第五十一話:地下闘技場③
歓声が上がると共に血飛沫が飛び散る。
リングの中央では、生きるために抗う騎士達が強大な魔物に足を食いちぎられ、内臓を撒き散らかされ、悲痛な悲鳴を発している。
それはこの会場を沸き立たせる動力源のように、周囲の観客の内側に火を灯す。
「俺の足があああ! は、放せぇ!」
「うわあああ! 助けてくれえぇぇぇ!」
「くそ、二人やられた!」
「負傷者を壁側へ! 一ヶ所へ固まって陣形を立て直せ!」
騎士の剣は鋼鉄のような体毛に阻まれ刃こぼれしており、飢えた五匹の獣が死体を貪りながら次の餌へと狙いをつけ距離を縮める。
「ふふ、ようやく折り返しだというのにもう半数が餌になりましたか、おそらくこれでフィナーレですね」
と、呟くと、エミリーは観客席へと目を向ける。
「これでも動かないのですか、随分と真っ直ぐな心をお持ちのようですね、貴方なら彼らを助け出すことができるでしょう、ですがそうはならない、すでに運命は決まっていますから」
ゼニウム、リリア、ルディアの三人はその光景をただ傍観していた、騎士というのは時に厳しい判断を強いられるものだ、全員助ける、そんな綺麗事は絵本の中にだけ存在するものであり、本当の強者は大義のためなら少数を切り捨てる覚悟を持っている、だが、少なくとも二人は違う。
「ルディア騎士長! もう、このままじゃ‥‥‥」
リリアの顔は中央で生にしがみつく騎士達と同じ表情を浮かべていた、彼らの苦痛は彼女の心へと乗り移っていく。
「何故ですか! 手の届く距離にいるんです! 助けられるんですよ!?」
亡き母親との約束、ゼニウムは彼らを救うことに使命を感じている、本来なら今すぐにでも飛び出してるところだが彼はそうはしなかった、騎士長である彼女が許可しなかったためである。
「‥‥‥守るべきものを間違えるな」
ルディア騎士長は今もなお現実を目に焼き付けている。
「この観衆共が誰なのかお前の目に映っているだろう、我々が守るべきものは今目に映っている者だけではない、より多くの者が未来にいるのだ、よく考えろ、ここで剣を振るうのは自殺行為だ」
この間にも一人、また一人と声が失われて行く、中央は肉と血の海と化し、最後の一人が壁の隅に横たわっている、片足はすでに失われており、剣を振るう力も残されていないのは見てとれた。
騎士の意識はすでに朦朧としており、視線は宙を泳いでいる。
獣の一体が赤黒く汚れた口を大きく開く。
その時、ルディアの視線と騎士のそれが交差した。
食われる直前、ルディアは彼の最後の笑顔と手の動作を見逃さなかった。
拍手喝采が終幕を伝える。
ある者は楽しみ、ある者は悲しみ、ある者は口を閉ざす。
ルディアの唇からは涙のように一雫の血が流れていた。
◇◇◇◇◇◇◇
水面下で悲劇が引き起こされている中、地上は変わらず賑わっている、ギャンブルに身を捧げる者や酒と女に酔いしれる者、そして、来訪者を待つ者。
「おぁ? ありゃぁとんでもねぇ上物じゃねぇか、へへ、一人のようだしこっちの席にお呼びしてやるか」
「やめとけ、あの足元に転がってる奴らが見えねぇのか?」
この都市における酒場はギャンブルに負けた者たちの集いの場所でもある。
皆裕福な暮らしをしている者だが、この場での彼らにそのような品なんてものはない、酒で傷口を洗い流しているだけだ。
「‥‥‥死んでんのか?」
「意識はある、が、体が動かないらしい」
だがこの場所には似ても似つかない女性がカウンターに座っている。
黒いドレスが金色の髪を夜空の星のように際立たせる。
その姿に店にいる者たちの意識は釘付けになっていた。
「〜〜♪」
鼻歌を歌いながら小さなグラスを傾けて、中に入っている液体を弄んでいる。
そのすぐ側には、二振りの剣を両腰に掛けた白髪の女性が立っている、その鋭い赤い瞳は常に目の前の人物へと向けられていた。
「ほら、私の隣が空いているぞ」
「結構です」
吸血鬼は席に腰を掛ける女性の気遣いを一刀両断する。
「そうか、マスター、このツンツンした可愛い子にオススメのを一杯、私の奢りで」
「いらないです」
店主の老人は、酒瓶を両手で握ったまま困ったように二人の顔を交互に見やる。
「ふぅ、一度こう言うことを言ってみたかったのさ」
金髪の女性は手に持ったグラスをようやく口へと運ぶ。
「ふざけないでください」
赤い視線が一層鋭くなる。
「良いじゃないか、結局我々はお役目無しになったんだ、ならせめて今という時間を楽しもうじゃないか」
手に持っていたグラスを差し出す。
「いらないですって、私がお酒弱いの知っているでしょう? ‥‥‥飲み比べをしたいのなら彼女とやってください」
「お、ようやくおでましか」
入り口の木製の扉が静かに開かれる、フードに身を包んだ人物はゆっくりとカウンターの方へ足を進める。
中は沈黙に包まれていた、ドアの軋む音、彼女の軽い足音がここにいる全員の耳に鮮明に響いた。
「久しぶりだなガーベル、こうして面と向かって会話をするのはいつ振りだ?」
椅子の向きを変え、フードの中を覗き込むように見つめる。
「アニス、我々は貴様のせいでより極地へと立たされている、千年という歳月をかけても万全とは言えない、私にとって『備え』というものは大きな事象を防ぐための障壁ではなく、分散させるための言わば通路のようだ」
「おいおい、旧友に対して最初に投げかける言葉がそれか? はぁ、傷ついてしまったな、こう見えて私は結構繊細なんだぞ?」
「あぁ知っている」
「‥‥‥」
沈黙が訪れる、金髪の女性は再びカウンターへ向きを変え、グラスの中の残りを飲み干す。
「ガーベルさん、後はよろしくお願いします、我々では被害が大きすぎるので」
白髪の吸血鬼は軽く頭を下げる。
フードの女性は背を向けて来た道を戻る、足音が再び響き渡るが扉の前で突如止んだ。
背を向けたまま、席に座る女性に向けてまるで独り言のように口を開く。
「‥‥‥これは先程入った情報だが、貴様の娘がこの都市に来ているようだ」




