第三十五話:詮索
圧倒的な魔力と迫力、それが数多くの戦場を勝ち抜いたヴォルカニス公爵という生物を俺たちに再認識させる。
「貴方のことは調べさせてもらったわ、でもこの国に貴方の出生記録はないし、ましてや貴方の親族の情報すらも皆無、そして実力に不釣り合いなその二振りの国宝レベルの双剣」
「くっ‥‥‥」
リリアは後退りをし、腰に下げた双剣に手をかけようとする。
「‥‥‥フフ、アハハハハハ! 冗談よ、脅かしてごめんなさいね」
殺意が消え去り、最初のお茶会のような雰囲気に戻っていた。
「レイナさんにね、貴方に手を出すと大変なことになるって釘を刺されているのよ、あの大魔法使いが言うのだからそれに従うわ」
レイナ先生! あの事件からしばらく会えていないけど、今は元気でやってるんだろうか。
リリアは腕を下ろしたが警戒は解いていない。
「これで話は終わりよ、帰ってもらって構わないわ」
「ちょっと待ってください」
俺はどうしても言いたいことがある、さっきから一言も話さないこの人に。
「久しぶりじいちゃん」
「‥‥‥」
ソファーに腰をかけたまま何も喋らない。
「お母さんが、死んだよ」
「‥‥‥そうか」
次の瞬間俺は剣を抜いて相手の首元に向けていた。
昔からそうだった、俺や母親が嫌いなことは知っていた、だが俺は自分のお母さんが誰よりも大切な人だった、そんな大切な人の死をこうもあっさりと流されてしまったことに怒りが込み上げてくる。
「何だよ、何なんだよ、何で俺達をそこまで毛嫌うんだよ! 結婚に反対してたのは知ってるよ、でも腐っても親族だろ、なんかもっと、色々あるだろうが!」
うまく言葉が出ない、いや、この思いを伝えるにふさわしい言葉が見つからないのだ。
「‥‥‥人は死ぬ、遅かれ早かれ必ずな、それが偶然お前の母親だっただけだ」
言っていることは正しい、いや正しいと思いたくない、が、その言葉に反論することができない、言葉では言い表せない感覚にとてつもない不快感を覚えると同時に、殺意も芽生える。
「黙れ!!!」
俺は剣を振り下ろした、だが何も斬った感触がない、目の前の老人はソファーから全く動いていない、だが確かに間合いに入っていた。
ふと、振るった剣に違和感を覚える、軽かったのだ、見てみると刀身の半分がまるで斬り落とされたかのように綺麗になくなっていた。
「ストケシア・アルヴェスト伯爵、歴史ある黄金の騎士団を率いる騎士長にして、この国最強の騎士よ、知らなかったのかしら?」
老人はここで初めてソファーから立ち上がり部屋を出て行く、無防備にも背中を俺に向けていたが、たとえ寝込みを襲ったとしても返り討ちになるのは分かっていた。
この事実が再び自分の弱さを痛感させる。
俺はそのまま背中を見送ることしかできなかった。
「ゼニウム君」
公爵が口を開く。
だが俺は湧き上がる怒りを抑えるのに必死で返事が出来ず、視線だけを送る。
「貴方が騎士になった理由は何かしら」
唐突な質問に怒りを忘れた。
「それはもちろん母親とに約束を守るためです」
「約束?」
「立派な騎士になって、今度は自分が母親を守るってこと‥‥‥」
いや、守れなかったんだ、今思うとなぜ俺は未だに騎士を目指していたのだろうか。
「‥‥‥復讐かしら?」
「え‥‥‥」
復讐、確かに俺はあの男にこの言葉を使った、けれど、そんな物騒な理由で俺は騎士になったのだろうか、いやそんなわけないし、そうでありたくない。
だがはっきりと口に出して否定することは出来なかった。
「私はいくつもの戦場で大勢の騎士達を見て来たわ、国のために剣を振う、愛する者のために剣を振う、お金のために剣を振う、理由は皆んな様々よ、もちろん復讐のために剣を振るった人もいたわ」
俺の怒りはいつの間にか収まっており、ただ公爵の言葉に耳を澄ましていた。
「騎士になる理由に良し悪しなんて無いと思うの、立派な騎士っていうのはね、最後まで己の信念を曲げずに剣を振るい続けた人、少なくとも私の目には彼らが美しく見えたわ、貴方は迷わない人間になりたい様に見えるわ、でもね、信念を曲げないのと迷わないのは同じでは無いのよ、迷いっていうのは人が生きている証、成長するための分かれ道なの、そしてその道の選択が人を立派にするのよ」
母親が死んだ時を思い出した、あの時の俺は怒りや悲しみ、様々な感情に押しつぶされ道を見失っていた、けれどもキブシル騎士長が俺を元の道に戻してくれた、その時の騎士長は俺にとって‥‥‥
「後悔しない道を歩みなさい、そしてもし間違っても引き戻してくれる仲間を作りなさい、あとは根性よ」
「‥‥‥はい!」
心に立ち込める煙が晴れた気がした。
「あ、そういえば貴方ものすごい借金をしているようね」
心に再び煙が立ち込める気がした。
「せっかくのいい空気を壊さないでくださいよ‥‥‥」
「ふふ、ごめんなさいね、お詫びにこれをあげるわ」
公爵は一枚のチケットのようなものを取り出した。
「それは?」
「金と娯楽の街ベルトリオンのVIPチケットよ、これが有ればどんなレストランもただで飲み食いできるし、アトラクションも乗り放題、後はそうね、貴方くらいのお年頃の男の子が好きそうな如何わしいお店でハッスルし放題よ!」
ハッスル!? やばい、最後の言葉しか記憶に残らなかった!
「え、それって可愛いお姉さ‥‥‥じゃない、ただでもらって良いものなんですか?」
「可愛いお姉さんもいっぱいよ、そこを治めるレグナス公爵が数年に一度くれるんだけれど、予定が入ってしまったのよ、まあ頑張ったご褒美よ、仲の良い四人で行ってくるといいわ」
「ありがとうございます!」
やばいこの人めっちゃいい人じゃん! キブシル騎士長の髭やすね毛もそうだけど、毛が濃い人って優しいのかな。
チケットを受け取り、頭を深々と下げお礼をし、なんだか顔色の悪いリリアと共に部屋を出ようとする。
「‥‥‥例の大公爵の件だけれど」
俺の足が止まる。
「レイナさんに頼まれて少し調べたけれど、そもそも大公爵と言われるのが私とグラディオーク公爵だけ、でも彼が動いた痕跡はなかったわ、自分の弁明としてはそもそもレイナさんがこのことを私に頼んだことが証明になるんじゃ無いかしら?」
大公爵、あの白衣の男が言っていた人物は一体誰なんだろう。
「神には祈らないけれど、良い休暇になることを私の息子にでも祈っておくわ」
俺は再び部屋の入り口で頭を下げ、部屋を後にする。
番外編を少し書いてから三章のベルトリオン編を書こうと思います!