第六十三話:開戦
「遅刻だ」
先程までの良い空気はあっという間に消え去り、肌寒い空気が体の隙間を通り抜ける。巨大な地下空間を掌握している陸上戦艦。騎士や運搬ロボットがコンテナを船の中へと積み入れ始めている。駆動音が反響する中、キブシルの声が四人に現実の空気を吹きかける。
「テメェら、今の状況が分かってんのか? ここまで公爵達が動くのはラグゼント王国とガチの戦争をした時以来だ。良いか? 騎士ってのはチームだ。誰かが腑抜けた達度をとったら一瞬で周りの意識が下がっちまう。遅刻なんてまさに代名詞みたいなもんだ。こういう時こそ仲間同士で声かけ合うべきなんじゃねぇのか」
騎士長の言葉にぐうの音もでなかった。ただし、一人の問題児を除いて。
「‥‥‥チッ」
「おい誰だ今舌打ちしたやつ、自分で言うのもあれだがおっさん結構良いこと言ったと思うんだがな」
ルビリスだ。彼女は腕を組み頬を膨らませながらそっぽを向いていた。その姿に反省の色どころか逆に反感の色を醸し出している。
「ていうかー、二、三分遅刻しただけで根に持ちすぎじゃない? 酒飲みすぎてカルシウム足りてないんじゃないの? いるよね、そうやって自分のストレスを部下にぶつけるおっさん、あ、待ってもしかしてこれってパワハラ? あー最低! 人でなし! セクハラ! ほら早く慰謝料出して!」
彼女の言葉は何もかも破綻しており、この場にいる全員が唖然とした表情を浮かべていた。
「お前、以前から感じてたがマジモンのクソ野郎だな」
普段ルビリスと言い争っているキブシルも流石に呆れていた。
「ごめんなさいキブシル騎士長、俺達から色々言っとくんでとりあえず船に荷物上げしましょう」
ゼニウムは二人の間に入り仲裁する。ルビリスはニグラスに取り押さえられながらもキブシル騎士長を威嚇している。
「荷物を上げるのはいいが、お前は先にズボンのチャックを上げとけ」
「へ?」
騎士長の去り際のセリフで俺は視点を下ろす。
「うおぁ!」
急いでチャックを上げると、身体中から熱が噴き出す感覚を覚える。ゼニウムは後ろのニグラスを睨みつける。
「気づいてたなら言えよ‥‥‥」
◇◇◇◇◇◇◇
<<LOCATION:ナグルヴェイン峡谷近郊>>
<<WEATHER:霧>>
白い霧が立ち込め視界を遮り、数百メートル先は視認すらできない。その白いカーテンを身に帯びながら艦隊が前進している。地面には陸上戦艦や戦車、装甲車が列を成し、濁った空には巨大な飛空戦艦が沈黙し、その周りをドローンが徘徊している。
「霧なんて珍しいわね」
ヴァルムント帝国最大の飛空戦艦、その船首に大きな人影が映る。
「既にアルヴェスト伯爵の艦隊は<セクターD-7・局所座標B-04>に展開しています。ヴォルカニス公爵」
カーネシア・ヴォルカニス、帝国最大の戦力を保持する大公爵は高揚していた。腰に下げた剣に腕を掛け、時計の秒針が刻むように指で柄頭を叩き、艦砲の音が聞こえるの今は今かと待ち続けている。
「ロベリアちゃん、何故エルフやドワーフと比べて寿命も短く、個々のレベルも低い人間という種族が世界最大の大国を築いているか分かるかしら」
「数です。長命種とは異なり繁殖力が非常に高く、一度の戦場に投入できる兵器の数も他国とは一線を画します」
ロベリアは公爵の大きな背中をただ見つめ続けている。上空では冷たい風が勢いよく吹き抜け、マントが水平に背筋を伸ばす。
「陸上戦艦が百三隻、飛空戦艦が七十四隻、総勢百十万の兵士、そしてそれらを率いる騎士長が九名、公爵が五名、こんなに賑やかなのは本当に久しぶりだわ。そして、この軍勢に相対するのは伝説そのもの」
「魔王‥‥‥ですか。私の知る御伽噺では、魔王は当時の勇者パーティーや大騎士達が全て滅ぼしたと聞き及んでいますが」
「それは御伽噺であって史実ではないわ。仮に史実であっても時間と共に尾ひれを増していくものよ」
「‥‥‥では史実をご存知なのですか?」
ロベリアが好奇心から問いを投げかけた瞬間、遥か遠くから一つの迫撃音が聞こえてきた。するとその音はまるで誘発するかのように、一つ、また一つと数と頻度を増していく。彼女の通信機が情報を伝える。
『各艦隊に伝達! アルヴェスト伯爵、バルフォード伯爵、カールステイン子爵、ドルメル男爵の艦隊が奇襲攻撃を受けました! 敵の正体についてはまだ照合中です!』
艦内に緊張が増す。騎士達が慌ただしく動き始め、空気の流れが変わる。
「公爵‥‥‥っつ!?」
ロベリアは、船首に立つ男に怯んだ。先程までの穏やかだった魔力がまるで獣のように荒れ狂い、一歩一歩階段を降っていた。騎士長すら凌ぐと謳われるその大公爵は瞳孔が完全に開いており、そして笑っていた。その笑顔は優しいとは程遠いものだ。
「バルフォードに戦線を維持するよう指示しなさい。鉄壁の伯爵と言われる騎士長の彼なら問題ないでしょう。アルヴェスト伯爵にはそのまま前進させ、アークシルヴァン公爵にカールステインとドルメルの援護に向かうよう伝えて」
恐ろしく的確かつ正確な指示を受け、ロベリアの体が目覚めたように動き出す。
「りょ、了解しました。私も自分の船に戻り艦隊を指揮します」
「いや、貴方はキブシルちゃんの軍艦に向かいなさい。彼の綱を上手く握れるのは貴方だけよ」
少し驚きつつも、ロベリアは一礼すると人混みの中へと走っていく。
「‥‥‥史実ね、そんなのその時代を生きた人にしか分からないわ。それこそ、大英雄でもないとね」
大公爵は戦場へと視野を向けた。




