第九話:ネフィリムの墳墓③
「ルミナ」
小さい光の球がルビリスの手の上で輝く。
「では、行ってまいります」
ルビリスが指を揃えた手を頭に当て敬礼する。
俺たち三人も敬礼で返す。
「よいしょ、ひぃ、この中寒いし暗いし怖いし〜」
少しずつ穴の中へ頭から入っていく。
「‥‥‥みんないる?」
「いるぞー」
三人で答える。
少しずつ穴の中へ進んでいく。
「‥‥‥みんないる?」
「いるぞー」
三人で答える。
漸く上半身が全て穴の中に入った。
「みんないる?」
俺は答えるのをやめた。
「いるぞー」
ニグラスとリリアが答える
さらに奥へと進んでいく。
「みんないる?」
ニグラスも答えるのをやめた。
「いるよー」
リリアが答える。
答えない俺たちの方を見て動揺している。
さらに進んでいく。
「みんないる?」
「‥‥‥」
ついに誰も答えなかった。
「あれ? みんないるー?」
「‥‥‥」
ルビリスの動きが止まる。
さあどうなる?
「‥‥‥みんなあああああ! たすけてえええええ! 怖いよおおおおお! 私が悪かったからあああああ! 一人にしないでえええええ!」
とても女性のものとは思えないような汚い悲鳴がこの狭い通路に反響する。
「ゼニーーー! スウィーピアちゃんへのラブレター本当は私がニグっちの下駄箱へ移したこと謝るからああああああ!」
「やっぱてめえええええかあああああ! ずっとおかしいと思ってたんだよおおおおお!」
「ニグっちいいいいい! 授業で使うタブレットの背景えっちなやつにしてごめえええええええん!」
「てめえよくもやってくれたなあああああ! てかなんでパスワード知ってんだよおおおおお!」
「リリアあああああ! ずっと心の中で垂れ乳呼ばわりしててごめえええええん!」
「え、あ、うんいいよ、わざわざ言わなくて」
目が笑ってないですよリリアさん。
◇◇◇◇◇◇◇
「グスッ、グスッ、うぇぇぇん」
「よしよーし、もう大丈夫だよ〜、さっきは意地悪しちゃってごめんね〜」
ルビリスは壁の隅でリリアに慰められている。
流石にちょっとやりすぎたか、あれを見ているとちょっと申し訳なくな‥‥‥らないな! あいつが全部悪い!
「で、魔石は取れたのか?」
泣き声が止まった。
「じゃじゃーん! ちゃんとゲットしたよ!」
さっきまでの泣き顔が幻だったかのようなほどのドヤ顔を決める。
こいつは本当に‥‥‥
「で、これからどうするよ、一旦地上に出るか?」
「それが良さそうだな、ここまで誰もいないとなると何かがおかしい」
「はぁ、私は結局何にもしてないなぁ」
一旦地上に戻ってレイナ先生や騎士団の人たちに状況を確認した方がいいだろう。
「‥‥‥ん?」
魔石を弄っていたルビリスの手が止まる。
「どうしたルビリス」
「何か来てる‥‥‥」
長い廊下の奥を指さす。
その廊下は俺たちが来た時となんの変化もない。
「数は?」
「反応は一つだけ、速度は、歩いてる時と同じくらい」
「騎士の人かな、さっきまでのルビリスの叫び声を聞いて様子を見に来たんじゃないの?」
リリアが半笑いで言う。
だがルビリスはそれとは真反対の表情をしている。
その顔は恐怖に歪んでいた。
その様子が俺たちに事の重大さを知らせる。
「魔物か? だがこんな浅い階層だぞ、出るやつもたかが知れてる」
「わからない‥‥‥」
「あ?」
「わからないの、魔物か人か、何かが変‥‥‥!」
リリアが双剣を抜く、それに呼応するかのように俺やニグラスもいつの間にか剣を抜いていた。
空間に響く不協和音。
どこか遠く、闇の奥から這い出るような音が聞こえる。
この長い通路の奥に何かがいる。
そして一つの影が浮かび上がる。
兜の穴から赤黒い何かがじわりと滲み出る。
胸当てには無数の剣傷と穴が刻まれていた。
膝の部分は欠けており、動くたびに金属が軋む音がする。
鎧の隙間からは腐って溶けた肉のようなものが見えた。
その鎧が一歩踏み出すたびに周囲の温度がじわりと下がっていく。
視線はないはずなのに、何かに見つめられているような感覚が四人を襲う。
「‥‥‥んだよあれは、寄生の胎主か? だがあの鎧、少なくとも俺らのところの騎士のもんじゃねえな」
「初めて見るね、どう考えても人間ではなさそう」
リリアとニグラスが剣を強く握る、臨戦態勢だ。
その忘れ去られた騎士は、赤黒い鞘から剣を抜く。
刃は刃こぼれし、黒ずんでいる。
それでも何千、何万もの命を絶ってきたのか、ただ振り下ろされるだけで死の気配が染み付いている。
「よし、ルビリス援護しろ、俺は正面から行く、ゼニウムとリリアは左右から行け!」
「オッケー」
「わ、わかった」
「‥‥‥」
俺はあれを見てしまった。
だからこそ、俺の目には最悪な結末が映った。
「‥‥‥逃げよう」
「あ? なんでだよ」
「えー? 私も早く戦いたいんだけど」
ニグラスとリリアが俺の方を向く。
「戦っちゃだめだ‥‥‥あいつ、何も見えない‥‥‥!」
「‥‥‥!」
二人はあの騎士の方へ振り返る。
だがその時にはすでに二人の間、俺の真前にそれは立っていた。
時間が止まったかのような錯覚に陥る。
息ができない、恐怖で体が動かない。
「‥‥‥っうおおおおお!」
ニグラスが全力でその騎士に向かって剣を振り落とす。
その刹那、そよ風が俺の首を通り抜けた。
「え‥‥‥?」
その瞬間ニグラスの両腕から鮮血が迸る。
「ぐあああああ!」
思いもよらぬ出来事に思考が止まる。
彼の両腕が、握っていた剣と共に地面へと打ち付けられる。