第百話:遺児
場内では人々が今もなお大声を上げ、慌ただしく駆け回っている。しかし、先ほどまでとの違いは、魔術師や騎士だけで無く、治癒士を始め、給仕係や日雇の清掃員もいるということだ。
「ロベリア騎士長!」
ドランザールは包帯が巻かれた腕を押さえながらロベリアの元へと駆け寄る。床の上で仰向けになっている彼女の周りには六名の治癒士が絶えず回復魔法をかけ続けている。重症だが命に別状はないようで、意識も残っている。
「あい‥‥‥つ‥‥‥は‥‥‥?」
肉体が限界を迎えていても、闘争心は限界を知らなかった。今もなお彼女の左手には弓が握られている。
「分かりません。惰性の十翼も魔王も、急に視界から消滅しました。残ったのは魔物の血肉だけです」
「そう‥‥‥ですか‥‥‥」
ロベリアは歯を食いしばり、押さえ込んでいた感情が涙となって溢れ出した。
「私は‥‥‥また‥‥‥負けた───」
「まだ、負けていませんよ」
ドランザールが被せるように言葉を先に発する。ロベリアは言葉の意味を理解できず、視線だけを彼へと向ける。
「『立て、死人は立たないが、お前はまだ生きている』───キブシル騎士長ならそう言ったはずです」
ロベリアの矢は確かに惰性の十翼の肩を貫いた。テルグラス焦土での事件からたった一年ちょっとでだ。彼女の異常なほどの成長速度は、ドランザールを始めとする他の騎士長の目からも一目瞭然だった。
その言葉を聞くと、強張っていた表情が穏やかになっていく。
「ふっ‥‥‥あいつがそんな洒落たこと‥‥‥言うわけないでしょう‥‥‥」
◇◇◇◇◇◇◇
『ゼルファリス連邦国の撤退から二日が経ちましたが、帝都の南西部では未だ火災の鎮火活動が行われています。現在確認されている死者数は三千人、行方不明者数は一万を超えて───」
豪華な部屋の片隅に置かれた巨大なテレビから帝都の情景が映し出される。豪華な部屋と言っても窓枠はあってもガラスは全て吹き飛んでおり、天井に空いた穴からは美しい青い空がソファーに座る三人を見下ろしている。
部屋のドアがあったであろう場所からレイナが無表情で入ってくる。
「ごめんね皆んな、少し待たせちゃって」
非常に真剣な口調だった。普段の聞いてると眠くなりそうな優しい口調はどこにもない。ゼニウム、ニグラス、ルビリスの三人の前に腰をかける。大きく溜息を吐くと三人の顔を軽く見回す。
「さて、何から話そっか」
「‥‥‥最初から全部話してください」
ゼニウムが最初に声を発する。非常に冷静で冷淡に聞こえた。レイナは小さく頷くと淡々と話し始める。
「この時代、人間は寿命が短くて弱い種族だけど、大昔は違ったんだ。あの時代の人間たちはそれはもう強くてね、大勢の魔王がなす術なく殲滅され、まさしく人間の時代だった。特にバルグレイグ公爵率いる黄金の騎士団は世界最強だったよ」
「バルグレイグ‥‥‥」
ゼニウムがポツリと呟くと、両隣のニグラスとルビリスの意識も反応する。
「皆んなも良く知っているよね、リリア・バルグレイグ」
「リリアは公爵家の血筋ってこと? たまたま同じって訳じゃなくて?」
ルビリスは疑問を投げかける。黄金の騎士団は今もなおこの時代に受け継がれている帝国の歴史ある騎士団である。なのに、当時それを率いた公爵の名前が現代に全く伝わっていないことに違和感を覚えていたのだ。
「バルグレイグ公爵家は一代限りだからね、血は繋がってないよ。でもその名は本物」
「「「?」」」
意味を理解できない三人に対して、無理もない、と伝えるかのようにレイナは少し微笑む。
「養子ってことだよ」
「「「???」」」
養子という言葉は勿論理解している。だが一代限りの公爵家がこの時代に養子を持つことは非常に矛盾しているように聞こえたが、レイナは更に言葉を重ねる。
「アニス・バルグレイグ、千年以上生きる大公爵‥‥‥私の古い知人だよ」




