第三十二話:ナグルヴェイン峡谷⑦
リリアとルビリスがたまに混ざります‥‥‥
魔力を全て使い果たしたルビリスに、今まで経験したことがないほどの疲労が襲いかかる。
「やった‥‥‥」
ルビリスの体の力が抜ける、だがこれは疲労だけでなく、満足、安心感のせいでもあるだろう。
「やばすぎだろ‥‥‥」
ニグラスは、背中に背負っているルビリスがこの圧倒的な破壊の後の光景を作り出したという現実を受け入れらていない。
気づいた時にはいつの間にかリリアとゼニウムがいる場所へと入れ替わっていた。
「お疲れ様二人とも、あれルビリスがやったの!?」
ルビリスはニグラスの背中の上で弱々しくピースする。
「ルビリスはもう戦えねぇし俺も体力的に限界だ、さっきの魔法であのイカれ女共々吹き飛んでくれてれば良いんだが」
ふと、リリアの耳に水滴が落ちる音が聞こえる、さっきの爆発で地下水が漏れ出たのだろうか、だがその音は次第に早くなり、かつ大きくなっていく。
「危ない!」
スキルを使い、ニグラスの後方から迫る赤黒い何かを叩っ斬る。
斬った感触からそれは液体だということが分かった。
「ほう、これに反応するのか」
岩肌に空いた穴から足音が響き、光に照らされそれが姿を見せる。
三人の目には人が映った、背が高く肌が白い、漆黒の衣を纏った三十代ほどの貴族のようだが、左手からこぼれ落ちる赤黒い血、人間ならすでに干からびているであろうほどの大量の血が、それを人ならざる者と知らしめていた。
「ゼニウムが起きてりゃもう少しは情報を手に入れられるんだが‥‥‥さっきの怪物よりヤベェのは俺でも一目でわかる」
「イシュガルがなんでこんなところに‥‥‥」
リリアの片腕は感覚がなく、片足も満足に動かない、ルビリスとニグラスは満身創痍だ。
「おや、匂いますね、ん〜〜〜? これは臆病者の吸血鬼の匂いですね、くさいくさい、服に匂いがついてしまいます」
背後から声が響き、先程のイカれ女が建物の残骸の上に座っていた。
「挟まれた‥‥‥!」
ゼニウムとルビリスを真ん中に、ニグラスとリリアが二人を囲むようにそれぞれ武器を構える。
「‥‥‥執行者か、臆病者は貴様らの方だろう? 神の意思など加護など大層なことを言うと思えば、中身は空っぽの戯言だ、何の努力もせず貰っただけの力を自慢げに振るっているだけの貴様らは、自らの弱さを隠蔽しているだけの臆病者だ」
吸血鬼が言葉を発し終わると同時にイカれ女の魔力が急激に膨れ上がる。
「黙って聞いてみれば‥‥‥うるっせぇんだよ! うるせぇうるせぇうるせぇうるせぇ!!! 地下の大洞窟に引きこもっているだけのビビり魔王が何様のつもり!? お前あれだろ、あたかも正論っぽいこと言ってる自分かっこいいとか思ってる残念なやつだろ! 恥ずかしいですね〜そんなんじゃモテませんよ〜?」
この二人には、間にいる四人が全く眼中に入っていない、リリアとニグラスは必死にこの場所を抜け出す方法を思考を巡らせ考えるが、少しでも下手に動けば死ぬということが分かっていた。
「ですが神は寛大なのです、どんなに臆病で愚かでバカでも平等に祝福を与えます、さああなたの全てを私に捧げなさい」
「ここで貴様を排除しておこうと考えていたが、タイミングは最悪のようだ」
吸血鬼はイカれ女に背を向け、岩肌に空いた穴の奥へと歩んでいく。
「あれだけ大きな口を叩いておいて逃げるんですか? これだから臆病者は」
「‥‥‥私がお前の魔力を感知できたのだ、かの大英雄達はすでにこちらへ向かってきている、もしお前がアレらを迎え撃つと言うのなら、先程の発言は撤回しよう」
「この後ピアノのレッスンがあることを思い出しました、残念ですがここからだと全力で向かわなければ間に合いそうもありませんので、私はここで失礼します」
そういうとイカれ女の体は光の粒子となり消え去った。
吸血鬼もいつの間にか姿がなくなっていた。
「‥‥‥何だったんだ? 魔王? 英雄?」
「生き残ったの? 私たち‥‥‥やったあああ!」
リリアが背中から地面へ倒れ込む、ニグラスも緊張の糸が切れたのか、疲労のせいなのかはわからないが、一気に眠気が襲いかかり、リリア同様そのまま倒れ込んでしまった。
◇◇◇◇◇◇◇
<<LOCATION:ヴァルムント帝国-城塞都市ガルツェン>>
<<WEATHER:快晴>>
巨大な飛空戦艦が城塞都市ガルツェンの飛行場に降り立った。
周りには大勢の人が集まり、騎士達が、今にも溢れんとするそれを必死に抑えている。
飛空戦艦の扉の前には赤いカーペットが引かれ、その脇には位の高い騎士達が旗を持ち、列を成している。
扉が開き始めた瞬間、騎士達は旗を大きく掲げた。
ヴァルムント帝国には七つの公爵家が存在し、各家が強大な軍事力を誇っている、その上には王家のみが存在するがそれはお飾りであり、政治を支配しているのは公爵家の当主達である。
「ガルツェンなんていつぶりかしらね、アルヴェスト伯爵」
「十二年と四ヶ月かと、大公爵」
「そういう返答を望んでいるわけではないのよ」
ドヴァス公国とルーガス公国同士の戦争を武力を持って仲介し、サディス共和国の天眼、ゼルファリス連邦の守護者、ラグゼント王国の王宮近衛兵など、各国の精鋭部隊を一振り宝剣と共に打ち破り、自らの武勲のみで大公爵とまで謳われるようになった。
「戦争の予感がするわ、ふふふ、胸が躍るわね」
<<カーネシア・ヴォルカニス>>
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