第七十一話:尽力
日は完全に沈んでおり、暗闇が辺り一帯を覆い尽くす。空には一切の雲がなく、月明かりが廃都市を照らし出す。満天の星空の下、二つの異なる勢力が睨み合う。
「‥‥‥提案なんだが、ここは互いに見なかったことにしねぇか?」
キブシルは、近年稀に見ないこの美しい夜空には一切意識が向かなかった。目の前に立っているのはゼルファリス連邦国の最高戦力。一瞬の隙が命取りになる。
よりによって惰性の十翼が出てくんのか、まだ守護者の方が百倍マシだったな。アニスって言ったか、聞いたことない名前だな。そもそも情報が少なすぎる。相手は一人‥‥‥だな、こっちはロベリアやガキ共もいるが、ここで一戦やり合えば国際問題になり兼ねねぇし、てか向こうもそれを理解してでの攻撃だよな。頼むから気まぐれとかはやめてくれよ。
「何故だ?」
「そりゃあ、互いに大きな責任を背負ってる立場だろ? この惨状も今回だけは目を瞑る。だから、引いてくれねぇか?」
キブシルは自身の感情を押し潰した。体の奥底から湧き上がる怒り、到底許すことのできないことだが、彼もまた一国の騎士長という立場にいる。伸し掛かる責任が彼の理性を保つ。
「ああ、そういうことか。安心したまえ。今の私はそう言った重苦しい役職を一時的に離れている」
チッ、余計に話がややこしくなったな。つまり、この女の行動はゼルファリスの国家方針とは何の関係もねぇってことか。じゃあ何のためにこんな廃都市にいる?
「‥‥‥で、答えは?」
「ふむ」
アニスは騎士長達の後ろにいるゼニウム達に視線を向ける。そして彼女は頭の中で今できる最善の行動を模索していた。来るべき日のために。
「本来の予定とは異なるが‥‥‥悪いが答えは、ノーだ」
「そうかよ、そんな気がしてたぜ‥‥‥!」
キブシルは二丁の銃を構え臨戦態勢を取る。
「お前達は船まで戻れ! ここは私達が引き受ける!」
ロベリアは後方の騎士達に命令を下すと、自身も弓を構える。ゼニウム達はその命令に迷いなく従った。自分達が足手纏いになるということを理解していたからだ。そして、騎士長達に絶対の信頼を置いていたからでもある。
「悪いけどリリア、我慢してくれ」
「う‥‥‥」
ゼニウムはリリアを抱き抱え、ニグラス達と共に駆け出す。アニスは騎士長達に目もくれず、走り出すその様子を眺めていた。
「よそ見してんじゃねぇよ! 銃術・穿鋼連弾!」
二丁の銃から撃ち出される魔力を纏った複数の弾丸。しかし、陸上戦艦の装甲すら撃ち抜くその弾丸はアニスに命中する直前、鋭い音ともに細い稲妻のような光を放ち、そのまま硬いアスファルトの地面へ力なく落下する。
「弓術・烈風矢」
ロベリアの弓から放たれた神速の矢は先程の弾丸よりも奥深くへと突き進んだが、それに比例して迸る稲妻も激しさを増し、そのまま弾き返される。その矢は硬い地面を転がり滑り、ロベリアの足元で完全に失速した。
騎士長二名の攻撃では、アニスの表情一つ変えることが出来なかった。キブシルとロベリアに緊張が走る。
「結界、いやスキルか?」
「無傷ってのは流石に傷つくぜ、これでも俺らは二千五百レベくらいはあるんだけどな」
あの馬鹿みたいな魔力に目を瞑れば、何処からどう見ても人間なんだがな。どんなに高くても人間の寿命なら三千レベが限界のはずだ。こっちの攻撃が効かない以上、タネを探すのも良いが‥‥‥いや、俺らに取っての勝利条件はガキ共が逃げ切るまでの時間稼ぎ、そして俺らも逃げ切ることだな。
「レベルは強さを表すものじゃない。個人が書き足してきた記録のようなものだ」
アニスは巨大な斧を軽々と回す。強大な魔力が彼女の腕を伝い、漆黒の斧へと流れていく。高密度の魔力が星のように輝きを増し、辺り一帯の魔力が鼓動するのを感じた。
「せっかくの良い機会だ。この時代の騎士がどれ程のものか、命を賭して語れ」
その瞬間、魔力の波が一気に加速する。
「来るぞ!」
大地が悲鳴を上げる。振り抜かれた巨斧は轟音と共に光の弧を描き、周囲の建造物群を一瞬で飲み込んだ。光の刃が掠めた風圧だけで頬が切れ、血が熱を帯びて流れる。一瞬の静寂の後、横一線に裂かれた建造物群の崩落音が廃都市に轟いた。
っつ!? なんつう間合いだよ‥‥‥!
キブシルは間一発で避けつつ照準を合わせ、引き金を引く。放たれた弾丸がアニスへと襲いかかるが、巨斧と弾丸が互いにぶつかり火花を散らす。彼女は銃弾を全て叩き落としつつ高速で間合いを詰め、キブシルの頭上から斬りかかる。彼は咄嗟に身を横へと投げ出しそれを回避する。
振り下ろされた漆黒の斧が地面へと触れた瞬間、轟音と共に大地に亀裂が走り、共に光の柱が空へ吹き上がったかと思うと、粒子となり離散する。その跡には巨大なクレーターだけが残っていた。
「ははっ、これは、マジでやばいな」
あまりにも規格外な攻撃に、キブシルは思わず笑ってしまった。




