第七十四話:有言
爆風により体が吹き飛ばされる。幸いにも爆風が落下速度を軽減させてくれたお陰で地面からの衝撃を和らげることができた。だがそれでも無傷ということはなく、硬いアスファルトの地面を転がり肌が擦り切れる。
ロベリアは体の痛みなど忘れ直ぐに起き上がり、近場に落下したキブシルの元へと駆け寄る。一歩進むごとに体が悲鳴を上げる。だが彼女にとっては自身の体のことよりもキブシルの方が心配だった。崩れた瓦礫の山の麓で悶える彼の姿があった。
「キブシル! この馬鹿が! 何故貴様はいつも‥‥‥いつも‥‥‥!」
それ以上の言葉が出なかった。吐き出したくとも喉の奥でつっかえる。ロベリアは自身の服の裾を破り、キブシルの右腕に強く巻きつける。視界の端で斬られた彼の腕が映り、罪悪感や後悔、焦りが彼女の冷静さを乱す。
「痛てて! おいおい、そんな強く絞められたらハムみたいになっちまう‥‥‥!」
いつも通りの余裕そうな態度を取るが、その声色は普段のそれとは違うのが明白だった。ロベリアは突っ込む余裕がなかった。自身のミスで起こった悲劇、彼女はそう確信しているが、キブシルはそんなロベリアが考えていることはお見通しだった。
「お前のせいじゃねぇ、あんなの、誰も予想できねぇよ。もし向こうが本気だったら、とっくに仲良く真っ二つにされていた」
キブシルはなんとか自力で立ち上がり、飛んでいった自身の腕を拾い上げると、その腕に握られていた銃を器用に外し取る。その動作にスピード感は一切なく、声色は異様なほど冷静だった。何やら銃を弄っている彼の背を見ていると、ロベリアの脳裏に訪れてほしくない未来が浮かぶ。それは何の根拠もない、直感的なものだった。だが何故か、その未来が訪れると魂が予感している。少しでもその可能性を減らすべく、彼女は先に道を指し示す。
「撤退しよう、ルビリス達が逃げ切る時間は十分に稼いだはずだ、今が最後のチャンスだ」
焦りからか、彼女は自身でも驚くほど早口で口を動かした。キブシルはゆっくりと振り向きロベリアの元へと歩いてくる。
「無理だな、あの女の速度なら一瞬で追いつかれる。爆弾をあいつらの所へ持っていくようなもんだ」
「走って逃げる必要はない! 魔力や気配を消しながら移動すれば!」
「時間がかかりすぎる。それに敵があれだけとは限らない」
「だが‥‥‥!」
キブシルは彼女の前まで来ると足を止める。それと同時にロベリアの言葉も止んだ。彼の顔を見た瞬間、彼女は全てを悟ってしまった。次に彼の口から出る言葉は今のロベリアにとって最も聞きたくない言葉だった。
やめろ‥‥‥言うな‥‥‥聞きたくない‥‥‥!
