第八十九話:旧友
燃え盛る都市の中を三つの影が駆け抜ける。
「はぁはぁ‥‥‥! 何が起きてんだよ!」
ゼニウム、ニグラス、ルビリスの三人は、昨日までの美しい街並みが一瞬で炎に包まれ、灰により黒く染まったその変容に動揺を隠せなかった。人々の穏やかな会話が悲鳴と怒号に変わり、大通りには真っ黒になった何かが転がっており、瓦礫の下からは赤い液体が漏れ出している。
「っ‥‥‥!」
足を止めず、ひたすらに走り続ける。
「通信機も繋がらねぇ‥‥‥!」
「中心街の方はまだ火の手が上がってないよ!」
火の手が上がっている場所は都市の外郭だけであるということは、騎士団は中心街で敵を食い止めている可能性が高い。今ここで取れる最善の行動は、非難の遅れた人々を誘導しつつ中心街で体制を立て直すことだ。
「レイナ先生の家に向かおう! あの場所なら帝都一帯を見渡せるし、本人もいるかもしれない!」
ゼニウムの言葉に従い、三人は中心街へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇
城の地下、石造りの壁にヒビが入ったかと思うと崩壊し瓦礫が吹き飛ぶ。形成された穴の中から醜い生き物達が溢れ出す。その姿はどれも形容し難く、強いて言うならば人間から最も離れた姿である。溢れ出る血が周囲を腐らせ不浄の煙が上がる。
血でできたカーペットの上に一体の吸血鬼の姿があった。周りの怪物達とは異なり触手や角もなく、人間と同じ姿をしている。
「ここが、この国の中心。太古の魔王達ですら辿り着くことの出来なかった終着点」
イシュガルの魔王は高揚感を感じていた。断章の魔王を始めとする数多の魔王が軍勢を率いてなお到達出来なかった場所、そこに足を踏み入れることが出来たのだ。
そして、彼の宿願は人間の国であるヴァルムント帝国への勝利。言い換えれば、皇帝の殺害である。
「ルーベリウスよ」
イシュガルの魔王は声の方へと向き直る。
「サルガッソス大公‥‥‥」
グラジオン・ルーベリウスはサルガッソスの普段とは異なる雰囲気に一瞬の怯みを見せるが、雑念を消し堂々と前に立つ。
「先程神々の執行者と遭遇した。お前を誑かしたのも奴だろう。目を覚ませルーベリウス、貴様の魔王としての野心と行動力は評価している。だが、かつての栄光を夢見るな。我々は負けたのだ」
サルガッソスは目の前の若き魔王を睨みつける。だが彼は退かない。
「我々がいる以上、魔族はまだ敗北していません」
「何故今なのだ。全てが終わってからで良かろう」
「今が絶好の機会です。神々との大戦後、この国が残っているとは限りませんから」
サルガッソスに怒りが芽生えた。無鉄砲で自身と比べ大した実力もない、執行者程度に思考誘導された愚か者が魔族の先導者のように振る舞っていることに。
巨大な魔力がグラジオンに伸し掛かる。太古の魔王の圧に晒されるだけでほぼ全ての魔族は頭を垂れる。
「では問おう、魔族よ。戦乱の影を進み、血を流すことなく手にした空虚を偉大なる魔族の勝利とほざくのか?」
だがグラジオンは一切怯むことは無かった。その視線は決してブレることはなく真っ直ぐ向けられていた。
「形がどうであれ、それが勝利ならば私は構いません‥‥‥!」
魔力の圧が消える。サルガッソスは何も言わず目の前の魔王を見つめている。グラジオンは背を向け自身の眷属達を率いて暗闇へと消えていく。
サルガッソスはグラジオンの意見に納得したわけではない。それに加え、外見上では不屈の意思を示していても、内心は恐怖に耐えることで精一杯だったことはお見通しだった。だがそれがサルガッソスの昔の記憶を呼び起こす。
「父親に似てきましたね」
サルガッソスの背後から声が聞こえた。脊柱に寄り掛かる一つの影が今の一部始終を見届けていた。
「虚勢を張る姿が、か」
「いえ、手段を選ばないところです」
サルガッソスは振り返り声の主の方を見遣る。
「ゼルヴァリオンか」
「お久しぶりですね、サルガッソス」
同じ時代を生きた二人の魔王。今となっては互いに異なる立場にいる。
「何の用だ? 惰性の十翼は我々など眼中にないと聞いていたが」
「あくまで旧友として助言をしに参上した次第です。我々の任務の一つに皇帝の保護というものがあります。魂の還元による脅威を回避するため、あの若いイシュガルが殺されることは無いでしょうが、保証はできません」
「‥‥‥誰が来る?」
「それは来てからのお楽しみということで」
今魔族に必要なのは新たな先導者であり、過去の敗北者では無い。グラジオンは魔王としてまだ経験不足だが、サルガッソスにとっては失うことの出来ない人物でもある。サルガッソスはグラジオンの父との約束を未だに覚えている。
‥‥‥魔族の未来。
「‥‥‥この世界に未来はあるのか?」
「勝ち取って見せましょう」
サルガッソスは鼻で軽く笑うと、グラジオンの向かった方向へと消えていった。




