第六十四話:出陣
〜同時刻〜
「‥‥‥照合中、ねぇ。なんだか胡散臭くなってきたな」
キブシルは通信機を手に取りそれを眺めている。前線部隊が奇襲攻撃を受け、通信機からは情報が嵐のように飛び交っている。
「最前線に展開していた艦隊が奇襲攻撃を受けたそうです」
「んなこたぁわかってるよサルヴィオ。だがお前も聞いただろ? 敵の正体がまだ分からねぇときた。ふざけてんのか、事前情報なしでこんな大艦隊出してんじゃねぇよ。公爵どもは何考えてんだ」
彼は軍艦の上で砲声のする方角を眺める。多くの戦場を経験してきたが、そのおかげか、キブシルは嫌な予感を感じ取っていた。
「‥‥‥ガキどもは?」
「元気ですよ。まるで遠足に行く子供です」
それを聞き、彼は大きなため息をつく。
「てか思ったんだが、なんでお前らはあいつらを自由にさせてんだ。甘くねぇか? 例年なら新米騎士はひたすら扱かれまくるだろ」
タバコに火をつけ白い煙を吐き出す。その煙は霧に紛れ、境界が一瞬で見えなくなる。
「実力はありますから。特にリリアはロベリア騎士長に勝ってますからね。誰も強く言えないんですよ」
サルヴィオが話し終えると、キブシルは火の消えたタバコを戦艦の外へと投げる。
「みっともねぇなぁ、騎士の名が泣くぜ。まあ確かに他のガキどももそうだが、特にリリアの強さは異常だ。あの歳でレベルが俺やロベリアと大差ねぇ」
「寿命が短い人間はどんなに才能があろうとレベルが三千を越すのが限界のはずなのですが」
「そうだな、だが稀にヴォルカニス公爵みてぇなバケモンが生まれる時もある。今思うと、アルヴェストのおっさんは何なんだ? 本当に人間だよな」
「噂によると五千を超えているようです。レベルが上がりやすいスキルでもあるのでしょうか」
ふと、軍艦の後方に影が映り、二人は視線を向けた。霧を突き破り、小型の高速船艦が土煙を上げながら側面へと飛び出してくる。
「‥‥‥ロベリアか」
◇◇◇◇◇◇◇
「随分とボロボロな船だな。捨て場所に困ってるのなら私の艦隊で処理しようか?」
ロベリアは軽く当たりを見回し、キブシルを見下すように声に圧を乗せて喋る。
「そりゃあロベリア侯爵様のピッカピカな大型戦艦には及びませんよ。で、土産話は?」
彼はロベリアがここに来た理由は聞かなかった。聞くまでも無かったのだ。多くの戦場を共に歩んだこの二人には、普段から罵り合う中だが口に出さずとも伝わることがある。
「報告の通りだ。アークシルヴァン公爵の艦隊が前線の援護に向かっている。てっきり砲声と共に突撃していると思っていたのだが、ここに来て怖気ついたか」
一言喋るたびに余計なものを付け加えるのやめましょうよ、と、サルヴィオが目で訴えたが、そもそも目線が合わなかった。
「突っ込めって何にだよ。ラグゼントの戦艦か? ゼルファリスの守護者か? 違うだろ。なら俺達が今相手にしてるのは何なんだ? 魔物の大量発生、って理由じゃ済まされねぇぞ」
ヴァルムント帝国で報道されている表向きの情報はナグルヴェイン峡谷における魔物の大量発生だ。だがその理由で国を一つ落としに行くような大艦隊が編成されるのは不自然であった。しかも騎士長という英雄的な立場にあるキブシルにさえ詳しい情報は伝わっていない。
ロベリアは軽くため息をつき、彼にただ一言。
「魔王」
沈黙がこの場を包む。キブシルは眉を顰め、サルヴィオは目を大きく見開いた。するとキブシルは大きなため息と共に自身の頭を掻き始める。
「はぁ、ガキどもが言ってたやつか。なるほどな、俺らが相手にしてんのは伝説そのもの。照合中、このふざけた連絡にも説明がつく」
キブシルは腰を落とししゃがみ込む。遠くでは今もなお砲声が鳴り響き、通信機は絶えることなく音を発し続ける。霧は濃度を増し、視界は悪化していく。
「前線部隊は、千年という長い時間によって忘れ去られた何かと戦っている。私が言えるのはこれだけだ」
ロベリアの言葉で全てを納得したわけではない。この大陸の地底に広がる大洞窟。あまりの巨大さに科学や魔法が進歩したこの時代でも、全体の五パーセントしか探索されていないと言われている。最深部には世界を覆すほどの遺物や生き残りの魔王、強大な龍王が眠っているなど、様々な憶測が飛び交っているが、それらは所詮御伽噺として処理されてきた。
「千年以上地下深くに引きこもってきた神話の魔物どもが、なぜ今になって一斉に地上へ出てきた?」
独り言のような問いかけに、ロベリアは答えなかった。一瞬の静寂が通り抜け、彼は腰を上げた。
「‥‥‥行くか」
キブシル・ヴォルツェン、疾風の子爵と謳われる騎士は、自身の優秀な部下、そして鋼鉄の戦艦に号令をかける。
「サルヴィオ、一番近いのは何処だ?」
「ドルメル男爵の艦隊です。<セクターC-3、局所座標H-14>にて未確認の魔物と現在交戦中」
「テルグラス焦土が近いな、丁度いい」
ロベリアは先程までの険しい表情ではなく、笑みを浮かべながらキブシルを見つめている。普段の彼が帰ってきたのだ。
「出撃だ、引きこもりの魔物どもに外の怖さを教えてやれ」
軍艦は雄叫びをあげ、一直線に霧を貫いていった。