第八十六話:切札
『ご苦労、後始末が終わり次第お前はラケナリエと共にヴェルシウスに帰還しろ』
通信機から無感情な声が聞こえる。ラントゥールは一人で部屋の片隅の椅子に腰を掛けている。
「了解しました」
彼もまた無機質に返事をする。通信先の相手は例え表情が見えていなくとも彼の心の内などお見通しだった。だが同時にそれを指摘することもなかった。
『魔女の監視を続けつつ、我々は最後の準備に取り掛かる。言うまでもないと思うが、お前とジャスミナには重要な役割が課されている。失敗は許されない』
「フッ、まるでご自身が敗北する前提で話されているように聞こえますが」
ラントゥールは通信機を片手に席を立つ。机の上にある写真立てを手に取り、その中に保管されている一枚の写真を見つめる。
『私個人の敗北など取るに足らない。次の者がこの意思を受け継ぐだけだ。それが英雄や騎士、あるいは無知な少女であったとしても、誰かが未来へと辿り着くことが出来るのならば、それは勝利と言えるだろう』
「‥‥‥仕事が回ってこないことを祈っていますよ」
通信機の電源を切り、部屋を後にする。
◇◇◇◇◇◇◇
<<LOCATION:ヴァルムント帝国-首都ヴァルグラート>>
<<WEATHER:曇り>>
帝都に点在する騎士の宿舎、キブシル直属の騎士団は現在この場所に身を置いている。
「一日中休みだったけど、結局何もやる気が出なかったんだよな。病気かな」
ゼニウムは個室のベッドで横になりながら宙をぼんやりと見つめている。
「一年経っても中々慣れねぇもんだな。帝都だけあって、平和すぎるんだよ。ゼルファリスの北東は戦争真っ只中だってのに」
ニグラスは床で胡座をかきながらゼニウムを眺めている。
ニグラスは一人で訓練場に行っていたらしい。戦争帰りの騎士は、休みを貰ってもどう活用すれば良いか分からないということがよくあるようだ。そういった者達は自主的に訓練を行ったり、仕事をを引き受けている。
「ねー、そんな年寄りみたいな会話してるくらいなら飲み物買って来てよ」
ルビリスは冷蔵庫の中を物色している。足元では冷凍食品や調味料、アイスなどが散乱しており、ただでさえ狭い部屋のスペースを圧迫している。
「あ? 水かお茶があるだろ」
「ジュースが飲みたいんだもん」
ゼニウムとニグラスは互いに顔を見合わせて、全く同じ思考に至った。
「「自分で買ってこいよ」」
日が暮れたとはいえまだ午後七時過ぎだ。宿舎の一階には飲料や食品を販売している売店があるのだから自分で買ってくればいい。往復三分くらいだろう。
「なんで? 二人共暇なんでしょ? じゃあ可愛い女の子のために買って来てくれても良いじゃん」
表情や声色からして本気で言っているのだろう。そこに何の邪念も感じられなかった。確かに俺達は暇だが、あたかも至極真っ当なことを言ったようなルビリスの頼みを素直に聞き入れることは腑に落ちない。
「可愛い子?」
「どこだ?」
ゼニウムとニグラスは首を二百度くらい回し大袈裟に辺りを見回す。
「イラッ! ゴホン、まあ? 私はもう大人だからそんなんでイラついたりしませーん」
イラッ! って口に出てますけど。
ルビリスは動こうとしない二人の姿を見て痺れを切らしたのか新たな一手を繰り出す。
「ならジャンケンで決めようよ! 負けた人が三人分の飲み物買ってくるってことで!」
◇◇◇◇◇◇◇
「ねぇもう一回! お願い! これが最後だからぁ!」
ルビリスの全敗である。正直こうなることは予想できていた。言い出しっぺが負ける法則、ただの迷信程度でしか認識していなかったが、彼女の場合は何故か納得できる。ちなみにニグラスは毎回一抜けだ。