心の中で何度も願う。神であろうと悪魔であろうと、思いつく限りに全てに祈った。だがキブシルは、優しい笑顔をしていた。そして、その言葉が彼の口から告げられる。
「お前は逃げろ、ここは俺が引き受ける」
キブシルがロベリアを庇いさえしなければ彼は無傷だったはずだ。その代わりにロベリアが死んでいただろう。結果として彼の行動により重傷を負いつつも二人とも生き残ることができた。だがこうなってしまえば、最終的に助かる命は確実に二つ未満だ。失われる命の役目を、彼に負わせてしまったことになる。
「い‥‥‥いやだ‥‥‥反対だ! もっと他にも方法が‥‥‥!」
キブシルはロベリアに銃を渡す。先程右腕に握られていた銃だ。ロベリアは無意識にその銃を両手で受け取る。
「餞別だ、片腕じゃ二丁も使えねぇからな。どの道俺はもう助からない。知ってるか? この銃は俺とお前が初めて同じ任務に着いた時から使っているもんだ。俺達が生きた証だな」
ロベリアはただその言葉を聞くことしかできなかった。全身が硬直し動かない。銃を受け取った腕は僅かに震えていた。彼女はキブシルと共に十年以上戦場を駆け抜けてきた。その中には大勢を救うために少数の仲間を犠牲にしなければならない厳しい判断をとったこともある。今回その仲間がキブシルになっただけだ。騎士長という立場にいる彼女もそれを痛いほど理解しているつもりだ。だが理解していてもそれを受け入れることは到底できない。何故なら、それはキブシルだからだ。長年自身の想いを伝えることのできなかった特別な仲間だ。
「お前のこと、別に嫌いじゃなかったぜ?」
その時、少し離れた場所から轟音と共に強大な魔力がこっちに向かってきていることを感じ取った。
「行け!!!」
キブシルの声に反応しロベリアの体が動き、彼を背に全力で走り出す。
走り出したロベリアを横目に、キブシルはポケットからタバコを一本取り出すと、残りは箱ごと地面に捨てる。十年以上の付き合いであるロベリアのことは誰よりもよく理解していた、自身にどんな想いを寄せているのかを。だが彼は敢えて気づかないふりをしてきた。戦場に身を置く者は戦場で死ぬ。遅かれ早かれ、今のこのような結果は必ず訪れる。もし、戦友以上の関係を築いていれば、きっとロベリアは退かなかっただろう。だからキブシルは彼女に嫌われるように、気づいていないように振舞っていた。しかし効果はなかった。それどころか、彼女は不器用ながらもさらに努力を重ねていくように感じられた。そんな姿を最善席で見てきたキブシルは、そこに惹かれたのかもしれない。いや、そもそもこんなことを考えていた時点で既に分かりきっていたことだ。
「そういえば、タバコを始めたのも、あれくらいの時期だったな‥‥‥」
キブシルはタバコに火をつけ、ロベリアと自分自身につき続けてきた嘘を煙と一緒に吐き出した。十数年分の嘘を。そして小さく呟く。
「愛してるぜ、ロベリア‥‥‥!」
彼はこの瞬間、十数年ぶりの苦しみから開放された感覚がした。
ロベリアは託された銃を強く握りしめていた。もし、自身の想いを伝えるならば今が最後のチャンスだろう。次第に小さくなっていく彼の背中を目にし、ロベリアは覚悟を決める。今伝えなければ一生の後悔となることを彼女は確信していた。
「キブシル、私は、私は! お前のことを‥‥‥!!」
声に想いを乗せようとした瞬間、轟音が響きキブシルの居る場所に土煙が巻き起こる。建物が崩れ、けたたましい音がロベリアの耳を刺激する。彼女は思わず口と目を閉じてしまった。すぐに目を開けるが、そこには彼の姿はなく、瓦礫の山だけだった。彼女は歯を食いしばり、仲間達の元へと突き進んだ。
◇◇◇◇◇◇◇
ゼニウム達は既に陸上戦艦に到着していた。到着した瞬間、船に残っていた騎士達が慌てて出てきたが、こちらが船をいつでも出せるようにして欲しいと頼むと、状況を理解したのかそれに快く応じてくれた。そして今、ゼニウムとニグラスは甲板で騎士長達の帰還を待っていた。遠くからは度々建物が崩壊する音が聞こえてくる。
