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Deceptive Love  作者: 緋色
第四章:テルグラス焦土編
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第七十二話:魔族


 <<LOCATION:ナグルヴェイン峡谷最下層>>

 <<WEATHER:霧>>


 地下の大洞窟。魔法だけに限らず、化学が文明の繁栄を支えるこの時代においてなお、大部分が未踏破のまま放置されている。この大洞窟に無数に存在するダンジョン、これは千年前、人間との戦争において大敗を喫した魔族が作り上げた最後の安息の地である。


 日の光を浴びることは許されず、暗闇に包まれた劣悪な環境で生きながらえてきた魔族は、時間と共にその姿を変えてきた。ある者は肉体的苦痛から解放されるために体を捨て、ある者は精神的苦痛から解放されるために知能を捨てた。


 そして魔物へと成る。


 「‥‥‥一体何事でしょうか。サルガッソス大公」


 だが、その苦痛を千年間耐え切った者達がいた。


 「臆するな、イシュガルの魔王よ。其方は既に、我の横に並ぶ資格を有している」


 かの大戦を生き延びた魔王達である。


 人間から受けた祓い切れない屈辱。湧き上がる怒りが、憎しみが、彼らの理性を保ち続けたのだ。彼らが求めるものはただ一つ。過去の栄光の時代を取り戻すことである。人間の国を滅ぼし、それを土台として魔族の国を再建する。


 「‥‥‥」


 イシュガルの魔王は沈黙した。この時代においては吸血鬼達を束ねる立場にあるが、若かった。目の前に居座る魔王は大戦を最前線で戦い抜き、より多くの魔族を守り抜いた英雄である。だが彼は違う。当時の魔王は彼の父であり、自身は親の後ろに並ぶだけの子供であった。


 「惰性の十翼(ダクシオン)が貿易都市ヴェルシウスに集結している。あの都市はこの戦場に最も近い」


 イシュガルの魔王は違和感を覚える。何故なら、こういった事態を避けるためにゼルファリス連邦国やラグゼント王国が戦争中の今この時を選んだからだ。


 「ケルセナ神聖国と戦争中のはずでは」


 「今は獣の子が北東の国境で軍を指揮しているようだ」


 ヴァルムント帝国と戦争中の今、幾ら人間が弱体化したと言えど、千年前には存在しなかった強大な戦争兵器は無視できないものだ。だが惰性の十翼(ダクシオン)は訳が違う。神々に反旗を翻し、大戦以降、数多の執行者を屠ってきた。中には過去に魔王を討ち滅ぼした者も存在する。


 「ならば一度進軍を止めるべきか‥‥‥ですが貴方がいる以上、奴らも迂闊には手を出せないはずです」


 「買い被りすぎだ。我は当時の大騎士とヴォルカニス家の当主によって受けた傷が未だに響く。それに、奴らが我々の動きに反応を見せたとはまだ断言できない」


 老いた魔王は杖をつきゆっくりと腰を上げる。その姿は引退した老兵のように映った。


 「その気なら我々をいつでも殺せたはずだ。惰性の十翼(ダクシオン)に限らず、ラグゼントの王やサディスの女王を差し向ける時間は有り余っていた。だがそうはしなかった。あの怪物共は常に空を見ている」


 この魔王の言う通りだった。奴らは我々など眼中にないのだ。その視線は常に天上の神々へと向けられているのだ。


 「後三年も経たずして、神々の軍勢がこの地へと降り注ぎます。数や居場所が不明な執行者を全て始末できるとでも?」


 「あの大賢者が世界の禁忌に触れた。神々の領域に足を踏み入れたのだ」


 「‥‥‥」


 イシュガルの魔王は自身の弱さを痛感していた。あれから血と汗が滲む努力をし、父と姉の背中を追いかけ己を鍛え上げてきたが、それでもあの怪物達には及ばないのだ。


 「‥‥‥臆するなと言ったはずだ、グラジオン・ルーベリウスよ。己より遥かに強大な相手であろうと、魔王の名を冠するのなら虚勢を張ってでも堂々としろ。其方の父がそうしたように」


 老いた魔王は彼の肩を軽く叩き、体が水となってその場から姿を消した。グラジオンは自身の身に付けていたペンダントを強く握りしめた。

 

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