第十八話:任務
‥‥‥行かなきゃ。
俺は彼女の顔に制服を被せ立ち上がる。
どれだけ時間が経ったのだろうか、周囲では変わらず叫び声や爆発音が聞こえる。
助けなきゃ‥‥‥大勢の人を‥‥‥
俺の足は勝手に動き始める。
目の前の廊下から一体の怪物が歩いてくる‥‥‥が、俺には目もくれずそのまま素通りしていく。
廊下には、俺と同じように隅で絶望しているが見逃されている生徒や、そうはならなかった生徒だったもので溢れかえっている。
俺はいつの間にか中庭に出ていた。
「おや? また生徒ですか、残念ながらお呼びではないのですよ、どこかへ行ってもらえますか?」
男性の声がかかる。
若い声だ、二十から三十歳ほどだろう、背は高く、研究者のような白衣を身に纏っているが、その下には何かが蠢いている。
すぐそばには、先程の怪物が三体と、血を流し倒れる生徒達の無残な姿があった。
白衣の男が指を鳴らすと、静止していた怪物が動き出す。
その光景を目にし、俺は一瞬で目の前の男が元凶だと理解した。
怪物が大剣を俺へと振り下ろすが、俺にはそれが遅く見えた。
流れるように自分の剣を鞘から抜き、目の前の障害を一刀両断する。
「ほう?」
続いて来るもう二体の怪物の剣を全て受け流し同様に両断する。
自分の体に何が起きているかは分からない、だが一つ分かることは、本能が、あの男を殺せと体に訴えていると言うことだ。
「ハハハ! 素晴らしい!」
目の前の男は俺に拍手を送る。
俺は斬撃をもって送り返す。
確かに間合いに入ったはずだが、剣が空を斬る。
男は俺の背後へと回り込んでおり、首を目掛けて腕を振り下ろすが、俺には斬り掛かる瞬間からそれが見えていた。
金属同士の衝突音が響く。
「‥‥‥完全に死角をついた筈なんですが」
男は後ろへと飛び下がり、俺と距離を置いた。
「ふむ、私が攻撃する前から彼は防御のための行動をとっていた、だが彼の目は私の動きに追いついていなかった、とすると、感がいいのか、いや待てよ? 目?」
男はぶつぶつと何かを言っているが、俺にはどうでもいい。
再び奴へと斬りかかるが、剣は空を斬る。
男は二階の柵へ腰を掛けており、魔道具で俺のことを覗いていた。
「なるほど、やはりそうですか、ですが遅すぎましたね、後十五年、いや、十七年早ければ‥‥‥」
「っ! 降りてこい!」
俺は奴へ怒鳴りつける。
「おー怖い怖い、その目に睨まれるとあの戦いを思い出しますよ」
男は魔道具を胸ポケットにしまい、器用に柵の上に立ち上がる。
「どうやら、主役のお出ましのようです」
後ろから軽い足音が聞こえる。
何度も聞いたことがある音だ、学校の授業の時も、飛行船の上での時も、ダンジョンの時も、いつも彼女は笑顔で困っている俺たちの元へ駆けつけてくれた。
だが今の彼女の顔は笑顔とは最もかけ離れていた。
美しい黒い髪は、まるで生き物のように不気味にたなびき、右手にはあの時の剣が握られている。
「‥‥‥ゼニウム、私の後ろに下がってて、邪魔だから」
彼女の声からとてつもない寒気を感じた、普段の砕けた感じの声色ではない、初めて呼び捨てで呼ばれたこともあり、俺の怒りはとうに恐怖と動揺へと移り変わっていた。
「は、はい‥‥‥!」
白衣の男は柵の上で片手を胸に当て、丁寧なお辞儀をする。
「こうしてお会いするのは初めてですね、コホン、お初にお目にかかりますレイナ・ナガシマ、ラケナリエ・ゼルヴァリオンと申します、以後お見知りおきを‥‥‥と言いたいところですが、互いに自分たちのことは知り尽くしているでしょう?」
レイナ先生は一歩一歩前へと歩み出す、その度に彼女の足元から炎が湧き上がり、その赤く輝く炎が竜のような姿を成していく。
「何の用かは知らないけどさ、こんだけ荒らしといて、覚悟はできてんだよね?」
「そうお怒りにならないでください、私としても竜王の伝令と謳われた貴方と刃を交えたいわけではありません、それに貴方もお分かりでしょう? もう我々には時間が残されていないのです」
レイナ先生の足が止まる、だが足元から溢れ出る炎はより一層強くなる。
「‥‥‥何が目的?」
「指輪を回収しに参りました、貴方ではそれを行使することはできないでしょう?」
指輪‥‥‥確か飛行船の上で言っていた、古い友人との唯一の思い出だって。
「‥‥‥この惨状は何?」
「害虫の駆除ですよ、分かるでしょう? ご安心ください、向こうから攻撃でも仕掛けない限り、無関係の者には手を出しておりません、絶対とは言い切れませんが、まだ試験段階中でしてね」
何の話だ?
「‥‥‥あっそう」
その瞬間、とんでもない魔力の圧がこの場一体を押しつぶそうとする。
なんだよこの魔力‥‥‥!? あの時の騎士と同じかそれ以上だ‥‥‥!
「‥‥‥最後にもう一つだけ聞くよ」
空間全体が震え出し、窓ガラスにひびが入る。
「誰の、指示?」
白衣の男は、この魔力に当てられてなお一切表情を変えず、息を大きく飲み込み答える。
「偉大なる我らが大公爵の命です」
窓ガラスが砕け散る。
「‥‥‥! あのイカれ女‥‥‥!」
「そう彼女を責めないでください、むしろここまで先延ばしになったのは彼女のおかげなんですよ?」
「くっ‥‥‥」
レイナ先生は拳を強く握りしめ、そこから赤い血が地面へと滴り落ちる。
炎が消え、魔力の圧がなくなる。
「レイナ‥‥‥先生?」
俺の返事にレイナ先生は反応しなかった。
指輪を取り外し、白衣の男の方へと投げる。
「ご協力感謝いたします、どうやら騎士長達がこの都市に来ているようですね、ふむ、任務も無事終えましたし私はこれで‥‥‥」
「待てよ‥‥‥」
「ん?」
レイナ先生の魔力が消えたと同時に再び怒りの炎が燃え盛る。
「スウィーピアさんを殺しといて‥‥‥任務が終わったからさよならって‥‥‥何なんだよお前は!? 絶対復讐してやる、何十年、何百年かかっても絶対に‥‥‥!!!」
白衣の男は振り向き、俺に向かって微笑む。
「‥‥‥もし、そんな未来があるのなら、我々は本望ですよ」
男はそういうなり姿を消してしまった。
後二、三話くらいで第一章が終わります!