第五十九話:導火線
異なる正義を掲げた二人の騎士の戦いが幕を閉じた。だがその遥か下層、燃え上がる舞台はまだ終幕を迎えてはいない。金属同士の衝突が火花を放ち、空間全体の温度が上昇していく。
「おや、マグレッドが死にましたか」
エミリーはどこか遠くへと視線を向けた。薄汚れた壁に囲まれた地下空間において、外の様子を確認する術はない。だが彼女の目にはまるで全てが映っているようだった。
「余所見とは感心しないな」
ルディアは大剣を振るうが、エミリーは見向きもせずそれを受け流す。そして目の前の主役へと視線を戻した。
「彼は自身の娘のために最後まで戦い続けました、ですが後一歩及ばなかったようですね」
仕込み杖から銀色の刃を突き出す。空気が撃ち抜かれ、そのままルディアの首元まで接近するが、剣の柄で払う。
「娘を人質に取ったのか、下衆が」
柄を強く握りしめ、払い際に大剣を振るうが、エミリーは姿勢を低くし軽く躱す。その動作はまるでパレードの音楽に合わせ踊っているかように見えた。彼女の中で今行われているのは、命を賭けた殺し合いではなく、舞台の一幕にに過ぎない。
「心外ですね。私は自らのスキルで娘さんの延命をしてあげていただけですよ。にしても、ふふ」
表情は変わらない。この狂演が終わるまで、エミリーの顔から笑顔が消えることはない。
「‥‥‥何がおかしい?」
ルディアは剣に魔力を込め、強力な一撃を放とうとするが、エミリーは磔にされている騎士の背後へと身を寄せる。
「チッ」
振り払おうとする手を自ら静止させ、魔力を解いた。磔台に少しでも魔力が触れれば、瞬く間に炎上し、磔にされている自身の部下が灰塵に帰すだろう。先程の光景が騎士長であるルディアを鈍らせる。彼女はどんな状況でも多くの命を優先する。
だが相手にとってはそれは大きな隙でしかなかった。
「結局彼は最後まで哀れな道化を演じきった。ということですよルディア騎士長」
突如磔にされている騎士の腹部から何かが突き破ってくる。赤い血を纏った刃がルディアに襲いかかる。
「っ!」
それは彼女の左腕を易々と貫通する。その瞬間、貫かれた腕から何かが広がっていく感覚を覚えた。即座にその場を離れ自らの腕を斬り落とした。
腹部を貫かれた騎士が悲鳴を上げ、腕を斬り落とした騎士長は傷口を燃やし、神々の執行者は笑みを浮かべる。
「余所見とは感心しませんね〜、貴方が先程私に言ったことですよ。ですが、腕を切り落としたのはいい判断ですね」
エミリーは刃を引き抜き、止血しているルディアを見下す。
「毒か‥‥‥」
「ほらほら、休んでいる暇はないですよ。まだまだショーは始まったばかりですから」
彼女は傍の騎士の足に何度も刃を刺す。騎士の悲鳴と共に刃を抜くたびに血が飛び散る。黒いスーツやシルクハット、顔にもそれが飛び付くが気にも留めない。頬に付いた血を指でなぞり、そのまま口へと指を運ぶ。舌を出し、血の付いた指をそこで拭き取るように動かす。
ルディアの中で怒りの炎が巻き上げ、それが動力源となり彼女の体を前へと進めた。
「貴様ぁ!」
凄まじい速度でエミリーへと斬りかかる。だが彼女は表情ひとつ変えない
その時、エミリーは騎士の足ごと磔台を斬り落とす。そして、その刃には魔力が纏っていた。瞬く間に燃え上がり、ルディアの方へと倒れ始める。
「うわあぁぁぁあ熱いぃぃぃ!!!」
悲鳴が彼女の足を止めた。それを逃さずエミリーはルディアの傍を一瞬で駆け抜ける。
「ぐっ!」
悲鳴は炎と共に消えていく。彼女の脇腹から血が噴き出し、そのまま片膝を床へと落とす。血が滲み出し、服が赤く染め上がっていく。エミリーは振り返らず、そのまま剣を軽く振るい血を払うと鞘へと刃をしまう。シルクハットの唾を少し上げ、何もない天井を見上げた。
「後三年‥‥‥長いようであっという間ですね。まあ私は新米なのでそんな何百年も生きていませんが」
感傷に浸っているかのように、声が少し穏やかになる。
「先日、ラグゼント王国が正式にケルセナ神聖国へと宣戦布告を行い、ケルセナ神聖国はそれと同時にラグゼント王国とゼルファリス連邦国の両国に対し宣戦布告をしました。小国が大国二つを同時に相手するなど前代未聞ですね。ゼルファリス連邦国の堕性の十翼が守護者を国境へと配備し、いつ火蓋が切られてもおかしくない状況です」
一息つくとエミリーは脇腹を抱えるルディアへと振り返る。ルディアは彼女を睨みつけるが動こうとはしなかった。いや、動けなかった。
話は続く。
「この国も例外ではありません。地下の大洞窟に潜んでいた魔王達が遂に動き始めました。ナグルヴェイン峡谷の異変に気づいた公爵達が城塞都市ガルツェンに兵を集結させています。オルドニア王国も再軍備を始めました。サディス共和国に動きがないのが少し違和感ですが、まあ時間の問題でしょう」
一歩一歩ルディアの元へと足を進め、高らかに声を上げる。
「ようやく始まるのですよ! 余興に相応しい大きな戦争が!」




