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Deceptive Love  作者: 緋色
第五章:ヴァルグラート編
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第八十話:秘匿


 騎士団本部地下室。床、壁、天井、全てが丈夫な素材で作られており、至る所に小さな傷や焦げ跡が付いている。白い光で照らされ、訓練用の設備が設置された立方体の空間が広がっていた。

 

 金属音が響いた。それと同時に鋭い足音が聞こえる。一人の女性が障害物を高速で避けながら的に向かって矢を放つ。どの矢も細い隙間を通り抜け、的の中心に命中した。それを確認すると、まるで思い出したかの様に呼吸音を始めた。訓練を開始してから既に十時間以上が経過している。全身が悲鳴を上げているが、この女性にとってはそれでしかない。放った矢を的から取り外し、訓練を再開しようとする。


 その直前、訓練室の扉が軋む音が聞こえた。一人の若い騎士が緊張した表情で入室する。


 「‥‥‥一度お休みになられてはどうですか、ロベリア騎士長」


 「‥‥‥」


 ロベリアは振り返らず何も答えない。この様なやり取りは今になって始まった訳ではない。彼女はテルグラス焦土から帰還した後、そのままナグルヴェイン峡谷へと向かった。最前線で目に入った敵をひたすらに撃ち抜いた。もう既にキブシルの死に対しての悲しみは消え失せていた。残っているのは怒り、自身の弱さへの怒りだ。あの時から自身をひたすらに鍛え続けている。今の彼女の目に映っているのはただ一人の敵だ。


 現在は国からの招集を受け、帝都に身を置いている。


 「要件は」


 その言葉に感情は籠っていない。わざわざ騎士がここに来た理由は自身を休ませるためではないと分かりきっていた。騎士は半ば諦めており、要件を伝える。


 「‥‥‥一週間後の公爵会議の件ですが、今回は特例として騎士長の方々も参加するようにと国から指示が出ました」


 ロベリアは返事をせず、そのまま訓練を再開した。騎士は一礼するとそのまま部屋を後にした。


  ◇◇◇◇◇◇◇


 「ヴォルトレイジ(2%)」


 剣の先端から放たれる超高電圧の稲妻が空間に光の直線を描く。そしてそれは一人の男に直撃した。


 「ギャビビビビビビ!?」


 情けない悲鳴と黒い煙を上げ、その場に痙攣した様に倒れる。倒れた男の後方には、びしょ濡れになり力なく倒れている男と無様に泣き叫んでいる女がいた。魔法を放った魔女は剣を鞘へしまうと、のんびりとした足取りで近寄り回復魔法をかける。


 「いや〜腕を上げたね〜ゼニウム君」


 ゼニウム、ニグラス、ルビリスの三人はレイナの元で訓練をしている。この場所は帝都の王城に近く、一つ一つの家が小さな城のように聳え立っている。レイナの家もその内の一つである。


 「煽ってるんですか。今回も擦りすらしなかったんですけど」


 ゼニウムは腕で体を支え、やっとの思いで起き上がる。


 今回もダメだった。いや分かりきってたことだけどさ、レイナ先生強すぎるんよ。今の魔法なんか戦場をひっくり返す時に使う決戦魔法じゃん。そんな魔法を生徒に向かって打つとか頭のネジぶっ飛んでるでしょ。それ以上に何が嫌かって、俺らはローデンを出てから三年以上経って色々成長したけど、レイナ先生の見た目は十六歳くらいのままだ。実際は年上だけど。つまり年下の女の子に負けて慰められている様な惨めな構図が完成する。


 「私を相手してたら成長具合は分かりにくいよ。ほら、目標って自分がギリギリ届きそうなことにするでしょ。だから達成した時に成長を感じるんだよ。でも私と君達とでは差があまりにも大きい。成長してる実感を感じ難いって人の特徴は高すぎる目標を掲げているからなんだよね〜」

 

 そのままニグラスに回復魔法をかけ、風魔法で服を乾かし始める。


 「でも重要なのは過程! 焦らず一歩一歩確実に踏み締めて行こー!」


 急にレイナ先生のテンションが高くなった。今まで溜め続けていた数年分の仕事が全て終わったことで気分が向上しているのだろう。

 

