第四十一話:礼儀
「‥‥‥てことがあったの」
賭博エリアからホテルに戻ってみると、不機嫌そうなリリアが先に帰ってきていた。
大きなソファーの上でうつ伏せになり、足をバタバタと交互に動かしている。
結果からいうと、俺は金貨三十七枚、ニグラスは四十四枚、リリアはゼロ、ルビリスは何故か五枚だ、本人が言うには、自分の可愛さのおかげで通りすがりの金ピカのおじさん達がくれたらしい。
「リリアの六百枚を失ったのはでかいな、だがやろうと思えば一日でそんくらい稼げるってことだ」
「そもそも一ヶ月滞在予定だし、まだまだいくらでも取り返せるよリリア」
リリアはソファーのクッションに顔を埋め、大きなため息をついた、よっぽど悔しかったのだろう。
「ねぇねぇ見て見て、この大きなテレビでゲームできるじゃん! 皆んなでやろうよ!」
空気を読まないルビリスの発言、だけど今この空間では、そのルビリスらしい発言が場を和ませる。
リリアはソファーから起き上がり、テレビの前に腰を下ろした。
「はぁ、やるからには手加減しないからね」
リリアの顔に笑顔が戻ってきた。
◇◇◇◇◇◇◇
ホテルのエントランスは、各地から訪れた商人、将校、若手貴族などで溢れかえっている、観光やコネづくり、大きいものだと政治的な取引など思惑は様々で、常に人々の声で賑わっていた。
ホテルの入り口の自動ドアが開き、一人の騎士が足を踏み入れる。
入り口近くに居座っていた一人の詩人が手を止める、エントランスのソファーで喋っていた老夫婦が会話をやめた。
赤い髪の騎士が受付へ足を運ぶと共に、連鎖する様に、まるで時間が止まっていくかの様に人々の声が次第に小さくなる、受付に並んでいた人々が無意識に道を開けた、受付嬢の額から汗が垂れ落ちる。
だが勇気を振り絞り、普段通りの職務を全うする。
「よ、ようこそお越しくださいました、ルディア・ガルハート騎士長、い、いえ男爵様‥‥‥」
目の前の大柄の女性はこの受付嬢を見下ろす、ヴァルムント帝国を支える十二人の騎士長の一人、大剣を振るうその勇猛果敢な騎士の姿を知らぬ者この国にはいない。
「ヴォルカニス公爵家の御一行様がこのホテルに滞在なさっていると聞いた、騎士長として是非ともお目通り願いたい」
「こ、こちらお部屋です」
ホテルのオーナーに連れられ、最上階にたどり着く。
「公爵様ご本人がいらっしゃるとは聞いていない、御子息様だろうか」
この都市の治安維持を任されている者として、公爵家の方へのご挨拶が遅れてしまったのは私の失態だ、ましてや大公爵だ、気品や智略、武力など他の貴族とは比べ物にならない、これ以上ご無礼のないようしなくては。
騎士は扉を三回ノックする、扉が開かれるまでのごく僅かな時間に身だしなみをもう一度チェックした。
だが中から反応がない。
「今はご不在か?」
「い、いえ、先程お帰りになさいましたが」
騎士は待ちきれず扉に手を掛けると、鍵が掛かっていないことに気づいた。
中で何かがあったのか‥‥‥!?
そのまま扉を勢いよく開き、中へ片足を踏み入れた。
「失礼します! ルディア・ガルハートと申します! この度はご挨拶が遅れ‥‥‥」
「アイスボール!」
「死ねぇぇぇええええ!!!」
「やった、一位だ」
「あっれれー? ゼニーもしかして最下位? あれだけ得意とか言ってたのに〜? プププ、ざっこ〜、センスないんじゃないの〜? もう一回三輪車からやり直したら?」
「ゲームに何輪とか関係ねぇだろうが! てかこのゲーム四輪の車しかねぇよ!」
「おい、コントローラー投げんな、さっき二台壊したばっかだろうが、ん?」
目が合う寸前に勢いよくドアを閉めた。
完全防音のため、先程のやかましい叫び声が嘘のように消え去る。
「‥‥‥部屋を間違えたようだ」
騎士はオーナーを睨みつけるが、オーナーは怯えながらも何度も首を横に振った。
疑いながらも再び扉を開ける。
「うわぁ!」
すると、ドアに寄っかかっていた四人がバランスを崩して重なるように倒れ込む。
「リ、リリア、お、重い‥‥‥」
「お、重くないよ! ちゃんとダイエットしてるから!」
騎士は、布団のように積み重なった四人を見下ろし、状況を掴めずにいた。
「な、何だ貴様らは‥‥‥」
◇◇◇◇◇◇◇
「はぁ、そういうことか、焦って損したな」
俺たち四人はガルツェンでの出来事を全て話し、誤解を解くことに成功した、かなり正義感が強いのか頭が硬いのかは知らないが、ホテルのオーナーが仲介をしてくれなければあの大剣で真っ二つにされていた気がする。
オーナーさん、何から何までありがとう!
「だが仮にもヴォルカニス公爵家の名でこのホテルに滞在するのだから、それ相応の態度や気品というものがあるだろう、最初の貴様らは野獣に見えたぞ?」
ど正論だ、何の反論もできない。
「にしても何で騎士長がここに? バル=ゼノ砂漠の国境警備をしてるってテレビとかで聞くんですが」
リリアがルディア騎士長に問いかける。
「レグナス公爵の命令だ、この金と娯楽の街ベルトリオンは、表向きはまるで楽園のような都市だが、最も犯罪率が高い都市でもある、裏ではマフィアをはじめとする薬の密売や人身売買、殺人も後を立たない」
淡々と語り始める、今のところは特に騎士長が派遣されるほどの理由となるもはないが、
「そしてここからが本題なんだが、子供の行方不明者の数が近年どんどん増しており、中には貴族の子達も含まれている、故に事態を重く捉えた公爵が私を国境から引き寄せたのだ」
ルディア騎士長は拳を握りしめ、顔が険しくなる。
子供達のことがよほど大切なのだろう、どこか、あの時の先生達と姿が重なるように見える。
「子供の誘拐‥‥‥あ! 犯人はきっとロリコンなんだよ!」
お菓子をボリボリと食べながらルビリスは高らかに宣言する。
「その可能性ももちろんある! そしてその美味しそうなお菓子私にもくれないか?」
ノリが良いのか、優しいのか、実はアホなのか。
「いいよ」
「感謝する!」
赤い髪で背が高く、鎧越しだからあまりわからないが筋肉もありそうでいかにも武闘派って感じだが、甘いものが好きとは意外だった。
「まあそういうことだ、そこのお菓子をくれたお嬢ちゃんみたいな子供は悪い大人に攫われてしまうぞ、外出する時は手でも繋いでおいた方が賢明だ」
残りのお菓子を一口で頬張ると、椅子から立ち上がる。
「は!? 子供じゃないですけど! もう十八ですけど! もう成人ですけど! もう立派なセクシー女性ですけど!!?」
ルビリスは必死に事を正す。
「まあお前たちも騎士なら自分の身は自分で守るんだな、では良い夜を」
そう言い終えると部屋から出ていってしまった。
「子供じゃないしー!」
ルビリスは御立腹だ。
「お手手つなぎまちゅかールビリスちゃん」
俺は普段の仕返しで軽く煽ってみた。
「は? キモいんだけど、精神魔法で毛むくじゃらの不清潔なおっさんと添い寝する幻覚見せるよ?」
「すいません」
想像するだけで身の毛がよだった。