第三十四話:歴史
俺とリリアはキブシル騎士長に連れられ建物の最上階に足を運んだ、そこは下の階とは雰囲気がまるで異なり、金の刺繍の赤いカーペットや、燭台に蝋燭、通路には高そうな壺が置かれている。
「いいかお前ら、無礼のないようにしろよ、まあニグラスとルビリスに比べりゃ心配ないんだがな、特に笑うのだけは禁止だ」
笑う? どういうことだろうか。
目の前の扉が開かれる。
中央には縦長の木製の机が置かれており、その片脇には高そうなソファー、壁には書斎が並んでおり、貴族の個室を思わせるような雰囲気だった。
そして最初に目に入ったのは、上座に座る人物だ。
背は二メートルを超えているだろう、筋肉質でガタイも良い男性だ、だがなぜか女性ものの貴族服を着ており、濃い胸毛が丸見えである。
なるほど、キブシル騎士長が笑うなって言った理由が分かった、だが俺らはチューベリー先生のおかげでこういうのには慣れているから何も感じない、そして、
「じいちゃん‥‥‥」
ソファーに座っている一人の老人は、十年近く前の記憶の中にいる人物と瓜二つだった。
「あら、貴方がアルヴェスト伯爵のお孫さん? よく見ると確かに顔達が似ているわねぇ」
女装したおっさんが口を開く。
「‥‥‥」
老人は何も発さない。
「キブシル騎士長、少し席を開けてくれるかしら」
「はい、喜んで!」
というと逃げるように部屋を出て行ってしまった。
「さて、まずは初めましてね、カーネシア・ヴォルカニスよ、公爵家当主を務めているわ」
一眼見た時からわかる、この人、多分騎士長達よりも強い。
「ゼ、ゼニウム・アルヴェストです!」
「リリアです!」
俺に釣られてリリアも自己紹介をする。
「ほら伯爵も恥ずかしがってないで自己紹介しなさい」
「‥‥‥ストケシア・アルヴェストだ」
ストケシア・アルヴェスト、俺のじいちゃんだ、だが小さい頃に数回会っただけで思い出なんて物はない、むしろ父親が死んでから俺と母親を辺境の地に追放した張本人で、恨みすらある。
「貴方達を呼んだのはこの前のナグルヴェイン峡谷のことについてよ、間接的に聞くのとやっぱ当事者本人から聞くのとでは大きな違いが生まれるものよ」
俺とリリアはことの顛末を全て話した、神々の執行者に先駆兵、そして大英雄に突如出てきた魔王のこと。
「‥‥‥なるほどね、アルヴェスト伯爵、貴方の言葉に信憑性がこれ以上ないほど増したわ」
「え、何も疑わないんですか、普通に聞いていたら子供のただの妄想って言った方が遥かに説得力がある内容ですよ」
リリアの言う通りだ、魔王なんて御伽話の中でしか出てこないし、神なんて尚更だ。
「確かに貴方の言う通りだわお嬢さん、でも私達はそうは思わないわ、順を追って話すとしましょう、でも今から話すのは国家機密レベルのものだがら口外は禁止ね」
俺とリリアは息を呑む、公爵の言葉がこの部屋の空気を変えた、先ほどまでのお茶会のような雰囲気が消え去り、一気に空気が重くなる。
「なぜ千年以上前の歴史が書物全く存在しないのか知っているかしら、お嬢ちゃん」
「大きな戦争があったから?」
「‥‥‥その通りよ」
リリアは思ったより物知りなんだな、俺は普通に風化したと思ってた。
「正確に言うと今から九百九十六年前、この世界全てを巻き込むような戦争があったの、詳しくはわからないけど人間は大きな犠牲を出しながらもこの戦いに勝利した」
人間? なんか意味のありそうな言い方だ、当時もグリフェルやルグナスといった獣人族やノクシスを始めとするエルフ族もいたはずだ。
「ここまで聞いてもただの戦争の歴史としか思えないわ、当時の私もね、でも帝都の王城の地下にある壁画をふと思い出したの、天から振り注ぐ無数の槍を黄金の甲冑を身に纏った騎士達が民を守りながら斬り伏せていた」
黄金の甲冑、峡谷に潜った時に夢で見た騎士達と同じだろうか。
「私の持論だけれど、この戦いは人間を含めた地上の人々と神々との戦争だったと思っているわ」
あまりに突発的なことを言われて理解が追いつかないが、リリアは真剣に話を聞いている。
「神についてはここまで、次は魔王についてだけれども、この大陸に君臨していた四体の魔王は勇者達によって討ち取られたというお話は有名よね」
子供の頃から聞かさせるお話だ、俺も母親に何度も聞かさせた。
「言ってしまえばそれ以外はわからないわ、大英雄も一体それが何を指すのか、それこそ魔王を殺した勇者達か、神々を打ち破った者、はたまた竜王の首を落とした強者か」
部屋に静寂が訪れる、公爵は話し終えると共に大きく息を吐いた、その呼吸音だけがこの部屋で音として存在している。
「私が話せるのはここまで、もしかしたらずっとそこで俯いているアルヴェスト伯爵の方が詳しいかもしれないわよ? さて、今度はこっちから質問しようかしら、リリアちゃんだったかしら」
「は、はい!」
突如ものすごい悪寒が俺とリリアを襲う、これは殺意だった、ダンジョンで何度も感じたものだが、ここまではっきり自分達に向けられていると感じたのは初めてだった。
「貴方、何者?」




