第三十一話:ナグルヴェイン山脈⑥
「ゼニウム!」
ニグラスの声と共にリリアのスキルが発動し、位置が入れ替わる。
「ゼニー!」
幸い両足が熱で焼き切れたおかげで出血はしていない、だが彼の意識はどこか遠くを彷徨っている。
「ごめん‥‥‥私のスキル発動が遅れたからゼニウムが‥‥‥」
自分のミスが最悪の事態を引き起こしてしまったという事実が、リリアの思考を鈍くする。
「へこたれんなリリア! まだ息はある、次の攻撃が来る前に場所変えるぞ!」
ニグラスも、自分を庇ったせいでゼニウムが重傷を負ってしまったということに、自らの情けなさ、弱さを痛感していた。
指揮官的な立ち位置にいるゼニウムが戦線を離脱したことで、作戦続行が限りなく不可能に近づいていた。
「チッ、だが障壁は割れた、俺だけでも突っ込んでチキンレース作戦をやるしかねぇ!」
ニグラスの声と共にルビリスは杖を構えるが、先程のトラウマがリリアの行動を阻害する。
「で、でも‥‥‥もしまた失敗したら‥‥‥」
先ほどの失敗で、自分の責任の重さを真に理解してしまったことが、大きな痛手となる。
「お前がここで倒れたら、それこそ終わりだろ! テメェゼニウムの何を見て来やがった? あいつはスウィーピアや、母親が殺されようが何度でも立ち上がって俺たちの先頭に立ってただろうが! お前が一番近くであいつの背中を見てたんじゃねぇのかよ!?」
「っ‥‥‥!」
ニグラスの言うことは正しい、リリアはいつだってゼニウムに指示を煽り、それに従っていた。
心のどこかで彼を無意識に命を預けられるほど信頼していたのだ。
リリアはニグラスの言葉と現実という恐怖の板挟みに合う。
「私は‥‥‥」
「ニグっち一旦落ち着いて! まずは今出来ることを考えよう!」
普段は足ばっか引っ張り、他人をおちょくっているルビリスの口から出た意外な言葉が、ニグラスの感情の波を穏やかにする。
「ならどうする、リリアは手足がまともに動かせねぇ、火力役は俺しかいねぇし」
「私に考えがある」
ルビリスの言葉は二度も二人を驚かせた、彼女は大切な仲間を失いそうになって初めて自分自身が出来ることを考えたのだ。
「ここに降りてくる時、私の言ったこと覚えてる?」
「『ひぃ!? 高いよ! 怖い怖い! 下が真っ暗だって! やっぱやめよ!』だったか?」
「違う! せっかく良い雰囲気だったのに台無しなんですけど! ここら辺に漂ってる魔力が何故か私の魔力と似てるってこと!」
「それがなんだってんだよ」
「私の魔力として使えないかなって話、昔レイナ先生に土下座して囃し立てまくってすごい魔法教わってね、でも私の魔力が足りなくて使えなかったのがあるの」
普段ふざけたことしか言わないルビリスだが、その気迫がニグラスに一つの選択肢を与える。
「へぇ、おもしれぇじゃねぇか」
「でも打つのに時間がかかるし、その間にあいつが攻撃も仕掛けてくるから‥‥‥」
「じゃあこれで良いだろ」
「ちょっ、え!?」
ニグラスがルビリスを背中に無理矢理背負う。
「俺がお前を背負いながら走ってあのキモいやつの攻撃を避ける、あの超音波みたいなやつも近づかなきゃ大したダメージはねぇ、だからお前はその間に魔力を集めろ」
普通に考えれば頭のおかしい作戦だ、だがニグラスの確信を持った目はルビリスの心を動かす、そもそもこの作戦は互いに命を預けられるほどの信頼関係が必要だ、だが幸いにも、
「はぁ、ニグっちも大概脳筋だよね、まあ付き合ってあげるよ」
二人は無意識にもそれ以上の関係だ。
「リリア」
「あ、うん‥‥‥」
「いつもリリアに難しいことばっか押しつけてごめんね、だから今は休んでて! 二人であれやっつけてくるから! ゼニーをお願い!」
「しゃあ! じゃあ行くぜ、振り落とされんなよ!」
リリアの前から二人が遠ざかっていく、その後ろ背中を見て様々な感情がリリアの胸の中で溢れ出す。
「私は‥‥‥!」
◇◇◇◇◇◇◇
「ちょっと! もう少し乗ってる人に優しく走れないの!? 」
「アホか! これ以上ゆっくり走ったら仲良くあの世に直行だ!」
幾つもの黄昏れ色の光の柱が、廃都市を駆け回る二人に襲いかかる、その光が通った後には何も残らず、その周囲が溶けて煙を上げている。
「あっぶね! 後どのくらいだ!?」
「二十秒くらい!」
怪物は攻撃を止めない、ルビリスの杖についている魔石が輝きだし、その場所を明らかにする。
その膨大な魔力を危険と判断し、より一層攻撃が激しくなる。
「はぁはぁ、もう経ったろ! 早く打て!」
「魔力は溜まったけど今度は詠唱が必要なの! あんまり急かさないで!」
「先に言えやぁぁぁぁぁあああ!!!」
次々と周りの建物が蒸発していき、あたり一帯が焦土と化していく。
「原初の混沌よ、我が声に応えよ、無垢にして穢れなき闇よ、全ての理を飲み干し虚空に返せ」
突如ニグラスの足場が崩れ、バランスを崩す。
「チッ!」
神の目はそれを見逃さず、神罰の矢を彼らに向かって放つ。
「やばい!!」
触れる直前、遠くにある建物の瓦礫と自分たちの位置が入れ替わる。
「!」
「私も、ゼニウムみたいにまっすぐ前を向いて進むよ!」
「リリア!」
負の感情を屈服させ、再び彼女は立ち上がる、その姿は、今までで最も頼もしかった。
それと同時にルビリスの魔石がこれ以上ないほどの光を放つ。
その刹那、
「‥‥‥あのさニグっち」
「あ? 何だよ」
「もし私があれを倒したら、私がMVPだよね」
「‥‥‥そうだな」
「ならさ、もし倒せたら、またあの時みたいに、頭‥‥‥撫でて欲しいな、なんて‥‥‥」
「あ? なんだよ今言うことかそれ、そのくらいいくらでもやってんやんよ!」
「っ! 言ったからね!? 約束だよ!」
「おう! 男に二言はねぇ!」
杖についている魔石の中から黒い液体のような魔力が溢れ出る、その瞬間空間が渦のようにねじれる。
大地が悲鳴をあげ、まるで杖の先に穴が空いたかのように景色が捻じ曲がった。
「存在の灯を掻き消し、命の轟音を沈黙へ導け」
怪物に杖を向ける。
「アポカリプス・ヴォイド!」
渦が収縮し、黒い小さな雫のようなものが放たれる。
それは世界の色と音を奪い去り、神々の先駆兵の体に触れる。
その瞬間黒い雫は弾け飛び、空気が裂け、大地が割れ、無が空間を飲み込んでいく。
皆が気づいた時、そこには何も残っていなかった、古城も、その下に並ぶ街並みも、巨大な半円状のクレーターへと変貌していた。
諸事情で三日ほど投稿できなくなります。
読んでくださっている方申し訳ありませんm(_ _)m