第六十六話:魔物
一隻の陸上戦艦が荒地を走行している。甲板からは赤い炎が吹き出しており、黒い煙が視界を包み込む。空からは黒い翼を携えた無数の怪物が次々に戦艦に食らいつく。騒ぎを聞きつけたゼニウム達は、キブシルら騎士団の援護に回る。
「はぁはぁ‥‥‥数が多すぎだろ、キリがない!」
ゼニウムはリリアと互いに背中を預け合い、飛びかかってくる魔物を斬り捨てる。幸い一体一体の強さは大したことない。全速力で走行する戦艦と並走するようにどこまでも追ってくる。仮に一斉に飛びかかってでも来たら、いくらゼニウム達でさえ無傷では済まないだろう。だが、そうなることは無かった。
「こいつら、私の双剣に怯えてるみたい」
リリアが双剣を振るう動作を見せると、魔物達は飛び上がり距離を取ろうとする。
「そんなすごい剣向けられたら誰だってビビるでしょ」
前にも言ったがリリアの双剣は国宝級を魔力伝導率を誇る。刃に染み付いた魔力は非常に鋭く、この戦場で異色を放っていた。向かってくる敵を次々に斬り伏せ、その凄まじい剣技による風圧が黒い羽毛が舞い上がらせる。
「ニグラス達は‥‥‥」
「二人は階段のところにいるよ。ルビリスが外に出たくないからって船内からチクチク攻撃魔法撃ってる。ニグラスは引っ張り出そうとしてるけど無理っぽい」
狡い‥‥‥
ゼニウムは横目で二名の騎士長の姿を視界に入れる。普段は犬猿の仲のように気が合わないように見えたが、戦場では真逆だった。それぞれ銃と弓を使い、互いにカバーし合っている。ロベリアが身を低くすると、そのすぐ上をキブシルの銃弾が通り抜け、敵の眉間を撃ち抜く。それと同時にロベリアの放ったががキブシルの顔の真横を通って背後の敵を撃ち抜く。二人の動きはプロのダンサーのようで、そのギリギリの動きに一切の迷いは無かった。
次第に視界に映る魔物の数が減っていく。戦艦はスピードを落とすことなく走行し、空を覆い尽くす黒い怪物達を置き去りにしていく。
◇◇◇◇◇◇◇
「みんなお疲れ様! やっぱこの四人がいれば向かうとこ敵なしだね!」
魔物群れが消えた瞬間、ルビリスが満面の笑顔で階段を駆け上がってきた。
「何が四人だボケ、お前だけずっと芋ってただろうが」
ニグラスは彼女を睨みつける。他三人が甲板で戦う中、ルビリスはドアを開けて魔法を撃っては閉め、また開けて撃って閉めるとかいう害悪戦法を行っていたことが発覚した。もちろん本人に悪びれる様子は全くない。
「はぁ? 私は後衛職だから後ろで戦うのは当たり前でしょ。それとも何、まさかか弱い女の子に一番前に出ろって言ってるの? うわぁ、モテないよ〜そういう男」
いつもの挑発、わざとらしい演技がより一層彼の血液を逆流させる。
「廃都市一個吹き飛ばした奴がか弱いわけねぇだろ!」
ニグラスも負けじと言い返す。
「そもそも私はニグっち達みたいなゴリ、ひっ!?」
ルビリスは後方から殺意を感じた。冷たい空気が背中を通り抜けていくような感覚を覚える。リリアは笑顔だが目だけは笑ってなかった。以前もそうだったが、ゴリラという言葉は彼女にとって禁句らしい。
ふと後方から似通った喧騒が聞こえて来た。
「ロベリアテメェ、俺の自慢の髭に掠めやがったな。エラみてぇになってんじゃねぇか」
「ピチピチ喚くな、貴様が鈍いからだろう」
向こうもこちらと変わらず賑やかだ。周りの騎士達が止めようとしてるが全く意味を成していない。
だがこの穏やかな時間も束の間、ルビリスの表情が急に強張った。
「何かすごい速度で向かって来てる!」
戦艦の後方へと振り向くが、俺の目には霧が立ち込めていて何も見えない。実際、戦艦のレーダーもまだ反応がない。だがルビリスの魔力探知範囲が尋常ではないことは分かりきっていた。
ルビリスは騎士長達の元へ駆け寄る。
「ねぇサカナ髭リーマン! 何か凄いのが後ろから来てる!」
キブシルのヘイトが一瞬でルビリスに向いた。
「上手いこと言うじゃねぇか、外へ放り投げるぞチビ」
キブシルはルビリスの正面に立ち圧を加える。
「この戦艦に搭載されたレーダーの索敵範囲は半径五十キロだ。だが先程の鳥ども以外に大きな反応はないぞ」
ロベリアは周りの魔術師に視線を送る。だが誰もが首を横に振るだけだった。
「ロベリアの言う通りだ。遂に頭まで幼児化したか、適当な発言は控えろよ? 部隊を乱すのは重罪だぞ」
キブシル騎士長は全く信じていないようだった。それも無理はない。一般的な魔術師の索敵範囲は五キロ程だ。ルビリスも普段は三キロ程と言っていた。だがナグルヴェイン峡谷周辺では違う。本人曰く、この辺りの魔力が自分のものと酷似しているらしい。実際にそれを利用して廃都市を消しとばしたこともある。
「‥‥‥警戒するに越したことは無いだろう。情報が不足している今、信頼できる判断要素は自身の感だ」
ロベリアはルビリスの頭を撫で、他の騎士に指示を出す。
ロベリア騎士長とルビリスはいつからあんなに仲良くなったのだろうか。いつ日かを境に距離が近くなった気がする。元に今もキブシル騎士長から庇ったように見える。それとは反対に、キブシル騎士長との距離は遠のいていくばかりだ。いや、ある意味近づいているのか?
「上から来てる、あと三十秒くらいで追いつかれる!」
騎士達が対空砲を甲板へ引きずってくる。魔術師達も杖に魔力を込め始め、俺達も剣を抜いた。
最初は誰も相手にしていなかっただろう。だが、一秒、また一秒と時が進みにつれ緊張が現れ始める。手に汗が滲み、心拍数が上がっていった。
残り十秒。
「どうやら、こいつの言ってたことはマジみてぇだな」
二人の騎士長は銃と弓を空へと向けた。
残り三秒、二秒‥‥‥
突如この世のものとは思えない奇声が空から響き渡って来たと思うと、黒い大きな影が戦艦の上を通り過ぎる。黒い羽毛が舞い落ちるが、先程のものと比べて遥かに大きかった。船首に巨大な鳥が降り立つと、足場が一瞬傾く。それが羽を大きく広げると、まるで夜が訪れたような錯覚に陥る。それほどまでに巨大だった。
「デカすぎだろ‥‥‥」
金色輝く大きな瞳は、甲板でたじろぐ矮小な生物へと向けられた。




