第十一話:ネフィリムの墳墓⑤
「‥‥‥マジかよ」
目の前には恐ろしくも神々しい存在が君臨しおり、圧倒的な威圧感を放ち、さっきの騎士とはまた違う何かを感じる。
だが先ほどまでの恐怖はもうない。
むしろこの生死の狭間に立つ感覚に少しばかり快感をも感じる。
「さて、どうする? やってみる?」
リリアが嬉しそうに言う。
赤い星屑の一欠片がリリア目掛けて流れ飛ぶ。
「!」
それを避けると、その星屑は後方の柱へと飛んでいく。
触れた瞬間、直径十メートル以上はあるだろう石の柱が弾け飛び跡形もなくなる。
「‥‥‥逃げる?」
さっきの二の舞にならないためにもすぐに逃げるのが一番も選択だろう。
「私にいい考えがあるよ!」
ルビリスが元気良く声をあげる。
「さっきの騎士とこいつをぶつけよう! その隙を見て脱出すればいいんじゃない? 私って天才!」
出口はこいつの後方だ。
だが周囲に浮かぶあの無数の星屑を避けていくのは不可能、不服だが、ルビリスの案が一番現実味があるだろう。
「う‥‥‥ん? ここは‥‥‥」
ニグラスが起きた、つまりもう背負っていく必要はない。
「いいところで起きたなニグラス! 逃げるぞ!」
「は?」
ニグラスが周囲を確認する、そして状況を一瞬で理解した。
「おい、ちょ、待っ‥‥‥!」
周囲の赤い星屑がアレの手のひらの上で集合する。
巨大な槍のような形を成し、それがニグラスに向かって振り下ろされる。
さっきまでいた場所が粉砕する。
「あっぶねー! おい待てって、俺重傷者!」
三人の方へ猛ダッシュする。
◇◇◇◇◇◇◇
〜一時間前〜
「槍術・風牙旋!」
風を巻き込むように魔物を薙ぎ払う。
「ほう、いい槍捌きだ、将来有望だな!」
Dグループは今のところ問題なく騎士の人の案内に従い、順調に下へと下っている。
「メンディング!」
スウィーピアがにチタニスの腕にある擦り傷を癒す。
「ありがとうスウィーピア、優秀な回復役がいるおかげでこっちも心強いよ」
「うんうんこちらこそ、優秀な前衛がいてくれるおかげでスムーズに進めるよ、これも神様のおかげね」
前衛がチタニス、後衛が回復役のスウィーピアと魔法科の生徒が二人、そこに引率の騎士を加えて合計五人のグループだ。
「このダンジョンにはヴェルホルク公爵直属の騎士団が常時三百人ほど滞在していて、その半数が最下層を警備している」
騎士の人は歩きながらここについての説明をしてくれる。
「何で最下層を守っているんですか? もう探索尽くして貴重なものも全部回収したんですよね」
スウィーピアが口を挟む。
「その通りだ、だが最下層というのはあくまでダンジョンの最下層であって、この広大な洞窟のことを指すわけじゃない」
騎士は足を止めることなく語り続ける。
「最下層には三つの穴があってね、今は扉がつけられ厳重に閉ざされているんだ、大洞窟は深い方が広く、地上へ近づくほど狭くなっていく、だから深淵の奥にいる強大な魔物は地上へ出ることができないんだ、でも、大きいダンジョンは地上から深くまで伸びてるし入口も広い」
「だから、警備が必要なんですね」
「その通りだ、四百年ほど前にヴォルダグラの魔窟から混沌の余韻という不死身の化け物が出てきた記録が今も映像として存在している、そのあたり一帯は焦土と化したが、ラグゼントの王がたった一人でそれを討ち滅ぼした、だが、今では合成映像って言われているな」
大きい広間に出る。
自分たちが来た道以外に五つの分かれ道があり、壁には見たことのない壁画が描かれている。
だが、五人はそんな幻想的な部屋の内装よりも目に早く入ってきたものがあった。
それは床一面に広がる赤黒い液体と騎士だったものだ。
そしてその中央には巨大な肉塊ようなものが佇んでいた。
うっすらと透けているその中には数え切れないほどの生きた人間が埋め込まれており、中から肉の膜を弱々しく押している様子が浮かび上がる。
「きゃあああああ!」
グループの一人が悲鳴をあげる。
「胎動する終末!? あれに近づくな! 飲み込まれるぞ!」
騎士が声を高らかに上げると同時に轟音が響き、床が激しく揺れる。
「うわぁ! なんだ!?」
揺れがおさまり騎士が動く。
柱の隅にかろうじて息があるものがいたのだ。
「大丈夫か! 何があった!?」
「北西の‥‥‥扉が‥‥‥破られ‥‥‥た‥‥‥魔物が‥‥‥押し寄せ‥‥‥ゴホッゴホッ」
横腹が裂かれ、内臓がはみ出ていた。
「他のグループは!?」
「全員‥‥‥宝物‥‥‥庫に‥‥‥避難‥‥‥」
「‥‥‥!」
スウィーピアが柱から滲み出る悪意に気づく。
「危ない!」
叫んだ時にはすでに遅く、騎士の上半身は無くなっていた。
聞くだけで吐き気を引き起こすような咀嚼音が響く。
「あ‥‥‥あ‥‥‥」
スウィーピアが口を手で多い座り込み、綺麗な制服が赤く染まっていく。
チタニスは血の池に浸されている魔道具を拾い、黒い霧を纏った口だけの怪物を見る。
<<飢餓の咆哮者>>
レベル:1136
彼は死肉を貪るその怪物に槍を向けるが震えが止まらない。
初めて人間が死ぬ光景を目にし、遠に戦意を喪失していた。
だが彼が槍を向けることができたのは、彼が背負っている責任のおかげだ。
ここで唯一の前衛である俺が逃げれば、スウィーピア達が‥‥‥!
その冒涜的な怪物はこちらを振り向き、血や肉片のこびりついた口が不気味にも生者へと微笑みかける。
背筋が凍る、震えが止まらない、構えすらままならない、だが運命は彼を嘲笑うかのように着実な死が、彼へと迫ってきていた。
口の中から食われたものの悲鳴が響いてくる。
彼の精神はとうに限界だった。
「う、うわああああ! あああああ!」
槍をひたすら振り回すが、距離があり当たらない。
それでもひたすらに醜く武器を振るうが、怪物はその槍の矛先を噛み砕いた。
「あ‥‥‥あぁ‥‥‥」
腰が抜け、膝から崩れ落ち、恐怖のあまり涙や鼻水が滝のように流れ落ちる。
怪物は、その絶望した顔を舐め回すように見る素振りを見せ、満足したのか、大きく口を開き頭から飲み込もうとする。
「剣術・月華一閃!」
懐かしい声が彼の耳に響いたと思うと、目の前の巨大な口が真っ二つに裂ける。
そこから現れる立ち姿が、今まで会ったどんな人よりも彼に安心感を感じさせた。
「大丈夫かチタニス!」
文字数がちょっと多すぎたかも‥‥‥