする多くの精鋭騎士達が皇帝を守護しているのだ。
ロベリアは柱の隅で鏃を研いでいる。そこに雑念は一切なく、敵を射抜くことだけを考えている。彼女の側に一人の騎士が近づいてきた。
「ロベリア騎士長、お元気そうで何よりです」
「‥‥‥元気に見えますか、ドランザール騎士長」
ロベリアは横目で彼の顔を確認するが、すぐに手元へと戻す。ドランザールはその様子にやれやれといった感じで息を吐き、彼女を見下ろす。
「ナグルヴェイン峡谷での活躍は帝都にまで届いていますよ。これを元気以外の何だと言うんですか」
「‥‥‥」
その時、地響きと共に大広間の床が陥没する。複数の騎士が巨大な穴の中へと落下し、悲鳴が暗闇へと飲み込まれる。ロベリアはすぐに立ち上がり弓を引いた。周りの騎士達も臨戦態勢を取り、周囲の緊張が一瞬の静寂を生んだ。
穴の中から音が聞こえてくる。神経を逆撫でするような不快な音だ。それが徐々に穴の外へと這い上がってくる。姿を現した不浄の怪物達が血を求め一斉に金切声を上げる。
「魔物!? 何故ここに‥‥‥っ!」
これらの異形を前に動揺しない者は殆どいないだろう。だが騎士達の注意は異形には向いていなかった。
真に本能が警鐘を鳴らしている相手は、血に飢えた怪物達の先頭に佇む二人の魔王だった。
イシュガルの魔王は、周りの人間達をまるで羽虫を目にしているかの様に見回すと左手を軽く上げる。
「殲滅だ」
怪物達に殺戮の合図を出そうとした瞬間、空間にヒビが入る。ガラスが砕け散るかの様に景色が剥がれ落ち、二つの菱形の穴が形成される。黒く染まったその奥から二人の人物が城内へと足を踏み入れる。
「‥‥‥想定していたものと少し状況異なる様だが」
惰性の十翼・第三席次
<<ラントゥール・ドラヴァルド>>
レベル:???
漆黒の軍服を身に纏った獣人は自身の一歩前に立つ女性に視線を向ける。黒を基調としたドレス、それにより美しい白銀の髪が輝きを増し、まるで龍の様な黒く捩れた角がより一層異色を放つ。
「我々は与えられた任務を遂行するだけだ、全ては大義のため」
惰性の十翼・第二席次
<<フェンネリーネ・エヴァンシール>>
レベル:???
称号:龍王




