第五十話:地下闘技場②
ルディア騎士長の足の揺れが激しくなる。
地下闘技場、その中央に佇むボロボロの人々は、予め潜入させていた先遣隊の騎士達だった。
「十三‥‥‥半数は捕まったのか」
三人はこれから残酷な何かが行われることを察していた。
「さあ皆様、ここで今回のギャンブルの仕様についてご説明したいと思います!」
エミリーは愉快な表情でマイクに向かって話し続ける。
「今から彼らには、オルフェウスの虚宮で捕獲した魔物達と自らの生存を賭けて戦って頂きます、今回は五種類、計三十六体の魔物を用意いたしました、ルールは至ってシンプルです、彼らが魔物達と五回の連戦をし、何回戦目で何人生き残るかを当ててもらいます、もちろん後ろに行けば行くほど魔物達も強くなり、そしてより賭け金還元の倍率も高くなります」
「茶番だ‥‥‥」
ルディア騎士長は小さく呟く、俺達にはその声の裏に大きな怒りを感じとれた。
◇◇◇◇◇◇◇
「さあ準備はよろしいでしょうか」
闘技場に立つ騎士達に剣が入った袋が投げ入れられる。
「‥‥‥大丈夫でしょうか」
リリアは闘技場中央を少し怯えた様子で見下ろす。
「バル=ゼノ砂漠国境に配備された騎士達は他国の軍ではなく魔物を相手にするのがほとんどだ、そして私が直々に指導した騎士達た、きっと大丈夫なはずだ」
ルディア騎士長は堂々と腕を組み座っているが、会話をしている間も決して中央の騎士達から視線を逸らさなかった。
「ではショーを始めましょう!」
エミリーが指を鳴らすと同時に鉄製の扉が開かれる、複数の獣のような声が響き始め、何かが駆けて来る足音が聞こえて来る。
そして、鉄の扉の中から獰猛な獣達が姿を現す。
「最初の魔物は涙を喰らう者です! 全身が粘膜のような皮膚で覆われた獣型の魔物でその数は十体」
魔物の入場とともに会場が沸き立つ。
涙を喰らう者、以前俺達がナグルヴェイン峡谷で遭遇した魔物だ。
「隊列を組め!」
一人の騎士の掛け声と共に、騎士達は一瞬で隊列を作る。
飢えた獣達は一斉に襲いかかるが、騎士達は連携の取れた動きで各個撃破していく。
「すごい‥‥‥!」
その光景に俺は思わず声が出た。
「当然だ、あれくらいで苦戦しているようでは話にならない」
拍手と歓声が巻き起こる。
「あっという間でしたね、流石は現役の騎士達と言ったところでしょうか」
エミリーは少し不機嫌そうな表情を浮かべていた。
「ですがまだ始まったばかり」
指を鳴らすと再び扉が開かれる。
「休む時間はありませんよ! 次の魔物はこちらです!」
扉の奥から金属の軋む音が聞こえて来る、照明に照らされたそれらは先程の獣達とは違い二足歩行だった。
「魔物達の次方を務めるのは十体の朽ち果てぬ死者!」
半分が白骨、半分が腐った肉で構成された魔物だ、生前の生き物がゾンビ化したものだが、そのゾンビ達は腐食した鉄の鎧を身につけ、錆びた剣を握っている。
「まさか‥‥‥」
「お察しの方も多いでしょう、この魔物達は生前、彼らと同じ騎士でした、そして生前の技術はそのままです!」
会場が熱気を纏う。
「悪趣味な‥‥‥! 騎士達への冒涜だ‥‥‥!」
ルディア騎士長は組んだ自分の腕を強く握りしめる。
中央に立つ騎士達にも動揺が見られた。
「おい、嘘だろ」
「まじかよ‥‥‥」
「落ち着け! こちらの方が数が多い、十名で各個足止めし、残りの三名で挟撃しろ!」
騎士達は陣形を立て直す。
屍兵達は狂ったように突撃する。
十名の騎士達がそれに応戦し、残りの三名はその隙に後方へ回る。
先程の獣とは違い、まるで対人戦を見ているようだった。
後方へ回った騎士達が背後から魔物の頭を切り落とす。
作戦は上手く行っている、少なくとも俺とリリアはそう見えた、だが、
「ぐああああ!」
一人の騎士が悲鳴が響くが、それに共鳴するかのように歓声が上がる。
騎士の一人が足止めし切れず魔物の斬撃を身に受ける。
リリアは思わず顔を手で覆い、俺は少し身を乗り出した。
その恐怖はまるで呪いのように連鎖した、悲鳴に反応し隙を見せた騎士達にも刃が襲いかかる。
「うわあ!」
「くっ!」
手の空いた騎士達がすぐに援護へと向かい、残りの魔物を制圧する。
「腕があぁぁ、痛ぇよぉ‥‥‥!」
「一名軽傷、二名重症です!」
「止血だけしろ! 残りはまだ使えそうな装備を魔物から剥ぎ取れ! すぐに次が来るぞ!」
騎士達は休むことなく動き続ける、事態が切迫していき緊張が走っている、だがそれを囲う観客席では真逆だ、ここ一番の盛り上がるを見せている。
何なんだこれは‥‥‥?
俺はその光景に吐き気がした、中央では生死を彷徨う騎士達、その周りには騎士に守られてきた貴族達がその光景を見て歓喜に満ちているのだ、吐き気の正体はこの矛盾だった。
「守るべきものを間違えるな」
右から声が聞こえた、ルディア騎士長は右往左往する騎士達のことを見下ろしている。
「騎士長! このままだとあの人達が!」
小声でリリアは進言をする、次の試合で必ず死者が出るのは誰にでも明白だった。
「助けに行きましょう! このままあの人達が死ぬところなんて見てられません!」
「‥‥‥ダメだ」
「何でですか!」
「以前にも言ったが今回の任務は奴を我々の土俵に引き出すための情報収集だ、戦闘ではない、もしここで飛び出したとしても今は何の備えもない、あいつらを全員助け出すことはできないし、最悪の場合全滅する」
ルディア騎士長は腕を組んだまま微動だにせず口だけを動かしている。
「見殺しにしろってことですか! 貴方の大切な部下でしょう!?」
「‥‥‥エミリー・パーカーの拿捕、もしくは殺害、それが最優先事項だ」
「あぁ良いですね〜、ようやく面白くなってきましたよ、さあルディア・ガルハート騎士長、貴方の中で私の命が乗った天秤が傾くにはどのくらい犠牲が必要なのでしょうか」
エミリーは遠くの彼女へと微笑みかける。