この二人の間に会話はなかった。この緊迫した状況で何を話していいのかが分からなかった。不安がより口数を減らす。
「あ、やっと見つけた。甲板に居るなら予め言ってよぉ」
ルビリスが船内から出てくる。駆け寄ってくると、そのままゼニウムとニグラスの間に割り込む。
「‥‥‥リリアはどうだった?」
ゼニウムがこの空気感に耐えれず口を開く。ルビリスにはリリアのことを見てもらっていたのだ。
「ずっとあの調子だよ、まるで彼氏を寝取られた女の子って感じかなぁ。結局私も半強制的に部屋を追い出されちゃったし」
もっと他の例えはないのかよと、皆が思ったが誰も口にしなかった。三人は軽い会話をしつつも、視線は廃都市の中心部へと向けられていた。自分達が逃げてきた方向だ。
騎士長達は強い。特にあの二人が揃えば足し算以上の戦力になるだろう。一秒一秒が非常に長く感じられ、足に落ち着きを無くす。騎士長達と別れてから何分経ったかは誰も分からなかった。時間が経つにつれ不安も大きくなっていく。
その時、手すりに掛けていたルビリスの指がピクリと動く。その動きにゼニウムとニグラスも気づき、辺りに目を配る。
「何か来てる」
ルビリスが指を刺す方向、人影が建物を伝いこっちに向かってくる。期待を抱きつつも警戒することを忘れない。他の騎士達も集まってくる。船の上から照明が向けられその姿が露わになる。
「ロベリア騎士長!」
一人が声を上げると、皆それに呼応し歓声を上げる。ロベリアは体を船に投げ出すように飛び乗る。
「はぁはぁ‥‥‥ゴホッゴホッ‥‥‥はぁ‥‥‥はぁ‥‥‥」
甲板へと降り立つと、息を切らしながらその場に膝を落とす。疲労困憊なのは誰の目から見ても明らかだった。一部の騎士達がタオルや飲み物を持って駆け寄る。
「ご無事で何よりです! こちらを」
その瞬間ロベリアはそれらを振り払った。
「今すぐ船を出せ! いいから‥‥‥早く‥‥‥!」
勢いがあったのは最初だけで、次第に声が弱々しくなっていく。
「しかしそれでは‥‥‥っ!?」
皆が一瞬動揺した。ロベリアの顔は涙でボロボロだったのだ。誰もが言葉を失う。そしてロベリア手には彼の銃が握られていた。それを見て、その場にいた全員が理解したのだ。
陸上戦艦は煙を上げ動き出す。だが、城塞都市ガルツェンから出発した時とはまるで異なる。廃墟を走行するその船はまるで幽霊船のようだった。
◇◇◇◇◇◇◇
「思ったより時間を食ってしまったな」
廃墟となった建物の屋上、アニスは遠くで走行する陸上戦艦に視線を向ける。ここから三、四キロメートルあるだろうが、彼女には何の問題もない。当初の予定とは異なるが、アニスが求めているものはあの船に乗っている。建物の縁に乗り出し、船へと向かおうとした時、自身の携帯から着信音が鳴り始める。
ゼルファリス連邦国の最高権力機関である惰性の十翼、その一人であるアニスの元に電話をかけてくる人物は限られている。
「ん、もしもし〜、ああ、もちろん問題ないさ、私を誰だと思ってる。うん、え、あ、いや〜ちょっとそれは‥‥‥忘れてた、すまない。 っ! 分かった! 悪かった! 謝った! これで良いだろ! うっさ、別に良いじゃないか少しくらい‥‥‥ン? いや、何でもないさ、ここは少し通信が悪いようだ。うん、うん、ヴェルシウス? 貿易都市か、了解した」
電話を切り、再び遠くの戦艦を見つめる。冷たい風が上空を吹き抜け、彼女の短い金色の髪が靡く。
「自分で戻ってきてくれるのが一番なんだがな。もう少しだけいい子で待っててくれ‥‥‥リリア」
アニスは戦艦の方へ背を向け、暗闇の奥へと消えていった。
『キブシ』(キブシル・ヴォルツェン)
花言葉:「嘘」「出会い」
キャラクターの名前は花の名前を弄ってつけています。
試しにこういうのを「後書き」で書こうかなと٩( 'ω' )و
この前初めてラノベというものを読みました。文章の書き方の参考として。(ちょっと遅すぎたかも)
最初期に比べれば少しはマシになってるのでは、と!
もし面白いと思ってくださった方、⭐︎評価してくださったら嬉しいです( ✌︎'ω')✌︎




