第八十一話:恩
今回はセリフ多めです。
八月が残り半分‥‥‥!?
<<LOCATION:ゼルファリス連邦国-首都ルミナスト>>
<<WEATHER:雷雨>>
黒雲が都市に覆い被さり、滝の様な雨が数メートル先の視界を遮る。吹き荒れる風が窓縁を震わせ、激しい稲妻が黒雲に根を張る。
天に向かって聳え立つ無数のビルの一つ、その一階部分にぼんやりと明かりが灯っていた。小さな武器商店だが昨年できたばかりの新しい店でもある。今日は雷雨の影響で客足は殆どなく、周りの店も戸締りを始めていた。外は暗く昼夜の区別が付かないが、時計は午後六時を示そうとしている。
‥‥‥電気代の無駄だな。
店主はカウンターの椅子から立ち上がると両腕を上げ背筋を伸ばす。その時、自動ドアに取り付けられていたベルが鳴った。
「‥‥‥悪いが閉店だ。帰ってくれ」
入り口に立っている女性に冷たい視線を向ける。その女性は貴族の御令嬢のような装いをしていた。濡れた傘を震わせ水を攘う。
「あら、お客を歓迎しないお店なんて聞いたことないですね」
店内の蛍光灯が女性を照らし出す。露出している皮膚の半分が剥がれ落ち赤い鮮明な肉が剥き出しになっており、指も何本か欠損している。だが不思議なことに血が一切垂れていない。傘を結び片腕に掛け、もう片方の手でドレスの裾を上げお辞儀をした。
「Buona sera、サクヤ・ツキモリ。こうしてお会いするのは久しぶりですね。改めて自己紹介を。神々の執行者が一人、ビアンカ・フェッリーニと申します」
<<ビアンカ・フェッリーニ>>
レベル:4421
称号:神々の執行者・美
「買い物する気がないなら客じゃねぇ」
<<サクヤ・ツキモリ>>
レベル:???
称号:神々の執行者・理解
ビアンカは店内を歩き、ガラスケースに保管されている武器を覗き込んでいる。
「何の用だ?」
サクヤは店内を徘徊するビアンカから一切目を離さなかった。
「エミリーが死にました。若さ故に焦ってしまったのでしょうね。これで残りは我々二人だけ」
「何の用だって聞いてんだ」
ビアンカは大きく溜息をつくとガラスケースの上に腰を掛けサクヤの方へ向き直る。
「ギフトを授かっておきながら貴方は一度も神々へ報いていない。そんな貴方にチャンスを用意しました。私の計画に協力して下さい」
「断る。ギフト? 違うな。これは俺らに掛けられた呪いだ」
「エミリーと同じことを言うのですね。臆病者は皆そう解釈します。神は私を地獄の底から引き上げて下さった慈悲深い方なのです。貴方もその手を取ったのでしょう?」
「‥‥‥なら勇敢な奴らはどうなった? 自身の力に溺れ、全員あの化け物共に殺された」
サクヤは店のカウンターに向かい、レジに入っていた金を数え始める。ビアンカはその様子を軽蔑した様な目で見つめていた。
「百年程前にこちらへ来たエミリーが言うには今頃私達が居た世界は滅びている様です。私にとっては喜ばしいことです。あんなゴミ溜めの様な世界に何の価値も有りません。貴方の共感も得られると思いますが」
「執行者の替えが効かなくなったってことだろ。天界とここを繋ぐ門である俺らが全滅したら、その瞬間負け確だ。大戦まで生き残ること、それが俺にできる報いだ」
ビアンカはガラスケースから降りるとそのままレジの方へ向かった。椅子に座る男を見下す様に前に立つ。入店してきた時の笑顔は消え失せていた。
「‥‥‥本当に理解出来ないですね、貴方は」
「よく言われる」
ビアンカの隠す気もない殺意がサクヤに襲いかかる。店内のガラスケースや机が震え始め、入り口のベルが激しく鳴り響く。しかし彼は一切動じなかった。鋭い視線でビアンカを睨み返す。
すると、殺意が消えると同時に彼女の表情が戻る。
「そういえば、貴方は私に貸しがありますね。私は貴方の頼みを聞き入れ、危険を冒してまで峡谷の最下層に赴いて差し上げました。それに、貴方の国の人間は親切だと聞きますが」
「‥‥‥チッ、だが命を賭けるつもりはない。計画の内容を言え」
「そうですよ! 最初から素直になれば良いのです!」
ビアンカは喜んだ様に拍手する。
「今の神々には戦力が足りません。故に我々は祝福に包まれた数多の魂を捧げる必要があります」
「前回の大戦からの分があるだろ。それにイレギュラーだがあの大公爵の魂も使えるって話だ」
「ですがこの時代の人間は大きく弱体化しました。この千年で集まるのは脆弱なものばかり。あの大戦を生き延びた者達はさらに力をつけています」
「ならどうするんだ」
ビアンカは不気味な笑顔を向ける。
「レイナ・ナガシマに惰性の十翼をぶつけます」
「‥‥‥は?」
ここで初めてサクヤの表情が変わる。彼が表立った行動を避けている理由は惰性の十翼を始めとする圧倒的強者達から身を隠すためである。神々から人知を超えた力を授かろうと、千年以上生きる化け物には手も足も出ないのだ。彼がこの計画は破綻していると考えるのも至極当然である。
「正気か? あいつらを思いのまま動かせんなら俺は店なんか営業していない。その癒えない傷を付けたのは誰だったか、忘れたわけでもねぇだろ」
「我々執行者は異界からの来訪者でもあります。かの英雄達は犠牲を払ってでも殺しにくるでしょう。ですが、異界からの来訪者は我々だけではありません」
「長島玲奈‥‥‥」
「ああ、そういえば貴方達の国では性と名が逆になるのでしたね。彼女は龍王によってこちらの世界に招かれた人間、我々と同じ転移者です。あの大賢者は転移者を判別出来ても執行者かどうかは判別できない。それができる目を持った少年は成長不足。私が少し彼女に接触すれば、惰性の十翼が動く理由としては充分です」
惰性の十翼がレイナに疑いをかけていることは彼も知っている。ビアンカが言うことに納得はするが、同時に疑問も浮かび上がる。
「そうなると俺は何をすれば良い?」
「停滞しているナグルヴェイン峡谷での戦争を激化させ、魔王達を帝都に誘導させて下さい。あの都市は魔王達にとっての最終地点でもあります。人間、魔族、英雄、この三勢力が争えば多くの魂が天界へと召され、千年以上生きる強者の中にも必ず死者が出ます。大戦前の余興としてはこれ以上ないでしょう」
「魔王共の誘導か‥‥‥とんでもねぇ仕事を押し付けやがって」
「貴方の授かったギフトなら可能なはずです」
否定はしなかった。ビアンカはその様子を見て満足そうな笑顔を見せると傘を解き店の入り口へと向かう。
「一週間後、帝都で公爵会議が行われます。きっと素晴らしい日になるでしょう。では私はこれで失礼します。Arrivederci」
ドアが開き、ベルが鳴ると同時に激しい雨音が店内に響き渡った。




