第七十五話:不発
明かりの消えた個室が一つ、他の個室よりも一回り大きく、机とベッド、クローゼットなどの最低限の設備が完備されているのに加えて、本棚や専用のお手洗いも付いている。壁には丸窓が一つだけ付いており、そこから差し込む日の光がベッドで寝込む人物の顔を照らし出す。しかし、幾ら顔を照らそうと影が濃くなるだけだった。
軽快な足音が部屋の外から近づいてくるのが聞こえた。そしてその音は部屋の前で止む。三回ノックがされると外から声が聞こえた。
「ロベリア騎士長、通信機が復旧しました。後三十分ほどでドランザール伯爵の護衛艦三隻、補給船一隻と合流予定です」
「‥‥‥分かった‥‥‥少し経ったら行く‥‥‥」
部屋の中からは今にも消えて無くなってしまいそうな声が僅かに聞こえた。ドアの前の騎士は部下として励まそうかと悩んだが、どんな言葉をかければいいかが分からなかった。
「‥‥‥了解しました」
返事をした後、一瞬ドアの前で踏み止まるが、すぐに部屋を後にした。
気配が遠ざかっていくのを感じると、ロベリアは寝返りをうつ。腕の中には彼から託された銃があった。その銃は日頃から丁寧に手入れされているようだったが、お世辞にも綺麗だとは言えなかった。全体的に傷だらけで、トリガーやハンマーは表面が剥がれ落ちている。
今の姿をキブシルに見られたらきっと馬鹿にされ煽られるとロベリアは理解していた。だが心の中ではいっそそう有って欲しいと思っていた。ルディアが死んだと知らされた時も同じような感覚に陥っていた。理解が追いつかず、現実を直視できず、胸が張り裂けるような。だがその時は側にキブシルが居た。彼は無言だったが、離れることもなかった。だが今は誰もいない。あの時以上の消失感、自身の想いを伝える最後のチャンスを逃した事への後悔。どこで判断を誤ったのか、だが今更そんなことを考えても何の意味もない。
ロベリアは銃を握った腕を上へ伸ばし、差し込む日の光に照らす。表面の銀色が光を反射し輝く。すると弾倉の一つが埋まっていることに気づいた。取り出してみると、普通の弾丸ではなかった。純白の弾丸で表面には花の模様が刻まれている。それは以前、ロベリアがキブシルに送ったものだった。
止まっていたはずの涙が再び溢れ出す。自身の元に戻ってきた弾丸が、より一層自身を惨めにたらしめた。
「‥‥‥キブシル‥‥‥私は‥‥‥私はぁ‥‥‥! 結局‥‥‥何も‥‥‥」
◇◇◇◇◇◇◇
ニグラスは一人甲板で風に煽られていた。特に何も考えず、船の上から見える景色に呆けていた。周りを見渡すと、同じように黄昏ている騎士達がちらほらいる。
「あ、ニグっち、おは〜」
ルビリスは何処かおぼつかない足取りでやってくる。時刻はまだ早朝で、ルビリスがこんな早起きなことに少し違和感を覚えていた。そして、その表情からは少し疲労を感じられた。
「珍しいな、まだ朝っぱらだぞ?」
手すりに寄っ掛かるように並ぶと、大きなため息を付いた。昨日の事が頭から離れず寝れなかったのかとニグラスは思っていた。しかし、その答えは直ぐに彼女の口から伝えられた。
「だって部屋が暑いんだもん。部屋の冷房を消してくる未確認生命体がいるせいで全然寝れなかったの」
現在は船の燃料不足が深刻なことから冷房を点けても直ぐに消えるようになっている。そしてルビリスの部屋はエンジンルームに近いせいか相対的に暑くなる。
「そう言うニグっちはどうなのさ」
「ゼニウムが、まあ、ちょっとな」
ニグラスとゼニウムは同じ部屋で過ごしている。ゼニウムにとってキブシルは、母親が死んだ時、絶望のどん底に居た自分を引っ張り上げてくれた恩人であり、騎士としての生き方を教えてくれた人物でもある。彼にとっての目標でもあり、そんなキブシルの死はゼニウムにとっては耐え難い苦しみとなった。
「あれでもだいぶマシになったと思うが、空気が違いすぎて寝れねぇよ」
「あー」
会話が一瞬止まった。二人は同じ景色を見つつ同じようなことを考えていた。今の二人の姿は、ゼニウムやリリアと比べると正反対だった。ルビリスは息を大きく吐き出すと、ずっと考えていたことを口にした。
「ねぇ、私達って血も涙もない怪物なのかな」
ニグラスが視線だけルビリスの方へ向ける。彼女は真っ直ぐ外の景色を見ていた。今の疑問に彼も心当たりが無いわけではない。ルビリスは続ける。
「ゼニーとかは他人の為にあんな感傷的になれるのに、私なんか悲しくてもチューベリー先生の時を最後に泣けなくなっちゃったんだよね」
チタニス、スウィーピア、チューベリー、ルディア、そしてキブシル。ここ数年で多くの大切な人を失ったが、ゼニウムと比べてみると無感情と感じても無理はない。現にゼニウムはキブシルの死を今も深く抱えている。だが今の二人は何も感じないわけではないが、普段通りに振る舞えないということもない。
「さぁな、少なくとも、あの時の俺らはもう居ないってことだ」
学園にいた時よりも感情の起伏が小さくなったのは事実だ。これは自身が成長したからなのか、それとも本当に無感情になってしまったのか。今判断できる材料はなかった。
「それって、なんか寂しいね」
「‥‥‥ああ」
また会話が止まる。先程よりも少し時間を置いてルビリスが再び口を開く。
「逆にニグっちは何だったら泣きそう?」
ニグラスは予想外の質問に一瞬戸惑うが、特に考え事をしていたわけでもないので真面目に思考を巡らせた。
「お袋が死んだら‥‥‥泣くかもな」
「何で?」
無神経なルビリスの発言に少し苛立ちを覚える。
「何でって、そりゃあ‥‥‥大切っていうか‥‥‥大好きっていうか‥‥‥チッ、変なこと言わせんな!」
ニグラスは普段親と口喧嘩ばかりであり、恨みしか頭の中に無かったが、いざ口に出してみると自身が思っていたこととは真反対の言葉が飛び出して少し恥ずかしくなる。ルビリスはその様子を見て小馬鹿にしたような笑顔を向けてくる。だがルビリスはすぐに顔を逸らした。
今の発言を聞いて、ルビリスは自身がニグラスにとってどの程度の位置に居るのかが非常に気になったのだ。だが面と向かって聞くのは恥ずかしく感じた。
「じゃあ、私が死んだら、どう?」
突拍子な発言の連続にニグラスは流石に呆れ返っていた。
「はぁ? 泣くわけねぇだろ」
その発言にルビリスは少し泣きそうになる。だがその感情はすぐに消え失せた。
「お前が死ぬ時は俺はとっくに死んでるわ。俺が命懸けで守ってやるに決まってんだろ」
そこに期待した言葉もなければ、期待した感情も込もっていないことをルビリスは理解していた。だが、とても満足できる返答だったことに変わりはない。ルビリスはとても上機嫌になった。
「え、それってもしかして、こ・く・は・く?」
「な訳ねぇだろバカか」
ニグラスの拳骨がルビリスの頭部に落下した。
「痛! ちょっと何すんの!? これ以上背が縮んだらどう責任取るのさ!」
荒野を走行する陸上戦艦の甲板は、他の場所と比べて少しだけ明るかった。
ニゲラ(ニグラス・イヴァノフ)
花言葉:不屈の精神




