第四話:静寂の教室①
ピピピピピピピ
アラームの音ともに目を覚ます。
ベッドから降り窓を開けると、涼しい風が籠った部屋の空気を入れ替えてくれる。
「朝かぁ」
窓の前で体を伸ばし、一階の居間へと降りる。
居間の机の上にはちょうど出来立ての朝ごはんが並んでおり、お母さんはキッチンでお弁当に朝ご飯の残りを詰めている。
「おはようゼニウム、昨日の怪我はもう大丈夫なの? ゴホッゴホッ」
「大丈夫だよ、お母さんもあんまり無理しないでね」
ご飯を速攻食べ、支度を終え、荷物を持ち、玄関で靴紐を結ぶ。
いつもならすぐに結び終わるのだが、今日はなかなか上手くいかない。
しばたく奮闘していると居間からお母さんが出てくる。
「ゼニウム、忘れ物ない?」
靴紐が結び終わる。
「うん大丈夫、行ってきまーす」
勢いよく玄関を出て駅へ走り出した。
いつも通りの朝のやりとり。
だが、自分を見送る母親の目には、少し寂しさを感じた。
◇◇◇◇◇◇◇
授業が始まる前の休み時間には様々な過ごし方があると思う。
チャイムがなるまでクラス友達とひたすら喋ったり、他クラスに遊びに行ったり、真面目な子だと、次の授業に向けて予習をするだろう。
今、我々のクラスは静寂に包まれている。
普段ならこの上ないほど騒いでいるのだが、この時間は全員が席につき、机の上に置かれたタブレットの中にある教材のデータをひたすら見つめている。
机の端に置いてあるタッチペンが震えているのに気付いたのと同時に、次第にその震えがに大きくなっていく。
皆一斉に息を呑む。
廊下の奥から重苦しい足音が近づいてくる、一歩、また一歩とこのクラスを目指して、まるで死のカウントダウンかのように。
教室全体が大きく揺れる。
教室のドアが開いた。
それは教卓の前で歩みを止めた、それと同時にペンの震えも止まるはずなのだが、止まらない。
自分たちの体が震えているのだ、それが机にも影響を及ぼしている。
出席簿が教卓の上で軽い音を鳴らす。
「あらぁ、皆さん、しっかり予習しててえらいわねぇ〜、先生はとても嬉しくて雄叫びをあげたいくらいです」
チューベリー・スタニスワフスキー、地理・政治専門の教師、身長二メートル三十四センチ、種族はハーフテニゴル、巨躯を誇る山岳の民の血筋、超筋肉質で三つ編みのツインテール、顔にはなんかゴツいガスマスクのようなものをつけている、その容姿からついたあだ名は大狂乱のマドモワゼル、女性だ。
普段は図書室の司書をやっているため、静かなところを好む。
つまりうるさくしたら死だ。
「もー、廊下が長いから教室を行き来するのは疲れちゃうわぁ、よっこらせ」
教卓に付いている椅子を引き、座る。
一瞬にして椅子が砕け散る、当たり前だ、そんな小さな椅子でその巨体を支えられるわけがない。
「いったぁいわぁ、もう! この椅子ったら、私の愛を受け止めきれなかったのねぇ」
愛じゃなくて凶器だろ、そのケツで人殺せるぞ?
クラスの皆はまだ震えている、だがそれは先ほどまでの恐怖のせいではなく、笑いを必死に堪えているためだ。
あの見た目で、あの喋り方で、あんなの見せられたら笑わずにはいられない。
もしここで大声で笑ってしまったら生徒と教師の愛の部屋という処刑場・・・・・・ではなく生徒指導室に連れて行かれてしまう。
◇◇◇◇◇◇◇
「いいかしらぁ? この武力と騎士道を重んじるヴァルムント帝国は王家と七つの公爵家によって統治されているわよん、その下に侯爵や伯爵たちがそれぞれの領土を管理しているわけなの‥‥‥」
電子黒板に淡々と文字を書いていく、ちなみに授業自体はわかりやすい、以前は小さな学習施設で授業をしていたらしいが、それを見たレイナ先生がこの学校にスカウトしたらしい。
今のところ死者は出ていないし、特にトラブルも起きていない、このままあと半分乗り切れば‥‥‥!
その時、肘が机の上に置いてあった水筒にぶつかり落としてしまった。
中身は溢れなかったものの、硬い床にぶつかり大きな音を立てる。
「きゃ、きゃああ! な、何!?」
「す、すいません、水筒を落としちゃいました」
「もぉう、気をつけなさい、邪魔になるようなら床に置いたほうがいいわよん」
あっぶね‥‥‥! てかなんだよさっきの反応‥‥‥
「ッッ‥‥‥プッ‥‥‥フフ‥‥‥」
どこからか今にも笑い出しそうな声が聞こえる、誰だ?
声の持ち主のいる方へ目をやると、一番前の席に座っているリリアだった。
耐えろリリア‥‥‥!
「じゃあ、次はちょっと多いから先に全部書いちゃうわねぇ」
ラッキータイムだ! これでしばらくは休憩でき‥‥‥
「ふーんふーんふーん♪」
チューベリー先生が鼻歌を歌い、腰を振りリズムをとりながら書いていく。
その奇妙なダンスが俺たちに襲いかかる。
やばい、あれはやばい、一瞬でも気を抜いたら終わる、まるで戦場兵器だ‥‥‥待て、一番前のリリアは大丈夫か!?
目をやる、そこには顔を机に突っ伏して今にも爆発しそうなほど震えているリリアの姿があった。
そりゃそうだ、リリアからすれば視界全体にデカいケツが鼻歌歌いながら踊ってんだ、俺があそこだったら耐えられなかっただろう、可哀想だが、彼女はあそこで脱落だ。
覚悟を決めたのかリリアが顔を上げた。
それと同時に右手もあげる。
「先生、トイレ行ってもいいですか?」
こいつやりやがった! クラスで一回しか使えない切り札を今ここで使いやがった!
「あらぁ珍しいわねぇ、ちゃんと休み時間中にいっておくのよぉん」
そそくさと教室を出て行った。
みんな、ごめん!
そんな声が聞こえた気がした。