 「もーう! あの魔法が使えたらレイナ先生なんてワンパンなのにー!」


 ルビリスは魔力切れで地面に座り込み負け惜しみを言っている。


 確かにルビリスが峡谷の最下層で放った魔法ならレイナ先生も倒せるかもしれない。でも、もし今その魔法を帝都中心で使ったら大変なことになるし、そもそも‥‥‥


 「ルビリスちゃんの魔力量じゃ撃てないでしょ〜」


 「撃てたもん!」


 「あれは周りの魔力を併用し」


 「うるさぁい! 撃てたものは撃てたのー!」


 挙げ句の果てには逆ギレである。レイナ先生も流石に困惑している。周囲や他人の魔力の質が似ているとそれが自分の魔力じゃなくても使えるらしい。峡谷に漂う魔力はルビリスのものと酷似していた。


 そういえばベルトリオンのサキュバス達も言っていたけど、千年前にあの峡谷付近でサキュバス達の魔王と人間の大公爵が戦ったらしい。その魔力の残滓がまだ残ってて、それを利用してルビリスはあの魔法を使うことができたのでは、という話だった。レイナ先生ならもっと詳しいことがわかるかも。


 ゼニウムは立ち上がり、おぼつかない足取りでレイナの元へと向かう。


 「レイナ先生、質問いいですか」


 「良いともゼニウム君」


 笑顔で振り向く。


 「ナグルヴェイン峡谷の魔力がルビリスのものと似てるって話を聞いたんですけど、そこで昔何があったんですか」


 サキュバス達のことは念の為言わないでおこう。


 レイナは少し悩んだ表情を浮かべたがすぐに元の顔に戻る。


 「あー、それはルビリスちゃんがサキュバスの血をちょー僅かに引いてるからかな。千年以上前に魔族と人間の間で大きな戦争があったんだよ。まあ人間の圧勝だったんだけど、魔族が逃げ切る為の時間稼ぎとしてサキュバスの魔王が殿を務めた。それが丁度あの場所ってわけ。魔力の質が似てるのはそのせいかな、人間同士ではそういうこと滅多にないんだけど魔族は同じ種族なら結構あったみたい」


 ‥‥‥やっぱり大公爵のことは言わない。ローデンでの時もそうだった。学園をめちゃくちゃにし、お母さんを殺したあの男の裏に大公爵がいることは分かっている。でもレイナ先生はそのことを俺に話してくれない。実は繋がっている‥‥‥なんてことは流石にないと思うけど何か知っているのは確かだ。なら‥‥‥


 「峡谷の最下層で遭遇した魔王が言ってました。サキュバスの魔王と当時の大公爵が戦ったって、どんな人達だったんですか」


 ちなみに遭遇した魔王が言ってたってのは嘘だ。少しでも情報を引き出す為のね。でも何故千年以上前の大公爵のことすら話してくれないのだろうか。人間ならとっくに死んでるだろうし、せめて名前くらいは。


 レイナは悩んだ末、再び語り始める。


 「ん〜っとね〜、その大公爵はすっごい強かったんだよ。剣を振るうだけで地形が変わるし、実はあの峡谷も斬撃の跡なんだよね。黄金の騎士団の創設者でもあるよ。魔王の方はあまり知らないけど確か、断章の魔王って言われてたね」


 「あの峡谷が斬撃の跡とか信じられねぇんだが」


 横で聞いていたニグラスが半笑いで口を挟む。彼だけではない、ゼニウムとルビリスにとっても信じれる話ではない。魔導技術が進んだ今でさえ、あれほどの地形変化を引き起こす兵器は存在しない。


 「もちろん雨とか地下水の流れによって深くはなったと思うけどね」


 ‥‥‥ここまで来ても大公爵の名前は言わないか。やっぱり直接聞いた方が。


 ゼニウムが直接尋ねようとした時、レイナと目が合った。その目を見た瞬間、自身の求める答えが返ってこないことを理解した。


 「じゃあ今日の訓練はここまで、皆んな気をつけて帰ってね〜」


 言われるがままに、三人はこの場所を後にした。

 

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