ルビリスはゼニウムの服を引っ張り必死に抗議した。
「黙って早く買って来い」
「やだ、ゼニーお願い買って来てよぉ!」
「なんで俺なんだよ」
会話が平行線に進んでいると、アラームのような音が部屋に響き渡る。
「‥‥‥冷蔵庫が開けっぱだ。アイスが溶けるから早く片付けろ」
ニグラスは冷蔵庫の方を指差す。その時、ルビリスの表情が変わった。まるで勝利を確信したかのような悪い笑顔だ。ゼニウムの服からゆっくりと手を離し一呼吸置くと‥‥‥
「あーいっけなーい! 私はお部屋の掃除しないとー! ごめんゼニー、その間に代わりに買って来て? おーねーがーい♡」
くねくねと体を揺らし非常に鼻に触る口調で喋り始める。ゼニウムの背筋に悪寒が走り鳥肌が立つ。
きっっっも‥‥‥
「え、嫌なんですけど‥‥‥」
「良いから買って来て! 早く早く早くぅ!」
急に必死になる。ゼニウムは半ば諦めており、これ以上騒げば他の部屋の人の迷惑になると考え思い腰を上げた。
「はぁ、分かったよ。行けばいいんだろ‥‥‥」
机の上の財布を取り、部屋を後にした。
部屋にはルビリスとニグラスの二人だけが残った。この瞬間、ルビリスは気まずさを感じていた。本来ならば長年の付き合いであるニグラスと二人きりになったところで何の動揺もしない。しかし、今の状況は偶然ではなく彼女が望んで作り出したものだ。
ルビリスは部屋の片隅に置かれていた自身のバッグからとある物を取り出す。
「ねぇニグっち‥‥‥」
「どうした」
ルビリスは両手を後ろに隠しニグラスの前に立つ。大きく二度深呼吸をし、覚悟を決め、両手を前に出す。
「はいこれ! あげりゅ!」
‥‥‥噛んだああ!
焦りで舌が回らなかった。羞恥心で真っ直ぐ前を向くことができず、視線は床に釘付けになる。
「‥‥‥短剣?」
持ち手の部分に花の模様が刻まれた短剣。刃はまるで鏡のように美しく光を反射している。
「ほら‥‥‥もうすぐ誕生日だし‥‥‥普段から色々助けて貰ってるし‥‥‥それに‥‥‥」
その先の言葉は出なかった。ふと、騎士長二人のことが頭の中に浮かんだ。ロベリアがキブシルにプレゼントを送った時のことだ。互いに冷めた対応を取っていたが、ルビリスはそれが良い意味で彼ららしい関係だと思っていた。
うぅ‥‥‥ロベリア騎士長が銀の弾丸を送ってたから参考にしてみたけど‥‥‥短剣はマニアックすぎだったかな‥‥‥これでキブシル騎士長みたいな冷たい反応されたら‥‥‥あぁもう! 今になって後悔してるぅぅうう!
だがその心配は無用だった。ニグラスは小さな両手に置かれた短剣を手に取ると、先程までの退屈そうな表情から一変し笑顔を見せる。
「急で驚いたが、ありがとな。大事に使わせて貰うわ」
ルビリスの心の雲が晴れた。自信に満ち溢れ彼女の顔にも笑顔が戻る。
「ふふん! 壊したら絶好だからね! ほら、もっと私に言うことがあるんじゃないの!」
その言葉にニグラスは大きく頷く。
「早く片付けろ」
「‥‥‥はい」
こうして三人の長いようで短い休日が幕を下ろした。
キャラクター紹介②
<<ニグラス・イヴァノフ>>
性別:男
種族:人間
誕生日:6/4
身長:182cm
体重:62kg
称号:なし
スキル:なし
好きなもの:肉料理、友人
嫌いなもの:特になし
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見た目や言葉遣いから怖がられがちだが仲間思い。常に仲間の行動に目を配り、手助けを惜しまない。運が非常に良く、ベルトリオンではリリア(不正あり)の次に金貨を稼いだ。ゼニウムと同じ騎士であるが、彼の両親は普通の会社員である。だが遥か昔の先祖は‥‥‥




