第六十二話:気遣い
<<LOCATION:ヴァルムント帝国-城塞都市ガルツェン>>
<<WEATHER:快晴>>
『現在ヴァルムント帝国には非常事態宣言が発令されています。ナグルヴェイン峡谷での魔物の大量発生により城塞都市ガルツェンには国中から次々と艦隊が到着し、ヴォルカニス公爵、アークシルヴァン公爵、ファル‥‥‥』
小さな個室の中でテレビだけが音を発している。チャンネルを変えても同じニュースばかりであり、世間の目は今を見つめている。ゼニウムはベッドに腰をかけ、テレビを呆然と眺めている。それはまるで抜け殻のようであった。
ベルトリオンでの出来事から一週間と二日が経った。俺とニグラスは毒で瀕死の重体だったが、後から駆けつけたルビリスが急いで解毒の魔法を使ってくれたおかげで何とか命を繋ぐことができた。俺達が目覚めた時はすでにガルツェンに戻ってきており、後にサルヴィオさんから色々教えてもらった。
死者は騎士二十八名、エミリーの部下と思われる容疑者十八名の計四十六名だ。その中にはルディア騎士長も含まれる。黒幕であるエミリーは噴水広場で発見された。左胸には風穴が空いており発見時には既に死亡していたらしい。
現役の騎士長が死亡するのは数十年前のラグゼント王国との戦争以来であり、当時は大ニュースになったらしい。騎士長というものはこの国における英雄であり象徴でもある。死者には、その人に対する相応しい追悼があって然るべきだ。騎士長ともなれば尚更だ。
だが実際はどうだ? ベルトリオンでのニュースは一切報道されなかった。そして、人形にされた子供達は制御が効かず、治療方法もわからないため処分された。実際の死者は百を優に越すだろう。
「お前の気持ちも分かる。だが、ただでさえ世界情勢が荒れてんのにそこに騎士長が死んだってことを報道しちまったら国中が大パニックになる」
ニグラスは俺の肩の軽く叩くと、制服に着替え始める。
ゼニウムはもどかしさを感じていた。まるで胸の中で何かが渦を巻いているかのような不快感があった。
国の為に命をかけてきた真の騎士が、こんな報いを受けるなんて‥‥‥
チーン
突如部屋のベルが鳴った。それから聞き馴染みのある声が聞こえてくる。
『おはー! 二人とも起きてるー? 入っていい?』
「ちょっと待て、今着替え中だ」
『オッケーじゃあ入るね!』
「おい、待てって言ってんだろ!」
ニグラスの抵抗は虚しく、ドアのロックが何故か勝手に解除され見知った人物が部屋へと突入してくる。
「おはー二人とも! って、キャアア! ニグっちのエッチー!」
「こっちのセリフだボケ!」
ルビリスは両手で顔を覆うも、思いっきり指の隙間からニグラスをガン見している。暗く湿った部屋の空気が一気に外へと流れ出した気がした。
「もうすぐ集合の時間だよ。キブシル騎士長の陸上戦艦がもう既に停泊してるって」
少し遅れてリリアも部屋の中へと入ってくる。そしてゼニウムの横へと腰を掛けた。リリアは何も言わずに彼の横顔を見つめている。憂鬱、絶望、虚無、様々な感情が彼を満たしていることは一目で理解していた。
ふと、ゼニウムは頭頂部に柔らかい感触を覚えた。優しく、温かいそれは、彼に一筋の光を与えた。
「‥‥‥リリア?」
視線を向けると、リリアの掌が俺の頭を軽く摩っていた。
「ルビリスが言ってたんだけど、辛い時にこうやって頭を撫でられると気持ちが楽になるんだってさ」
ニグラスとルビリスの方を何度も確認しながら、少し照れ臭そうに小声で喋る。向こうの二人は未だに何かで言い争っている。
「よ、よしよーし、もう、大丈夫だから、ね? これで合ってるのかな‥‥‥」
不慣れながらもリリアは手を左右に動かす。その間目が合うことはなく、彼女の視線はゼニウムの頭に向けられていた。
「ハハ、何だよそれ、もうそんなことされる歳じゃないよ」
これは無意識に彼の口から発せられた。
「あ、笑った」
その一言がゼニウムを我に帰させた。先程まで彼を満たしていた負の感情はいつの間にか消え去っており、代わりに残ったのは懐かしい感覚だった。
「ふふ、やっぱりゼニウムは普段の笑顔で元気な所がかっこいいよ」
「へ?」
と言うと、リリアは立ち上がりそそくさと二人の方へ向かった。ゼニウムの心臓が一瞬大きく鼓動し、体の体温が上がっていくのを感じた。
「っておい、ゼニウム、お前も早く着替えろ、間に合わねぇぞ」
ニグラスの声で体が勢いよく跳ねる。
「ご、ごめん、すぐ着替える!」
クローゼットを開き、制服に着替え、靴を履き、立て掛けられている剣を手に取る。そして三人の方へ振り向くと、皆んなニヤニヤしながらこっちを見ていた。
「な、何だよ、皆んなしてこっち向いて」
「いや? 別に何でもねぇぜ?」
ニグラスが悪意たっぷりの笑顔で視線を逸らす。
こいつ、やっぱルビリスに似てきてないか?
ニグラスは俺の肩へ腕を掛け、声を上げる。
「やっぱこの四人じゃねぇとな! よし、じゃあ行くか!」
「「「おー!」」」
四人は部屋の外へと勢いよく飛び出した。




