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Deceptive Love  作者: 緋色
第五章:ヴァルグラート編
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第九十九話:永訣


 ゼニウムはジャスミナに襟を掴まれ、庭へと引き摺り出される。来た時とは異なり、緑色の芝生はほとんど焼け焦げ、地面が隆起している。巨大なクレーターがここでの戦闘の過激さを容易に想像させる。


 彼の目に三人の人物が映る。黒い服を着た知らない男が二人、そして、重傷を負い地面に膝をついているレイナの姿だ。


 「クロヴィス」


 大柄の方の男が名前を呼ぶと、もう一人の男がゼニウムの方へと近づいてくる。目の前にしゃがみ込み、掌を彼の額へと向ける。


 「ドミネイト」


 淡い光がゼニウムを包み込んだと思うと、彼の意識はそこで途絶えた。


 「準備できたぞ」


 クロヴィスが立ち上がるのと同時に、ジャスミナはゼニウムの襟からそっと手を離す。


 「あ、あの‥‥‥」


 状況を飲み込めないリリアがジャスミナの側へおぼつかない足取りで寄ってくる。そんな彼女に優しく寄り添い、ゆっくりと頭を撫でる。


 「大丈夫ですよ。彼にこれ以上危害を加えるつもりはありません」


 「では始めよう」


 大柄の男、元いオリヴァードは巨大な斧を肩に携え、レイナのすぐ後ろに立つ。レイナはここで初めて理解した。今から行われるのは言わば証人尋問だということを。


 「この魔女の名前は?」


 オリヴァードがゼニウムに質問を投げかけると、彼は無気力に返答をする。


 「レイナ・ナガシマ」


 「出身地は?」


 「ニホン」


 レイナを除く他の者達は知らない場所だ。だが、それは全て順調に事が進んでいるということを証明していた。ミルトニアスから受けた指示通りに、オリヴァードは最後の質問をする。


 「では最後に問おう。彼女の称号は?」


 皆が息を呑む。オリヴァードは斧を強く握りしめ、いつでもレイナの首を斬り落とせるように狙いを定める。返答までの時間は変わらない。だがその間の時間が先程よりも長く感じられた。そして、彼の口からそれは告げられた。


 「転移者」


 ジャスミナをそっと自身の胸を撫で下ろした。それと同時にゼニウムの意識が元に戻る。記憶に小さな穴が空いたような感覚が彼をより一層動揺させる。


 「身の潔白が証明されたようだな」


 新たに聞こえた声の方へ視線を移すと、空間が裂け、形成された狭間から人影が焼け焦げた庭へと足を踏み入れる。


 「ミルトニアス‥‥‥」


 レイナは現れた中年の男を睨みつける。だが、彼女の視線はその後ろから現れたもう一人の人物へと切り替わった。


 「やあ、レイナ。元気そうで何よりだよ」


 漆黒の軍服に金色の髪を持つ女性。


 ゼニウムはその顔に見覚えがある。いや、忘れるはずがない。テルグラス焦土でキブシルを殺した惰性の十翼(ダクシオン)だ。心の奥底から勢いよく湧き上がる憎悪が彼の思考を塗りつぶす。だが、ゼニウムの体が動くことは無かった。


 レイナが口を開くことはなかった。様々な感情が交差する中、ただただ彼女を睨みつける。


 しかし、そんなもの気にも留めないかのようにアニスはレイナの横を通り過ぎる。その瞬間、レイナの脳裏に最悪の結末が浮かび上がる。大事な生徒との約束が打ち壊される予感。


 「アニス! 待って──」


 手を伸ばすも届くことはなかった。


 「あーリリア! この時をどんなに待ち望んでいたか!」


 アニスはリリアを力強く抱きしめる。少し苦しそうにするリリアをお構いなしに頭を撫で回す。


 「会いたかったよリリア! くぅぅぅう相変わらず可愛いなぁ!」


 「お、お母さん。ちょっと痛いよ‥‥‥」


 リリアは嫌がるも、ほんの少しだけ口角が上がっていた。


 は‥‥‥?  


 ゼニウムの思考が止まった。湧き上がる憎悪は一瞬で静まり返る。目の前の光景はごく普通の親子の再会場面だ。だが彼の目にはこれ以上ないほどの異常な光景だった。学園時代から何年も共に命を預けあってきた仲間の一人が、最も信頼していた騎士長を殺した人物を「お母さん」と呼んだのだ。


 建物の入り口から、硬い金属が落下する高い音が聞こえた。ニグラスと、彼に背負われたルビリスだった。ニグラスの手から零れ落ちた剣が今も石造の床で振動している。二人の顔にも困惑の色が見て取れた。


 「リリア‥‥‥?」


 ルビリスが今にも途切れそうな声を喉から絞り出す。その声に気づいたリリアの顔から血の気が引いていく。アニスを少し強引に振り解き、挙動不審に三人を見回す。


 「ち、違うの‥‥‥これは‥‥‥!」


 皆、こんな形の再会を望んでなんていなかった。リリアは自分ではどうすればいいか分からず、先生であるレイナの方へ振り返る。窮地に立った時、いつも自分を救ってくれたレイナ先生ならきっとこの状況を打開してくれると──レイナの顔を見るまでは期待していた。


 だがレイナもまた、ゼニウム達と同じ表情をしていた。その理由は違くとも、彼女の最後の希望は打ち砕かれた。ジャスミナも、ただ俯いているだけだった。

 

 そんなことお構いなしに、アニスは再びリリアへと抱きつく。しかし先程とは異なり、優しく抱擁するかのようだった。


 「想定外のことが起きた。即刻ルミナストへ帰還する。フェンネリーネとラントゥールにもそう通達しろ」


 ミルトニアスが背を向けると、先程よりも大きく空間が裂ける。


 「ご安心を、既に帰還済みです。ラントゥールが肩に矢を受け軽傷、ご息女の方は無傷ですよ」


 出迎えるかのようにラケナリエが狭間から姿を現す。


 「お前‥‥‥!」


 ゼニウムの怒りが再燃するが、自身が思うほど燃え上がることは無かった。母親を殺した男、本来なら自我を失うほど怒り狂うはずだ。だが、この短時間で様々なことが起こりすぎた影響で、彼の感情も不安定になっている。ゼニウムにこれ以上ないほどの不快感が襲いかかる。

 

 「おや、お久しぶりですね。少し見ない間にここまで成長されるとは、私でも予想できませんでした」


 ミルトニアスが狭間の奥へと姿を消す。それにオリヴァードやクロヴィスも続く。


 そしてリリアも。


 「待てよリリア! どういうことだよ! ちゃんと説明しろよ!」


 ゼニウムが叫んでもリリアは振り返りことは無かった。振り返れなかったのだ。アニスに背中を押され、そのまま姿が消えて行く。ジャスミナは一瞬レイナに同情の視線を向けるが、同じように姿を消した。空間が閉まり、静寂だけがこの場に残った。


 レイナはただその光景を眺めることしかできなかった。何もできなかった自分がちっぽけに見えた。拳を握りしめ、地面を叩きつける。


 「ごめん‥‥‥リリアちゃん‥‥‥!」


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